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第3話 花咲姫と奔流王

11.雷龍の剣士(1)

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 カースウェルに戻り、シャルンの疲れが取れた頃、王宮には訪問者があった。
「サリストア様!」
「お帰り、シャルン」
 にこやかに微笑んで、駆け寄るシャルンに両手を広げてくれたから、遠慮なく飛びつく。少し年上の頼りになる姉、そういった気持ちなのだが、
「なぜお前が『お帰り』と言う?」
 レダンが唸ってシャルンは慌てて振り返った。
「え? だって色々あったけれど、無事に戻ってきた、喜ぶのは当然だろう?」
 ドレスは引いているものの、王位を継いでもサリストアの口調は変わらず、少しレダンをからかう気配さえ見える。
「それとも何かい? レダンは友人との再会を喜ぶシャルンを不快がると?」
「そんなことはない」
 今度はレダンが慌てて否定した。
「ただ訪問の間合いが良すぎるのを訝っているだけだ」
「私にも密偵というものはあってね」
 サリストアが緑の瞳を楽しげに細める。
「忍び込ませているのか?」
「そんな怖いことはしないさ。ただ噂を聞いただけだから」
 くすくすと笑う。
「エイリカ湖に彼の地を守る龍が出現し、巫女が身を投げ出して鎮めたとね。巫女の生死は聞いていないが、シャルンではないのだろう? そんなものに出逢って無事で済むとは思えないし」
「…色々と難しい話があってな」
 レダンは目線で合図した。部屋の隅に居たガストが頷き部屋を出る。扉の外で待機してくれるつもりだろう。
「…人払いがいる話なのか」
 私が聞いていいのかな?
 卒なく尋ねるサリストアにレダンもシャルンも頷く。
「実は、アルシアを訪問したいんだ」
「…公的に?」
「公的に。国内をうろうろすることになる。観光目的でも何でもいいがでっち上げてくれると助かる」
「…一国の主としては頷きにくい話だな。レダンとシャルンが…ガストもかな? 自由にアルシアを動き回れるように手配してくれと言うんだね?」
「ミディルン鉱石に関わる話なのです」
「シャルンの母に関わることだ」
 馬車の中で赤い革表紙の本と母の行方、『ガーダスの糸』やミディルン鉱石について話された内容を、シャルンは回復してからレダンから聞いた。
『同じ道を歩むのだから、隠し事はなしにしようと思ってな』
 優しく告げられ、思いやりに胸が詰まって泣いてしまった。わかっていることもわからぬことも、うまくいくこともいかぬことも、共に経験して重ねて行こう。
『本当はあなたに失敗するところも苛立つところも落ち込むところも見せたくない。ささやかな男の矜持だ、いつもあなたの前では一番素晴らしい男でありたい。けれど、そうすることであなたから離れなくてはならなくなるのなら、みっともない男でもいいから側にいたい。リュハヤの件でそう思った』
 後悔したのだよ、と胸に抱き込まれながら囁かれた。
 王の体面を優先させて、あなたを辛い目に合わせ、危険なことに巻き込んだ。
『アルシアでもそうだった』
 あなたは反対するだろうが、俺が俺として生きる為には王を捨てる時もあると決めた。
『王たるものには不適格と言うなら、より良い王を選べばいい。俺はその為に尽力しよう』
 結局は。
 唇の中で呟かれる。
『全てにおいて、あなたより大事なものなど、この世にはないんだ』
「うーん」
 サリストアが唸って、シャルンは我に返る。
 ついついレダンとの夜を思い出しかけて緩みかけた気持ちを引き締める。
「難しい話だとは思うが」
「ああ…悪い、そうじゃないんだ」
 サリストアは両手を上げてレダンを遮る。
「こちらの事情がまたちょうどいいと言うか」
「事情?」
「……アルシアにミラルシアを再度担ぎ上げようと言う動きがあってね」
「ほう」
「それを探りたい」
「王自ら?」
「ちょっと変装はするつもりだけど、国内をうろうろするにはいい口実だよね?」
 協力するから、2つばかりお願いしたいことがあるんだけど。
「何だ?」
 警戒を満たしたレダンが眉を寄せ、無意識にだろう、シャルンを引き寄せる。
「ああ、シャルンはレダンが守れば良いよ。ガストも居るなら人手が足りるだろう? ルッカを貸して欲しいんだ。昔は『雷龍』と言われた剣士だって知ってた?」
「雷龍?」
 シャルンが尋ねると、サリストアは頷く。
「下克上をやらかした時、配下の中で見覚えがあると言い出したのが居てさ。かなり昔の、若い頃の二つ名だったから辿り着くのに時間がかかったけど、稲妻のように速くて鋭い剣筋で、相対するとまず生きて帰れないって言われるほどだったから『雷龍』。母親もかなりの遣い手だったけれど、二つ名はなかったようだね」
「…なるほど」
 レダンが得心が言ったように唸った。
「もう1つ…こっちが少し難しいことだから、言い出しにくかったんだけど、狡いよね、交換条件に飲んでもらえると思ったからお願いするんだ」
 サリストアがシャルンに向き直る。
「ミラルシアに会って欲しい」
「駄目だ」
 瞬時にレダンが拒んだ。
「確か地下牢に幽閉中だろう。ましてや、その口調だとシャルン1人に会わせろと言ってるんだろう」
「良い勘してるね」
 サリストアが溜息をつく。
「たぶん、姉はこの先ずっと地下牢で暮らす。自分を担ぎ上げる動きがあると聞いて、思いつく協力者の名前を話しても良いって言うんだ。その代わり、シャルンと話させて欲しいと」
「何を話す気だ」
「わからない。正直、なぜ姉がシャルンに会いたいのかわからないよ」
 シャルンは考え込んだ。
「扉の外では私が直接警護に着く。武器になるようなものがないか確認する。この命に代えてもシャルンの無事を保証する。駄目だろうか」
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