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第3話 花咲姫と奔流王

11.雷龍の剣士(2)

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「……ルッカの件は、同意できません」
 シャルンは答えた。
「ルッカはアルシアに辛い思い出を持っています。私の侍女として十分に働いてくれていますが、今度の旅にも同行させるつもりはありません。別の侍女を伴うつもりです。けれど、それでは、サリストア様は、私達がアルシアを訪問するのを、お許しにはならないのですね?」
「…私も王だからね」
 サリストアは苦笑いした。
「手放しで協力もできないんだよ」
「…ならば」
「姫様っ!!」
 大音量の叫び声とともに扉が開け放たれ、ルッカが突っ込んで来た。
「おい」
 レダンが背後のガストを睨む。
「警備はどうした」
「重量に負けまして」
「ちっ」
「誤解してますよ、呼び出してなんかいませんからね」
「立ち聞きしてたのかって言ってるんだ」
「…ああ、扉が風で開いてしまいまして」
「大工を呼べ、建てつけを直させろ」
「後ほど」
 しゃあしゃあとした顔のガストにレダンは深く息を吐く。それをよそに、飛び込んで来たルッカは、シャルンを庇うようにサリストアの前へ仁王立ちになった。
「一体これはどう言う了見ですか。内紛に他国の王妃を頼るなんて、アルシアとも思えぬ遣り口ですが」
「……虐めないでくれよ、ルッカ」
 サリストアはゆっくりとドレスの裾を引いて頭を下げる。
「改めてお詫びする、『雷龍』ルッカ・アルスタス・レグレン。貴方が近衛士官を辞し、諸国放浪に至った経緯は知っています。アルシアが安定せず、今も不穏な状態にあるのは、まさに私の不徳とするところ。下克上を支えてくれた民を裏切る行為です。我が身を削っても国を守りたい一心でお願いに上がりました。お力添えを頂きたい」
「うっ」
 正面切って頼まれて、さすがにルッカが身を引いた。
「頭下げればいいってもんじゃないでしょうに」
「他には何をすれば?」
 サリストアが上目遣いに見上げる。
「その様子じゃひれ伏しかねないですね」
「やれと言うなら造作もない」
「……はあああああ」
「ルッカ、私は良いのよ」
 怒らせた肩を落として溜息をつくのを見かねて、シャルンが声をかける。
「ミラルシア様が何をお話になりたいのか、なぜ私にお会いになりたいのか、知りたいわ」
「………はあああああああ!」
 もうどいつもこいつも平穏とか無事とか安寧とかそう言う優しいことばを知らないんですかね本当に全く。
 なお大きな溜息の後、ルッカがぶつぶつ唸る。
「…このままだと何ですか、姫様は私をカースウェルに置いて、反乱分子がうようよするアルシアを妻ボケした王とミディルン鉱石の謎しか頭にない従者と多少身の回りができる侍女と戦闘狂のぶっ飛び女王に囲まれて旅行することになるんですね?」
「…そうなる」
 話の行方が見えたのだろう、微笑してサリストアが体を起こす。レダンが溜息をつき、ガストが目を細め、ルッカは3度、肩を上げて下げ、大きく息をついた。
「はあああああああああああ!」
 よござんす。
「参りましょう。姫様お1人をアルシアに行かせるぐらいなら、手駒だろうと密偵だろうとええええ有り難く承りますよ!」
「レダン?」
 サリストアが確認する。
「……地下牢の外で待機する」
「いや、あのね、ミラルシアが会うのはシャルンだけで」
 引きつり笑いするサリストアに、
「扉の外で黙って待機する」
「陛下、あの」
「それが駄目なら地下迷宮の探索を諦める」
「は?」
 ガストがぎょっとしたように瞬いた。
「ちょっと待った、あんたそれ」
「シャルンは今でも十分幸せだ」
「マジか」
「レダン、お前ねえ……」
 駄々っ子かよ。
 サリストアとガストの呆然とした表情にもレダンは怯まない。
「どうする?」
「…陛下」
「うん?」
 シャルンはレダンに向き直った。
「私、ミラルシア様のお話が聞きとうございます」
「…」
「アルシアの反乱も心配でございます。我が国にも波及することでしょう?」
「……」
「何より、私は、母のことや、私に何が起こるのか、知りとうございます」
「…うん」
「陛下は来て下さいますか?」
「……はあ」
 レダンが眉を下げた。
「あのねえ、シャルン」
「はい」
「その言い方は、狡い」
 あなたが行くところへ、俺が行かない道理はないだろう?
「…はい」
 にっこり笑うシャルンに、ぽんとルッカが手を打った。
「なるほど!」
「え?」
 サリストアが瞬く。
「最強なのは姫様でございますね。それなら何でもようございます」
「…そう言うオチなの、これ」
 げんなりしたサリストアに笑いが起こった。

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