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第3話 花咲姫と奔流王
9.龍神祭り(2)
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「いよいよ明日ですね」
ベッドの側に腰を下ろしたガストが呟く。
「明日だな」
ベッドに寝転びながら、レダンは強い視線を天蓋へ向ける。
「『祈りの館』の中央祭壇から地下への階段を降りて、そこに安置されていると言う『花石』の前で、五穀豊穣と国家安寧を祈る…例の地下洞窟の1つでしょうか」
「お前達が辿った奴とは別な通路かも知れん。そこははぐらかされて、まだ聞き出せてない」
「少なくとも、エイリカ湖の周囲にはあちこちに伸びる地下洞窟がある。ハイオルトの北にあったものと似てますよね」
「構造や岩質も似てるな。湖の近くだからか、所々水が流れていたり滴ったりしている。エイリカ湖の水は飲めはするが、湯釜などで炊くと白くこびりつくようなカスが出来るのも、岩や何かが溶け込んでいるのかも知れん」
考え込みながらガストが続ける。
「とても似ています。ミディルン鉱石は、どうやらああ言う感じの地下洞窟で見つかるようですね」
「組成に関わる理由かも知れないな」
まだ手探りでしかないが。
ガストは頷き、話題を変える。
「…契約書は手に入りましたね」
「俺がリュハヤに堕ちたと確信したんだろう? 可愛らしいことだ」
レダンは冷ややかに嗤う。
ビンドスの設置の同意、そのための工事やエイリカ湖の水質の検査の受け入れに了承は得た。レースや糸の製造については、隠していたつもりはない、違法ではないので今後も続け、王宮にもお届けしますとイルデハヤは笑った。ダフラムや諸国に売り捌いていないかとか、そもそも『ガーダスの糸』をどうやって手に入れているのかとかについては、手分けしていたので詳しく知らないととぼけられている。
「商売人ですね」
「バラディオスは?」
「こちらの動きのせいで、湖を渡っての商売が厳しくなるので、ちょうど仲買人がいると販路を引き受けられたとのことです。湖の向こうの経路は探索続行、ダフラムとのやりとりを探ります。ついでにビンドスの売買にも関わるそうで」
「商売人だな。辺境伯ってのは、そう言うもんか?」
「元々が『水晶亭』ですからね。利益が上がる取引は見過ごせないんでしょう」
「なるほど」
レダンはくすりと笑う。
レグワの影響もほとんど消えた。エイリカ湖へ出向いた当初の目的は達成した。後は、龍神祭りをつつがなく終え、シャルンといそいそ王宮へ帰るだけだ。
「嘆くでしょうね、リュハヤ様は」
「知るか。自惚れもほどほどにしろ」
「暴れないといいですが」
「そこだよな」
レダンは溜息をつく。
リュハヤが一筋縄ではいかないのはわかっているが、ブチ切れてシャルンに何かしようものなら、自制する自信は全くない。
「後、厄介なのが」
「万が一、リュハヤが『本当に』水龍を呼び出した場合、だよな?」
「確かにあなたのことになると我を忘れておられるが、まるっきりのバカではないですしね」
「派手で鬱陶しいが間抜けじゃないしな」
じっと見つめる天蓋にシャルンの顔を思い浮かべる。
「もっと心配なのが」
「奥方様ですね。もし『本当に』龍神を見出せたとしたら」
「…竃の動きはどうだ?」
「静かですね。ことの成り行きを見守っている感じです。ダフラムに依頼を受けているのか、それとも別の意図か、掴めませんね」
「お前でそうか」
「バラディオスも呆れてました『竃』の割りには動きが速いと。糸繰り場とレース工房へそれとなく顔を出しているそうですが、一度も会ったことがなかったそうです」
「ふん。イルデハヤと違って、こっちはしっかり『水晶亭』に目を付けてたか」
欲しいな、とぼそりと吐くと、しつこいですよ、と詰られた。
「けれど、わかる気もしますが」
ガストも溜息をつく。
「『そんな力』にダフラムが目を付けないはずがない」
「今にして思えば、博覧会、出席せずに正解だよな」
レダンはがしがしと頭を掻いた。
「シャルンの御披露目なんかやっててみろ、さっさと目を付けられて、俺は今頃シャルンを離宮に幽閉しなくちゃならん」
「冗談じゃないですが、狙われそうですね」
「あのなあ、ガスト」
「はい」
レダンは寝転がったまま、ガストを見た。ずっと自分を凝視していたらしい目に苦笑いする。
「何となくだが、シャルンはやっちまうような気がする」
「……ですね」
ガストも頷く。
「あんたの勘、そう言う時には当たりますね」
「そうなったら、俺はシャルンをどうやって守ればいいんだろうな」
「……」
「国とか人間相手なら何とかする。けど、龍なんてもの相手に、俺に何が出来るんだろうな」
「……よく、わからないですが」
ガストは少し目を伏せた。
「あんたは奥方様を大事だ大事だって抱きしめときゃいいんじゃないですかね」
「…は?」
「人が、自分の在り方がわからなくなる時に必要なのは、変わらず笑ってくれる顔、かと」
「……」
レダンはじっとガストを見た。
「実体験か?」
「……いい加減に明日に備えて眠られてはどうですか」
軽く咳払いしてガストは立ち上がった。気のせいか、薄く赤面しているように見える。レダンの視線を引き剥がすようにぶっきらぼうに唸った。
「龍とやりあう気なら、なおさら」
「…おうよ」
レダンはくつくつ低く笑った。
ベッドの側に腰を下ろしたガストが呟く。
「明日だな」
ベッドに寝転びながら、レダンは強い視線を天蓋へ向ける。
「『祈りの館』の中央祭壇から地下への階段を降りて、そこに安置されていると言う『花石』の前で、五穀豊穣と国家安寧を祈る…例の地下洞窟の1つでしょうか」
「お前達が辿った奴とは別な通路かも知れん。そこははぐらかされて、まだ聞き出せてない」
「少なくとも、エイリカ湖の周囲にはあちこちに伸びる地下洞窟がある。ハイオルトの北にあったものと似てますよね」
「構造や岩質も似てるな。湖の近くだからか、所々水が流れていたり滴ったりしている。エイリカ湖の水は飲めはするが、湯釜などで炊くと白くこびりつくようなカスが出来るのも、岩や何かが溶け込んでいるのかも知れん」
考え込みながらガストが続ける。
「とても似ています。ミディルン鉱石は、どうやらああ言う感じの地下洞窟で見つかるようですね」
「組成に関わる理由かも知れないな」
まだ手探りでしかないが。
ガストは頷き、話題を変える。
「…契約書は手に入りましたね」
「俺がリュハヤに堕ちたと確信したんだろう? 可愛らしいことだ」
レダンは冷ややかに嗤う。
ビンドスの設置の同意、そのための工事やエイリカ湖の水質の検査の受け入れに了承は得た。レースや糸の製造については、隠していたつもりはない、違法ではないので今後も続け、王宮にもお届けしますとイルデハヤは笑った。ダフラムや諸国に売り捌いていないかとか、そもそも『ガーダスの糸』をどうやって手に入れているのかとかについては、手分けしていたので詳しく知らないととぼけられている。
「商売人ですね」
「バラディオスは?」
「こちらの動きのせいで、湖を渡っての商売が厳しくなるので、ちょうど仲買人がいると販路を引き受けられたとのことです。湖の向こうの経路は探索続行、ダフラムとのやりとりを探ります。ついでにビンドスの売買にも関わるそうで」
「商売人だな。辺境伯ってのは、そう言うもんか?」
「元々が『水晶亭』ですからね。利益が上がる取引は見過ごせないんでしょう」
「なるほど」
レダンはくすりと笑う。
レグワの影響もほとんど消えた。エイリカ湖へ出向いた当初の目的は達成した。後は、龍神祭りをつつがなく終え、シャルンといそいそ王宮へ帰るだけだ。
「嘆くでしょうね、リュハヤ様は」
「知るか。自惚れもほどほどにしろ」
「暴れないといいですが」
「そこだよな」
レダンは溜息をつく。
リュハヤが一筋縄ではいかないのはわかっているが、ブチ切れてシャルンに何かしようものなら、自制する自信は全くない。
「後、厄介なのが」
「万が一、リュハヤが『本当に』水龍を呼び出した場合、だよな?」
「確かにあなたのことになると我を忘れておられるが、まるっきりのバカではないですしね」
「派手で鬱陶しいが間抜けじゃないしな」
じっと見つめる天蓋にシャルンの顔を思い浮かべる。
「もっと心配なのが」
「奥方様ですね。もし『本当に』龍神を見出せたとしたら」
「…竃の動きはどうだ?」
「静かですね。ことの成り行きを見守っている感じです。ダフラムに依頼を受けているのか、それとも別の意図か、掴めませんね」
「お前でそうか」
「バラディオスも呆れてました『竃』の割りには動きが速いと。糸繰り場とレース工房へそれとなく顔を出しているそうですが、一度も会ったことがなかったそうです」
「ふん。イルデハヤと違って、こっちはしっかり『水晶亭』に目を付けてたか」
欲しいな、とぼそりと吐くと、しつこいですよ、と詰られた。
「けれど、わかる気もしますが」
ガストも溜息をつく。
「『そんな力』にダフラムが目を付けないはずがない」
「今にして思えば、博覧会、出席せずに正解だよな」
レダンはがしがしと頭を掻いた。
「シャルンの御披露目なんかやっててみろ、さっさと目を付けられて、俺は今頃シャルンを離宮に幽閉しなくちゃならん」
「冗談じゃないですが、狙われそうですね」
「あのなあ、ガスト」
「はい」
レダンは寝転がったまま、ガストを見た。ずっと自分を凝視していたらしい目に苦笑いする。
「何となくだが、シャルンはやっちまうような気がする」
「……ですね」
ガストも頷く。
「あんたの勘、そう言う時には当たりますね」
「そうなったら、俺はシャルンをどうやって守ればいいんだろうな」
「……」
「国とか人間相手なら何とかする。けど、龍なんてもの相手に、俺に何が出来るんだろうな」
「……よく、わからないですが」
ガストは少し目を伏せた。
「あんたは奥方様を大事だ大事だって抱きしめときゃいいんじゃないですかね」
「…は?」
「人が、自分の在り方がわからなくなる時に必要なのは、変わらず笑ってくれる顔、かと」
「……」
レダンはじっとガストを見た。
「実体験か?」
「……いい加減に明日に備えて眠られてはどうですか」
軽く咳払いしてガストは立ち上がった。気のせいか、薄く赤面しているように見える。レダンの視線を引き剥がすようにぶっきらぼうに唸った。
「龍とやりあう気なら、なおさら」
「…おうよ」
レダンはくつくつ低く笑った。
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