168 / 216
第3話 花咲姫と奔流王
8.竃のダイシャ(2)
しおりを挟む
「どういうことですか!」
レダンの部屋に入ると、ルッカはいきなり大声で詰った。
「何をなさってるんですか!」
「ああ、すまん、けれど俺も我慢の限界でな」
「にしても一応私も女なんですからね!」
ルッカは怒らないと言わなかったかしら。
シャルンは思いつつ、それでも部屋の真ん中で素っ裸になって身体中を擦っているレダンに呆気にとられている。
「あの、陛下」
「ん?」
「もし、湯浴みされるのなら、私一旦戻りまして」
「うわ、駄目だそれは不可だ許可せんぞ!」
「きゃ」
それでも奥を向いていたレダンがいきなり振り向いて走って来ようとしたから、シャルンは小さく声を上げ、ルッカは逆に奥へと走り出した。
「えええい!」「がっ!」「ルッカ!」
耐えに耐えかねたのだろう、ルッカが見事な足払い一閃、思いも掛けない攻撃にレダンも必死に避けたものの堪えきれず、ひっくり返る。
「陛下!」
「なんてもんを晒すんですかあなた様は!」
「いたた…すげえな、一撃必殺……」
慌てて駆け寄るシャルン、踏ん反り返って説教口調になるルッカ、床に腰から落ちて呻くレダン、そこへ隣室の扉が開いて入ってきたガストの淡々とした声が渡る。
「で、これはどういう修羅場ですか」
とりあえず、そいつを隠しますか。
むっつりしたガストの手からシーツが剥がれて投げられた。
「陛下……」
「ううう」
「……あの、これではお話も何も」
「……嫌だ」
「もうそのまま話してしまうのはどうでしょうか」
死んだ目をしてガストが溜息をつく。
「まあ巨大な犬か何かがくっついていると思えば良いかも知れませんね」
同じように表情の欠けた顔でルッカが冷ややかに言い渡す。
「けれども、その」
シャルンは引きつりながら、ベッドの上でシーツを巻きつけた半裸のまま、背中からしっかり自分を抱え込んで肩に顎を埋めているレダンを気にした。
「私、湯浴みもしておらず汗もかいておりますし、あまり綺麗な状態では」
「良い匂いだ」
もごもごとレダンは呟く。
「ほん……っと、良い匂いで困る」
「……」
4人の間に沈黙が漂う。
「一体どうなさったのですか?」
気を取り直してシャルンは尋ねた。
もっとも身動きできないほどしがみつかれているから、尋ねた相手はレダンだが、目の前のガストに問う形になってしまう。
「…はあああ」
深い溜息が肩に漏れた。ぎゅううう、と力を入れられて息苦しい。
「も…やだ」
「…は?」
まるで小さな子どものような声が響いて、シャルンは瞬きした。
「吐き気がする息ができない目眩がするムカつく殴り倒したい突き飛ばして蹴倒して踏んづけてとにかく遠ざけて顔も見たくない」
「……あの」
一気に吐き出された声にシャルンはなお戸惑う。唸り声が応じる。
「触られると皮膚が腐る声を聞くと耳が詰まる掴まれるともう駄目だ殺したくなるどうしようシャルン俺もうやばいかも」
「レダン」
ガストが遮った。
「ガキですか」
「ガキでいい」
「姫様が頑張って下さってるのを無駄にすると聞こえましたが?」
ちゃり、と見えない剣が引き抜かれたような声がした。
「あなた様の頑張りなんて姫様の前ではゴミですからね塵ですよ砂粒以下」
ルッカの罵倒が続いた。
「あの馬鹿女に何を言われておられるのか再現しましょうか、その緩い頭に届くまで?」
ぎゅううううううう。
「へ、いか」
いやそれはちょっと本当に苦しいから、とシャルンが思わず息を喘がせると、ひゅと小さく息を引いて、レダンが唸った。
「殺しちゃダメかな」
「駄目です」
間髪入れずに応じたガストがもう一度溜息をつく。
「奥方様を十分吸収して話をするべきかと思ったんですが」
「ぜんっ……ぜんっ足りえねえから」
「…陛下……あの、……お寂しかったんですか?」
シャルンがそっと尋ねると、ふんわりと力が緩んだ。すりすりと肩に頭が擦り付けられる。
「……あなたが居てくれて良かった」
「はい?」
「でなけりゃ俺は血飛沫王って呼ばれてるよ」
ちゅ。
「っっ」
いきなり肩に吸い付かれてシャルンはびっくりする。前に居たガストとルッカが慌てて視線を反らせてくれたが、それでも恥ずかしくて見る見る顔が熱くなった。
「あの、陛下」
「偉いだろ頑張ってるだろ、こんなにあなたが欲しくても我慢してるんだぞ褒めてくれ」
「あの、えーと、ですね」
一体何をどう褒めろと。
けれどもまたぐっと寄せられた体の熱さは、十分に意図を伝えている。
欲しい欲しいあなたが欲しい、できればここで今すぐ全部。
リュハヤに散々嘲られ、気にはしていないつもりだった心、それでもどこかチクチク傷んでいた気持ちが、熱い潤いに満たされていく。
ドレスもあしらいも飾りものも、どんなに汚れていても、そんなものとは無関係に、レダンはシャルンを欲してくれている、それが寄せられた体の早い鼓動から伝わってくる。
「レダン……ありがとうございます」
「…ん」
「ごめんなさい、お1人にして」
「…ん」
「…あの……偉かったですね」
すりすりとまた甘えられる。
「よく頑張りましたね」
「ん…ん」
ほう、と吐かれた息が甘い気配で緩んでいる。つい、その飢えを満たしてあげたくなって、シャルンは囁いた。
「戻ったら、ちゃんと差し上げますね」
「っっ」「姫様っ」
目の前の2人が椅子を鳴らして体を引き、うろたえる。
「あ…」
シャルンもようやく何を口走ったか気がついて、慌てて熱くなった顔を伏せた。
「………くくっ」
背中でレダンが低く笑う。
「……無敵、だよなあ…」
レダンの部屋に入ると、ルッカはいきなり大声で詰った。
「何をなさってるんですか!」
「ああ、すまん、けれど俺も我慢の限界でな」
「にしても一応私も女なんですからね!」
ルッカは怒らないと言わなかったかしら。
シャルンは思いつつ、それでも部屋の真ん中で素っ裸になって身体中を擦っているレダンに呆気にとられている。
「あの、陛下」
「ん?」
「もし、湯浴みされるのなら、私一旦戻りまして」
「うわ、駄目だそれは不可だ許可せんぞ!」
「きゃ」
それでも奥を向いていたレダンがいきなり振り向いて走って来ようとしたから、シャルンは小さく声を上げ、ルッカは逆に奥へと走り出した。
「えええい!」「がっ!」「ルッカ!」
耐えに耐えかねたのだろう、ルッカが見事な足払い一閃、思いも掛けない攻撃にレダンも必死に避けたものの堪えきれず、ひっくり返る。
「陛下!」
「なんてもんを晒すんですかあなた様は!」
「いたた…すげえな、一撃必殺……」
慌てて駆け寄るシャルン、踏ん反り返って説教口調になるルッカ、床に腰から落ちて呻くレダン、そこへ隣室の扉が開いて入ってきたガストの淡々とした声が渡る。
「で、これはどういう修羅場ですか」
とりあえず、そいつを隠しますか。
むっつりしたガストの手からシーツが剥がれて投げられた。
「陛下……」
「ううう」
「……あの、これではお話も何も」
「……嫌だ」
「もうそのまま話してしまうのはどうでしょうか」
死んだ目をしてガストが溜息をつく。
「まあ巨大な犬か何かがくっついていると思えば良いかも知れませんね」
同じように表情の欠けた顔でルッカが冷ややかに言い渡す。
「けれども、その」
シャルンは引きつりながら、ベッドの上でシーツを巻きつけた半裸のまま、背中からしっかり自分を抱え込んで肩に顎を埋めているレダンを気にした。
「私、湯浴みもしておらず汗もかいておりますし、あまり綺麗な状態では」
「良い匂いだ」
もごもごとレダンは呟く。
「ほん……っと、良い匂いで困る」
「……」
4人の間に沈黙が漂う。
「一体どうなさったのですか?」
気を取り直してシャルンは尋ねた。
もっとも身動きできないほどしがみつかれているから、尋ねた相手はレダンだが、目の前のガストに問う形になってしまう。
「…はあああ」
深い溜息が肩に漏れた。ぎゅううう、と力を入れられて息苦しい。
「も…やだ」
「…は?」
まるで小さな子どものような声が響いて、シャルンは瞬きした。
「吐き気がする息ができない目眩がするムカつく殴り倒したい突き飛ばして蹴倒して踏んづけてとにかく遠ざけて顔も見たくない」
「……あの」
一気に吐き出された声にシャルンはなお戸惑う。唸り声が応じる。
「触られると皮膚が腐る声を聞くと耳が詰まる掴まれるともう駄目だ殺したくなるどうしようシャルン俺もうやばいかも」
「レダン」
ガストが遮った。
「ガキですか」
「ガキでいい」
「姫様が頑張って下さってるのを無駄にすると聞こえましたが?」
ちゃり、と見えない剣が引き抜かれたような声がした。
「あなた様の頑張りなんて姫様の前ではゴミですからね塵ですよ砂粒以下」
ルッカの罵倒が続いた。
「あの馬鹿女に何を言われておられるのか再現しましょうか、その緩い頭に届くまで?」
ぎゅううううううう。
「へ、いか」
いやそれはちょっと本当に苦しいから、とシャルンが思わず息を喘がせると、ひゅと小さく息を引いて、レダンが唸った。
「殺しちゃダメかな」
「駄目です」
間髪入れずに応じたガストがもう一度溜息をつく。
「奥方様を十分吸収して話をするべきかと思ったんですが」
「ぜんっ……ぜんっ足りえねえから」
「…陛下……あの、……お寂しかったんですか?」
シャルンがそっと尋ねると、ふんわりと力が緩んだ。すりすりと肩に頭が擦り付けられる。
「……あなたが居てくれて良かった」
「はい?」
「でなけりゃ俺は血飛沫王って呼ばれてるよ」
ちゅ。
「っっ」
いきなり肩に吸い付かれてシャルンはびっくりする。前に居たガストとルッカが慌てて視線を反らせてくれたが、それでも恥ずかしくて見る見る顔が熱くなった。
「あの、陛下」
「偉いだろ頑張ってるだろ、こんなにあなたが欲しくても我慢してるんだぞ褒めてくれ」
「あの、えーと、ですね」
一体何をどう褒めろと。
けれどもまたぐっと寄せられた体の熱さは、十分に意図を伝えている。
欲しい欲しいあなたが欲しい、できればここで今すぐ全部。
リュハヤに散々嘲られ、気にはしていないつもりだった心、それでもどこかチクチク傷んでいた気持ちが、熱い潤いに満たされていく。
ドレスもあしらいも飾りものも、どんなに汚れていても、そんなものとは無関係に、レダンはシャルンを欲してくれている、それが寄せられた体の早い鼓動から伝わってくる。
「レダン……ありがとうございます」
「…ん」
「ごめんなさい、お1人にして」
「…ん」
「…あの……偉かったですね」
すりすりとまた甘えられる。
「よく頑張りましたね」
「ん…ん」
ほう、と吐かれた息が甘い気配で緩んでいる。つい、その飢えを満たしてあげたくなって、シャルンは囁いた。
「戻ったら、ちゃんと差し上げますね」
「っっ」「姫様っ」
目の前の2人が椅子を鳴らして体を引き、うろたえる。
「あ…」
シャルンもようやく何を口走ったか気がついて、慌てて熱くなった顔を伏せた。
「………くくっ」
背中でレダンが低く笑う。
「……無敵、だよなあ…」
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】妃が毒を盛っている。
井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。
王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。
側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。
いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。
貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった――
見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。
「エルメンヒルデか……。」
「はい。お側に寄っても?」
「ああ、おいで。」
彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。
この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……?
※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!!
※妖精王チートですので細かいことは気にしない。
※隣国の王子はテンプレですよね。
※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り
※最後のほうにざまぁがあるようなないような
※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい)
※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中
※完結保証……保障と保証がわからない!
2022.11.26 18:30 完結しました。
お付き合いいただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる