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第3話 花咲姫と奔流王

7.花石(4)

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「……陛下はどうして倒れられたのでしょう」
 呟くように尋ねてみる。
「…御公務のお疲れでしょう」
 リュハヤはさらりと答えた。
「王たる務めを理解している者がお仕えしてこその激務ですもの、小国で禄に公務もこなさずに諸国園遊していたばかりのあなたに、王の苦しみなど察することもできなかったのでしょう」
 冷ややかに笑う。
「お昼間もそうですが、夜など特に、レダン様のように猛々しい望みをお持ちの方は」
 ふふ、と何かを思い出したように唇を膨らませて笑う。
「十分に満たして差し上げることが必要ですのに、我を忘れるほど望まれることもなかったのは、王妃たるものの不足であると申し上げるしかないのではないでしょうか」
「…仰る通りかも知れません」
 シャルンは俯きながら、ハンカチを取り出す。
「朝方のハンカチです。工房のものが直してくれました」
 テーブルに置かれたものをリュハヤは無造作に取り上げた。
「…意匠が違いますわ」
「…」
「この花をこんな風に直すなんて、下品な」
 ぽい、とソファの隅に置き捨てた。
「せっかくの美しい作品をわざわざ壊されるために直されるとは呆れ果てました」
「…申し訳ありません」
「そのような浅い考えだからこそ、陛下の願いを汲み取られていないとお思いにはなりませんの」
 レダン様が私をお求めになるのは当然です。
「レダン様はお優しいので、あなたを正面から断っては可哀想だとお考えなのです」
 リュハヤが冷笑する。
「ハイオルトのような鄙びた、ミディルン鉱石しか得るもののない国の姫などのために、財政を浪費し兵を動かし、国の内外からどれほど笑い者になったかと心配はされなかったのですか」
 それはシャルンも気になったところだ。だからもし今後、カースウェル=ハイオルトにとって、またレダンにとってシャルンの存在が意味のないものとなるなら、いつでも身を引く覚悟はしている。
 それに、とシャルンは脳裏にレダンの瞳を思い浮かべた。
 レダンがもし、本当にシャルンが不要だと考えたのなら、まっすぐに伝えてくれるだろう。それを伝えることで自分が味わう苦痛を気にすることはないだろう。しなくてはならないことをする時、レダンは誰よりも非情となる。だからこそ真実の王と慕われるのだ。
 なのに。
『シャルン……キスを』
 蕩けて潤む深い藍色に、胸が優しく温まる。
「いい加減になさいませ!」
 いきなりリュハヤが声を荒げて我に返った。
「捨てられているのにぐずぐずと泣き言を並べて。こうしている間にもレダン様はお苦しみなのですよ」
 苛立った様子で立ち上がる。
「私はレダン様の元へ参ります。あなたはご自分の行く末を考えられた方がよろしいわ」
「っ」
 しまった。何かがリュハヤの不興を買ったらしい。
 部屋を出ようとするリュハヤにシャルンは慌てて声を掛ける。
「リュハヤ様!」
「まだ何か?」
「私、自分の足りなさを深く省みたいと思います。龍神様にもお助けを頂きたいと思いますが、祈りの部屋はどこでしょう」
「……ご自分で探されるといいわ、あなたに相応しい場所を」
 リュハヤはくすりと笑って、部屋を出て行った。
「……」
 翻るドレスの裾を見送り、あの美しい姿がレダンの枕元に侍ると考えて一瞬切なくなったシャルンに、
「……失礼ながら」
「…はい」
 声を掛けられ振り返る。先ほどお茶を運んできた男だ。
「……祈りの部屋には全て鍵がかかっております」
「…まあ」
 それを知りつつ探せとは、リュハヤもなかなか意地が悪い。
「お望みならば、お開けしますが」
「開けてくれるの?」
「はい」
 静かに頭を下げた相手は、オルガと同じような灰色の服を着ている。
「ひょっとして、オルガの知り合いかしら」
 にこっと相手は笑み綻んだ。
「ダイシャと言います。……美味しいお菓子をありがとうございました」
「…オルガにお礼を伝えてね」
 シャルンは温かな気持ちになりながら、笑い返した。
「あなたは私をいろいろなところで助けてくれている、と」
「必ず伝えます」
 ダイシャは嬉しそうに一礼した。
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