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第3話 花咲姫と奔流王
6.糸繰り場(7)
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レース工房では、また別の発見があった。
「あら…」
壁際で見慣れぬ庶民の格好で腕組みをして立っている、辺境伯、バラディオス・クレラント。
「商人でございますよ、…奥方様」
モレンがとっさに呼び方を変えた。
「館のレースを街で見たと来たのです」
「この場所は表から入れるのですか」
ルッカが鋭く瞳を光らせる。確かに、館から見た限りでは館から続く道からしか入れず、品物の出入りは館の者の目に触れるだろうと思っていたが。
「商人用の出入り口があっちにあるんですよ」
モレンは奥の方を指差した。
「出入りする商人は決まってたんですが、何でも最近物価が上がって、前ほど良い値で売れなくなっちまったからと、司祭様が新しい商人を探しておられたんです」
「そちらの方は」
バラディオスが初めて気づいたように腕組みを解き、恭しく会釈する。
「レース工房をご覧になりたいといらっした奥方様です」
「…どちらの、とお聞きしないほうがよろしゅうございますな」
如才なくバラディオスが紹介を防いでくれる。
「私は商隊を率いております『先読みのくれラント』と呼ばれる者です。良い品物があれば、何処へでも参りますので、そのように呼ばれております。奥方様がお目に止められる必要はございませんし、私もお会いしたことは夢だと思うばかりでしょう……大変にお美しい」
「…」
シャルンは軽く会釈して前を通り過ぎる。ルッカも同様に過ぎようとして、びくりと立ち止まった。訝しそうにバラディオスを振り返る気配に、シャルンも立ち止まる。
「ルッカ?」
「…失礼いたします、奥方様」
ルッカが厳しい表情で続けた。
「外で待っておられたガスト様のお姿が見えないようです」
「ガストが?」
そう言えば、糸繰り場は女性の職場と暗に拒まれて入れず、戸口で待っていたはずの姿がなかった。小用ならばルッカには告げていくだろうし、そもそもレダンからシャルンの守護を命じられていながら、離れるのもおかしい。
「ひょっとすると、あそこかな」
バラディオスが首を傾げて見せながら、
「来る途中に湖へ降りられる小道がありましたな。ここへ来る度に、この道はどこへ行くのだろうと覗き込むのですが、その先を知らない。お付きの方は曲者が潜んでいないか気になって調べておられるのでは?」
「ルッカ、見て来て下さい」
不安に駆られて、シャルンは頼んだ。
「しかし」
「レース工房におります。迎えが来るまで動きません。もし何かガストが困っているなら、助けてやりたいのです」
「…私では不甲斐ないでしょうが」
バラディオスが口を挟む。
「多少の剣の覚えもあります。戻られるまで、奥方様をお守りしましょう」
バラディオスの荒っぽさはシャルンもルッカも知っている。守り手として問題はない。
「どうされますか。このまま戻られますか」
モレンが心配そうに尋ねた。戻らない従者は気になるが、ひょっとするとレース作品にも名付けをもらえるかと期待したところだから、二重に心配だろう。そもそも、王妃様を狙う輩がいる?そんなバカな、という認識だ。
「いえ、レースを見ましょう。ルッカ」
「…畏まりました。それではお迎えにあがりますまで、お待ち下さい」
ジロリと冷たい視線はバラディオスに、続いてシャルンに向けられる。
「決して決して、けーっして、1人でお戻りになりませんように!」
「わかったわ、ルッカ」
微笑んでルッカを送り出し、バラディオスに向き直る。
「あら…」
壁際で見慣れぬ庶民の格好で腕組みをして立っている、辺境伯、バラディオス・クレラント。
「商人でございますよ、…奥方様」
モレンがとっさに呼び方を変えた。
「館のレースを街で見たと来たのです」
「この場所は表から入れるのですか」
ルッカが鋭く瞳を光らせる。確かに、館から見た限りでは館から続く道からしか入れず、品物の出入りは館の者の目に触れるだろうと思っていたが。
「商人用の出入り口があっちにあるんですよ」
モレンは奥の方を指差した。
「出入りする商人は決まってたんですが、何でも最近物価が上がって、前ほど良い値で売れなくなっちまったからと、司祭様が新しい商人を探しておられたんです」
「そちらの方は」
バラディオスが初めて気づいたように腕組みを解き、恭しく会釈する。
「レース工房をご覧になりたいといらっした奥方様です」
「…どちらの、とお聞きしないほうがよろしゅうございますな」
如才なくバラディオスが紹介を防いでくれる。
「私は商隊を率いております『先読みのくれラント』と呼ばれる者です。良い品物があれば、何処へでも参りますので、そのように呼ばれております。奥方様がお目に止められる必要はございませんし、私もお会いしたことは夢だと思うばかりでしょう……大変にお美しい」
「…」
シャルンは軽く会釈して前を通り過ぎる。ルッカも同様に過ぎようとして、びくりと立ち止まった。訝しそうにバラディオスを振り返る気配に、シャルンも立ち止まる。
「ルッカ?」
「…失礼いたします、奥方様」
ルッカが厳しい表情で続けた。
「外で待っておられたガスト様のお姿が見えないようです」
「ガストが?」
そう言えば、糸繰り場は女性の職場と暗に拒まれて入れず、戸口で待っていたはずの姿がなかった。小用ならばルッカには告げていくだろうし、そもそもレダンからシャルンの守護を命じられていながら、離れるのもおかしい。
「ひょっとすると、あそこかな」
バラディオスが首を傾げて見せながら、
「来る途中に湖へ降りられる小道がありましたな。ここへ来る度に、この道はどこへ行くのだろうと覗き込むのですが、その先を知らない。お付きの方は曲者が潜んでいないか気になって調べておられるのでは?」
「ルッカ、見て来て下さい」
不安に駆られて、シャルンは頼んだ。
「しかし」
「レース工房におります。迎えが来るまで動きません。もし何かガストが困っているなら、助けてやりたいのです」
「…私では不甲斐ないでしょうが」
バラディオスが口を挟む。
「多少の剣の覚えもあります。戻られるまで、奥方様をお守りしましょう」
バラディオスの荒っぽさはシャルンもルッカも知っている。守り手として問題はない。
「どうされますか。このまま戻られますか」
モレンが心配そうに尋ねた。戻らない従者は気になるが、ひょっとするとレース作品にも名付けをもらえるかと期待したところだから、二重に心配だろう。そもそも、王妃様を狙う輩がいる?そんなバカな、という認識だ。
「いえ、レースを見ましょう。ルッカ」
「…畏まりました。それではお迎えにあがりますまで、お待ち下さい」
ジロリと冷たい視線はバラディオスに、続いてシャルンに向けられる。
「決して決して、けーっして、1人でお戻りになりませんように!」
「わかったわ、ルッカ」
微笑んでルッカを送り出し、バラディオスに向き直る。
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