157 / 216
第3話 花咲姫と奔流王
6.糸繰り場(4)
しおりを挟む
「……お薬のせいですか?」
「ん?」
「私が来た時、リュハヤ様が添い寝してらっしゃいました……私はもう要らないと……陛下がリュハヤ様に命じられたと…」
「……うん」
そんなことを聞かされて、さぞ辛かっただろう。リュハヤには後々しっかり代償を払ってもらおうと決心したが、ふと気づく。
「あなたは…部屋を出なかったの?」
「……私は……陛下のご様子がおかしいと思いました」
シャルンの瞳に涙が膨れ上がる。
「お顔が赤く……苦しそうな寝息に見えました…」
思い出したのだろう、悲しげに眉を寄せて、
「もし……もし…リュハヤ様とお過ごしで……満たされておいでで……私が不要なほどであれば……もっと安らいでおられるはずです」
「……うん…」
レダンは自分の顔が赤くなるのがわかった。
「それは……うん……そう…だな」
バラディオスの冷たい視線が物凄く痛い。
「いつものように……軽くお口を開けて……優しいお顔で……休まれておいでのはずで…」
事後に、そんな間抜けな顔をして眠っているのか、俺は。
「あー、シャルン」
「時々……ふうって…小さな子どものように……息を吐かれたり……むにゃむにゃって…可愛らしく呟かれたり…」
「シャルン……その……シャルン」
何だろうか、とんでもなく恥ずかしいものを聞いているような気がする。って言うか、とんでもなく恥ずかしい光景を晒していると言うか。
熱くなる顔を片手で覆いつつ、シャルンの『いつもの事後の陛下でない理由』を止めようと手を伸ばした途端、
「何よりも、リュハヤ様のお手は握っておられなくて……むしろ、ご自分の胸を抱きしめるように眠られていて……お辛そうで…!」
「シャルンんっ」
あああ、そうか、それで朝時々シャルンが痛そうに手首に触れているのか。いつも何でもないと笑うから、どうしたのかと思っていたが、つまり俺が夜中ずっと握っているわけだな、シャルンの手首を子どものように!
「もうわかった」
「はい…?」
シャルンはようやく口を噤んだ。
「もう、十分わかったから」
「はい」
ぽろりと新たな涙が零れ落ちて、
「ですから、私……陛下のベッドから出て下さい、と申し上げました。お目覚めになって、リュハヤ様をお求めでしたら、改めておいで頂けますかと」
「…ぷっ」
吹き出したのはバラディオスで、レダンの情けない表情を見てとったからだろう。
「奔流王、ねえ」
「ほっとけ」
「手玉に取られてますねえ」
さすが我らの姫様。
誇らしげに言い放たれてむっとする。
「俺の妃だ」
「俺達の姫様ですよ、いつまでも、どこに行ったって」
微笑みながらバラディオスが呟き、ゆっくり立ち上がる。
「あなたが無事で良かった」
「バラディオス」
「これからもそうです、姫様が泣くような真似をするなら、どこにいたって飛んで来ます」
「……ああ」
「引き続き、ガスト様とルッカの捜索は進めます。部屋の外でオルガが半泣きで待ってますから、事情を話しときましょう。で、あなたは」
静かに礼をしながら、
「もう少しお休み下さい。レグワに麻痺薬を混ぜるような輩だ、姫様に十分癒してもらって回復して、しっかり立ち向かって下さい」
おそらく、バラディオスは知っている。レグワに麻痺薬を混ぜる分量によっては廃人になっていたし、あるいは死出の旅路に出ていたことを。それをあえて、シャルンの前で話さないでいてくれたことに感謝した。ただでさえぐずぐずに泣き濡れているシャルンに、これ以上辛い思いをさせたくない。
「シャルン?」
「はい……リュハヤ様をお呼びしましょうか?」
「…あのねえ」
切なそうな顔で確認されて力が抜けた。
「俺は死んだ方がいいのかな」
「そんなっ」
「殺したくないなら、こちらに来て」
「はい…」
「その訝しい顔も辛いんだがなあ」
「……はい…?」
よいしょ、と体を起こす。座り続けるのはしんどかったし、回復には翌朝までかかりそうだが、とにかくシャルンを抱きしめて安心したい。枕にもたれ、おいでおいでと手招いて、ようやく膝の上に座ってくれた温もりを抱えた。
「陛下」
「苦しいよ、シャルン」
「はい…」
「あなたと過ごせない夜が本当に辛い」
ちゅ、と首筋にキスし、額にキスし、頬にキスし、髪にキスしてもう一度抱える。唇にしてしまうと歯止めが効かない。催淫剤がきれていない。中途半端に弛緩した体では満足に彼女を愛せないし、力に任せて傷つけてしまうのも嫌だ。
「国も何も捨てたくなる。あなただけがこの世界にいてくれれば良いと思ってしまう」
「陛下」
「…捨てないさ、あなたは嫌がるだろう? 王様の俺が好きだもんな?」
「…レダン」
優しい声が呟いて瞬きした。見下ろすと、潤んだ瞳が見上げている。
「もし、その重荷が本当に辛いなら、私が背負います」
「え…?」
「私は、あなたの盾であり、剣です。あなたを支え、守るものです。私が不要ならば、いつでも切り捨ててよろしいのです。私の願いは、あなたが笑って下さること、王であろうとなかろうと」
なぜなら。
「私の世界は、あなたが広げて、見せて下さったもの……私の世界の底には必ず、あなたがいるのですもの」
「……はあ…」
レダンはぽてんとシャルンの頭の上に頬を乗せた。
「レダン?」
「逆だよ、シャルン」
呟いて、真実だと思う。
「俺の世界をあなたが作り上げているんだ……何を失っちゃいけないか、いつも教えてくれている」
ぐ、と腹に力を入れて体を起こす。
「それでは聞こうか、我が妃。今日見たものを教えてくれ」
「…はい、陛下」
シャルンは微笑み、話し出した。
「ん?」
「私が来た時、リュハヤ様が添い寝してらっしゃいました……私はもう要らないと……陛下がリュハヤ様に命じられたと…」
「……うん」
そんなことを聞かされて、さぞ辛かっただろう。リュハヤには後々しっかり代償を払ってもらおうと決心したが、ふと気づく。
「あなたは…部屋を出なかったの?」
「……私は……陛下のご様子がおかしいと思いました」
シャルンの瞳に涙が膨れ上がる。
「お顔が赤く……苦しそうな寝息に見えました…」
思い出したのだろう、悲しげに眉を寄せて、
「もし……もし…リュハヤ様とお過ごしで……満たされておいでで……私が不要なほどであれば……もっと安らいでおられるはずです」
「……うん…」
レダンは自分の顔が赤くなるのがわかった。
「それは……うん……そう…だな」
バラディオスの冷たい視線が物凄く痛い。
「いつものように……軽くお口を開けて……優しいお顔で……休まれておいでのはずで…」
事後に、そんな間抜けな顔をして眠っているのか、俺は。
「あー、シャルン」
「時々……ふうって…小さな子どものように……息を吐かれたり……むにゃむにゃって…可愛らしく呟かれたり…」
「シャルン……その……シャルン」
何だろうか、とんでもなく恥ずかしいものを聞いているような気がする。って言うか、とんでもなく恥ずかしい光景を晒していると言うか。
熱くなる顔を片手で覆いつつ、シャルンの『いつもの事後の陛下でない理由』を止めようと手を伸ばした途端、
「何よりも、リュハヤ様のお手は握っておられなくて……むしろ、ご自分の胸を抱きしめるように眠られていて……お辛そうで…!」
「シャルンんっ」
あああ、そうか、それで朝時々シャルンが痛そうに手首に触れているのか。いつも何でもないと笑うから、どうしたのかと思っていたが、つまり俺が夜中ずっと握っているわけだな、シャルンの手首を子どものように!
「もうわかった」
「はい…?」
シャルンはようやく口を噤んだ。
「もう、十分わかったから」
「はい」
ぽろりと新たな涙が零れ落ちて、
「ですから、私……陛下のベッドから出て下さい、と申し上げました。お目覚めになって、リュハヤ様をお求めでしたら、改めておいで頂けますかと」
「…ぷっ」
吹き出したのはバラディオスで、レダンの情けない表情を見てとったからだろう。
「奔流王、ねえ」
「ほっとけ」
「手玉に取られてますねえ」
さすが我らの姫様。
誇らしげに言い放たれてむっとする。
「俺の妃だ」
「俺達の姫様ですよ、いつまでも、どこに行ったって」
微笑みながらバラディオスが呟き、ゆっくり立ち上がる。
「あなたが無事で良かった」
「バラディオス」
「これからもそうです、姫様が泣くような真似をするなら、どこにいたって飛んで来ます」
「……ああ」
「引き続き、ガスト様とルッカの捜索は進めます。部屋の外でオルガが半泣きで待ってますから、事情を話しときましょう。で、あなたは」
静かに礼をしながら、
「もう少しお休み下さい。レグワに麻痺薬を混ぜるような輩だ、姫様に十分癒してもらって回復して、しっかり立ち向かって下さい」
おそらく、バラディオスは知っている。レグワに麻痺薬を混ぜる分量によっては廃人になっていたし、あるいは死出の旅路に出ていたことを。それをあえて、シャルンの前で話さないでいてくれたことに感謝した。ただでさえぐずぐずに泣き濡れているシャルンに、これ以上辛い思いをさせたくない。
「シャルン?」
「はい……リュハヤ様をお呼びしましょうか?」
「…あのねえ」
切なそうな顔で確認されて力が抜けた。
「俺は死んだ方がいいのかな」
「そんなっ」
「殺したくないなら、こちらに来て」
「はい…」
「その訝しい顔も辛いんだがなあ」
「……はい…?」
よいしょ、と体を起こす。座り続けるのはしんどかったし、回復には翌朝までかかりそうだが、とにかくシャルンを抱きしめて安心したい。枕にもたれ、おいでおいでと手招いて、ようやく膝の上に座ってくれた温もりを抱えた。
「陛下」
「苦しいよ、シャルン」
「はい…」
「あなたと過ごせない夜が本当に辛い」
ちゅ、と首筋にキスし、額にキスし、頬にキスし、髪にキスしてもう一度抱える。唇にしてしまうと歯止めが効かない。催淫剤がきれていない。中途半端に弛緩した体では満足に彼女を愛せないし、力に任せて傷つけてしまうのも嫌だ。
「国も何も捨てたくなる。あなただけがこの世界にいてくれれば良いと思ってしまう」
「陛下」
「…捨てないさ、あなたは嫌がるだろう? 王様の俺が好きだもんな?」
「…レダン」
優しい声が呟いて瞬きした。見下ろすと、潤んだ瞳が見上げている。
「もし、その重荷が本当に辛いなら、私が背負います」
「え…?」
「私は、あなたの盾であり、剣です。あなたを支え、守るものです。私が不要ならば、いつでも切り捨ててよろしいのです。私の願いは、あなたが笑って下さること、王であろうとなかろうと」
なぜなら。
「私の世界は、あなたが広げて、見せて下さったもの……私の世界の底には必ず、あなたがいるのですもの」
「……はあ…」
レダンはぽてんとシャルンの頭の上に頬を乗せた。
「レダン?」
「逆だよ、シャルン」
呟いて、真実だと思う。
「俺の世界をあなたが作り上げているんだ……何を失っちゃいけないか、いつも教えてくれている」
ぐ、と腹に力を入れて体を起こす。
「それでは聞こうか、我が妃。今日見たものを教えてくれ」
「…はい、陛下」
シャルンは微笑み、話し出した。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】領地に行くと言って出掛けた夫が帰って来ません。〜愛人と失踪した様です〜
山葵
恋愛
政略結婚で結婚した夫は、式を挙げた3日後に「領地に視察に行ってくる」と言って出掛けて行った。
いつ帰るのかも告げずに出掛ける夫を私は見送った。
まさかそれが夫の姿を見る最後になるとは夢にも思わずに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる