『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

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第3話 花咲姫と奔流王

6.糸繰り場(4)

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「……お薬のせいですか?」
「ん?」
「私が来た時、リュハヤ様が添い寝してらっしゃいました……私はもう要らないと……陛下がリュハヤ様に命じられたと…」
「……うん」
 そんなことを聞かされて、さぞ辛かっただろう。リュハヤには後々しっかり代償を払ってもらおうと決心したが、ふと気づく。
「あなたは…部屋を出なかったの?」
「……私は……陛下のご様子がおかしいと思いました」
 シャルンの瞳に涙が膨れ上がる。
「お顔が赤く……苦しそうな寝息に見えました…」
 思い出したのだろう、悲しげに眉を寄せて、
「もし……もし…リュハヤ様とお過ごしで……満たされておいでで……私が不要なほどであれば……もっと安らいでおられるはずです」
「……うん…」
 レダンは自分の顔が赤くなるのがわかった。
「それは……うん……そう…だな」
 バラディオスの冷たい視線が物凄く痛い。
「いつものように……軽くお口を開けて……優しいお顔で……休まれておいでのはずで…」
 事後に、そんな間抜けな顔をして眠っているのか、俺は。
「あー、シャルン」
「時々……ふうって…小さな子どものように……息を吐かれたり……むにゃむにゃって…可愛らしく呟かれたり…」
「シャルン……その……シャルン」
 何だろうか、とんでもなく恥ずかしいものを聞いているような気がする。って言うか、とんでもなく恥ずかしい光景を晒していると言うか。
 熱くなる顔を片手で覆いつつ、シャルンの『いつもの事後の陛下でない理由』を止めようと手を伸ばした途端、
「何よりも、リュハヤ様のお手は握っておられなくて……むしろ、ご自分の胸を抱きしめるように眠られていて……お辛そうで…!」
「シャルンんっ」
 あああ、そうか、それで朝時々シャルンが痛そうに手首に触れているのか。いつも何でもないと笑うから、どうしたのかと思っていたが、つまり俺が夜中ずっと握っているわけだな、シャルンの手首を子どものように!
「もうわかった」
「はい…?」
 シャルンはようやく口を噤んだ。
「もう、十分わかったから」
「はい」
 ぽろりと新たな涙が零れ落ちて、
「ですから、私……陛下のベッドから出て下さい、と申し上げました。お目覚めになって、リュハヤ様をお求めでしたら、改めておいで頂けますかと」
「…ぷっ」
 吹き出したのはバラディオスで、レダンの情けない表情を見てとったからだろう。
「奔流王、ねえ」
「ほっとけ」
「手玉に取られてますねえ」
 さすが我らの姫様。
 誇らしげに言い放たれてむっとする。
「俺の妃だ」
「俺達の姫様ですよ、いつまでも、どこに行ったって」
 微笑みながらバラディオスが呟き、ゆっくり立ち上がる。
「あなたが無事で良かった」
「バラディオス」
「これからもそうです、姫様が泣くような真似をするなら、どこにいたって飛んで来ます」
「……ああ」
「引き続き、ガスト様とルッカの捜索は進めます。部屋の外でオルガが半泣きで待ってますから、事情を話しときましょう。で、あなたは」
 静かに礼をしながら、
「もう少しお休み下さい。レグワに麻痺薬を混ぜるような輩だ、姫様に十分癒してもらって回復して、しっかり立ち向かって下さい」
 おそらく、バラディオスは知っている。レグワに麻痺薬を混ぜる分量によっては廃人になっていたし、あるいは死出の旅路に出ていたことを。それをあえて、シャルンの前で話さないでいてくれたことに感謝した。ただでさえぐずぐずに泣き濡れているシャルンに、これ以上辛い思いをさせたくない。
「シャルン?」
「はい……リュハヤ様をお呼びしましょうか?」
「…あのねえ」
 切なそうな顔で確認されて力が抜けた。
「俺は死んだ方がいいのかな」
「そんなっ」
「殺したくないなら、こちらに来て」
「はい…」
「その訝しい顔も辛いんだがなあ」
「……はい…?」
 よいしょ、と体を起こす。座り続けるのはしんどかったし、回復には翌朝までかかりそうだが、とにかくシャルンを抱きしめて安心したい。枕にもたれ、おいでおいでと手招いて、ようやく膝の上に座ってくれた温もりを抱えた。
「陛下」
「苦しいよ、シャルン」
「はい…」
「あなたと過ごせない夜が本当に辛い」
 ちゅ、と首筋にキスし、額にキスし、頬にキスし、髪にキスしてもう一度抱える。唇にしてしまうと歯止めが効かない。催淫剤がきれていない。中途半端に弛緩した体では満足に彼女を愛せないし、力に任せて傷つけてしまうのも嫌だ。
「国も何も捨てたくなる。あなただけがこの世界にいてくれれば良いと思ってしまう」
「陛下」
「…捨てないさ、あなたは嫌がるだろう? 王様の俺が好きだもんな?」
「…レダン」
 優しい声が呟いて瞬きした。見下ろすと、潤んだ瞳が見上げている。
「もし、その重荷が本当に辛いなら、私が背負います」
「え…?」
「私は、あなたの盾であり、剣です。あなたを支え、守るものです。私が不要ならば、いつでも切り捨ててよろしいのです。私の願いは、あなたが笑って下さること、王であろうとなかろうと」
 なぜなら。
「私の世界は、あなたが広げて、見せて下さったもの……私の世界の底には必ず、あなたがいるのですもの」
「……はあ…」
 レダンはぽてんとシャルンの頭の上に頬を乗せた。
「レダン?」
「逆だよ、シャルン」
 呟いて、真実だと思う。
「俺の世界をあなたが作り上げているんだ……何を失っちゃいけないか、いつも教えてくれている」
 ぐ、と腹に力を入れて体を起こす。
「それでは聞こうか、我が妃。今日見たものを教えてくれ」
「…はい、陛下」
 シャルンは微笑み、話し出した。
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