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第3話 花咲姫と奔流王
4.祈りの館(1)
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馬車はルシュカの谷を行く。前に滞在の間の荷物を乗せた馬車、後ろにルッカとガストの乗った馬車を従えての、のんびりした道行、いささかのんびり過ぎるほどの速度だ。王宮を出て半日、以前休んだことのある四阿で一晩過ごしてから、谷の奥のエイリカ湖に向けて発った。夕刻には湖畔に建つ今夜の宿泊先である、『祈りの館』に着くだろうとのことだった。
『恐らくは良からぬ者たちの企みを考えてのことでしょうよ』
ルッカはシャルンに馬車の配置の理由を話した。
『前の馬車が襲われている間に反撃できます。後ろから来れば思う壺です。横からは谷を駆け下りてくるより他なく、もしそんなことがあれば、襲撃者の出身はアルシアと断言してようございます』
薄く微笑んだ顔が常にない表情でぞくりとしたものだ。だが、ルッカはすぐにいつもの開けっぴろげな笑顔になって、
『まあ馬車3台ででなくてはならなかったからなかなか行けなかったと言い訳できるでしょうが、一番の理由は姫様と少しでも長く2人でべったりできるとかそう言うどうしようもない理由でしょうけどね!』
確かにそうだ、とシャルンは馬車の中で膝の上に彼女を抱えたレダンに少し赤くなる。乗り始めてすぐ、長時間だから腰が疲れるからとか何とか言いくるめられて膝に乗せられ、抱きかかえられたまま寝物語のようにルッカとの話を語る羽目になった。
「花咲(はなさか)…」
聞いたことがないな、とレダンは首を傾げる。
「アルシアの古いお話だそうです」
「サリストアなら知っているかも知れないが、御伽噺を語らい合うような関係ではなかったからな」
苦笑いしながら、ふうむ、と視線を空に浮かせ、
「しかし…」
『ミディルンの魔法』なら知らぬこともない。
「完全に子どもに向けた作り話だと思っていたが、そう言えば、母やガストは気にしていたか」
「どんなお話ですか?」
「母は元々研究者であってな」
「研究者?」
「父に見初められて24歳で王宮に来たが、それまではミディルン鉱石がなぜできたのかを調べていたのだそうだ」
「なぜ、出来たのか、ですか」
「不思議な鉱石だろう? 鉱脈が限られているのはなぜか、温めて衝撃を与えると火を出し、木を燃やすより長く使えるから重宝するが、なぜそんな作りになっているのか」
思い出したようにレダンはシャルンを軽く抱き締め、ふんふんと髪に鼻を埋めて鳴らす。
「もし作りが分かれば、我が国でも作れないかとな、父も考えていたようだ」
「ああ…」
シャルンの中でストンと腑に落ちた部分があった。
王命であったのなら、国のあちこちでそう言う動きがあっただろう。研究者も居ただろう。そのような情報は他国にも知れただろう。貴重なミディルン鉱石を作る方法なら、どの国も欲しいだろう。ましてや、工業国、ダフラムなら尚更。
「ダフラムはそれを狙ったのですか」
「聡いな、シャルン」
レダンは咎めるのではなく、褒めた。
「ダフラムは其処彼処にそっと間者を忍び込ませて来ていたよ」
「…来て、いた?」
過去形か。
「もう少し早く手が打てていればな」
悔しげな口調に怒りが混じる。
「何かあったのですか」
「…ガストの両親も研究者だった。ある夜、賊に襲われて殺された。賊なものか、証明できないだけで、裏にダフラムが居たんじゃないかと俺は考えている」
「司法は…」
「動かなかった。母もおかしいと思ったんだろうな、すぐに罷免したが行方をくらましたようだ。国外に出たかも知れない。こちらもごたごたしてしまって追うに追えなかった」
今頃、カースウェルのミディルン鉱石生成を妨げられた功績で、ダフラムでぬくぬくといい暮らしをしているかも知れない。
ちっ、と忌々しそうに舌打ちした。
『恐らくは良からぬ者たちの企みを考えてのことでしょうよ』
ルッカはシャルンに馬車の配置の理由を話した。
『前の馬車が襲われている間に反撃できます。後ろから来れば思う壺です。横からは谷を駆け下りてくるより他なく、もしそんなことがあれば、襲撃者の出身はアルシアと断言してようございます』
薄く微笑んだ顔が常にない表情でぞくりとしたものだ。だが、ルッカはすぐにいつもの開けっぴろげな笑顔になって、
『まあ馬車3台ででなくてはならなかったからなかなか行けなかったと言い訳できるでしょうが、一番の理由は姫様と少しでも長く2人でべったりできるとかそう言うどうしようもない理由でしょうけどね!』
確かにそうだ、とシャルンは馬車の中で膝の上に彼女を抱えたレダンに少し赤くなる。乗り始めてすぐ、長時間だから腰が疲れるからとか何とか言いくるめられて膝に乗せられ、抱きかかえられたまま寝物語のようにルッカとの話を語る羽目になった。
「花咲(はなさか)…」
聞いたことがないな、とレダンは首を傾げる。
「アルシアの古いお話だそうです」
「サリストアなら知っているかも知れないが、御伽噺を語らい合うような関係ではなかったからな」
苦笑いしながら、ふうむ、と視線を空に浮かせ、
「しかし…」
『ミディルンの魔法』なら知らぬこともない。
「完全に子どもに向けた作り話だと思っていたが、そう言えば、母やガストは気にしていたか」
「どんなお話ですか?」
「母は元々研究者であってな」
「研究者?」
「父に見初められて24歳で王宮に来たが、それまではミディルン鉱石がなぜできたのかを調べていたのだそうだ」
「なぜ、出来たのか、ですか」
「不思議な鉱石だろう? 鉱脈が限られているのはなぜか、温めて衝撃を与えると火を出し、木を燃やすより長く使えるから重宝するが、なぜそんな作りになっているのか」
思い出したようにレダンはシャルンを軽く抱き締め、ふんふんと髪に鼻を埋めて鳴らす。
「もし作りが分かれば、我が国でも作れないかとな、父も考えていたようだ」
「ああ…」
シャルンの中でストンと腑に落ちた部分があった。
王命であったのなら、国のあちこちでそう言う動きがあっただろう。研究者も居ただろう。そのような情報は他国にも知れただろう。貴重なミディルン鉱石を作る方法なら、どの国も欲しいだろう。ましてや、工業国、ダフラムなら尚更。
「ダフラムはそれを狙ったのですか」
「聡いな、シャルン」
レダンは咎めるのではなく、褒めた。
「ダフラムは其処彼処にそっと間者を忍び込ませて来ていたよ」
「…来て、いた?」
過去形か。
「もう少し早く手が打てていればな」
悔しげな口調に怒りが混じる。
「何かあったのですか」
「…ガストの両親も研究者だった。ある夜、賊に襲われて殺された。賊なものか、証明できないだけで、裏にダフラムが居たんじゃないかと俺は考えている」
「司法は…」
「動かなかった。母もおかしいと思ったんだろうな、すぐに罷免したが行方をくらましたようだ。国外に出たかも知れない。こちらもごたごたしてしまって追うに追えなかった」
今頃、カースウェルのミディルン鉱石生成を妨げられた功績で、ダフラムでぬくぬくといい暮らしをしているかも知れない。
ちっ、と忌々しそうに舌打ちした。
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