138 / 216
第3話 花咲姫と奔流王
3.龍と花咲(5)
しおりを挟む
「……勝敗は」
「私が勝ちました」
淡々とした返答にシャルンは息を呑む。
「腹を切らせて、気持ちが緩んだ先に腕を落とし、それが元で母は亡くなりました。私は国を出、諸国を流離うこととし、やがてハイオルトに流れ着きました」
「…」
「おられたのは、小さな姫君でした」
ルッカが目を挙げて微笑み、そっと指を伸ばしシャルンの頬に流れた涙を拭う。
「お可愛らしくてお優しくて、お母様が居なくなられた不安を必死に笑って我慢をされている小さな小さな姫さま」
「…ルッカ…」
「…自分に見えました」
私は母を殺したくなかったから逃げたのに。
大好きだったのに。
泣いていいんですよ。我儘を言っていいんですよ。世の中の、訳のわからぬ理不尽を、飲み込んだり堪えたりしなくていいんですよ。あなたには何の咎もないのだから。
言い聞かせたのは、シャルンにだったのか、自分にだったのか。
「姫様は、その頃からお変わりありませんでした。これほどの話に、きちんと『勝敗』について尋ねて下さる強くて優しい姫様でした」
ルッカの頬にも一筋涙が伝わった。
「知りたいのです、とお答えでした。私に咎がない理由を。ではなぜ、母はいなくなったのでしょう、と」
シャルンも思い出す。前の侍女がそれに答えようとしてからルッカに代わったので、尋ねてはならないと思っていたが、その一度だけルッカに尋ねた。そうしてルッカが号泣してしまったので、以降は尋ねていない。
「…私も知りたかったのですよ、なぜ母が死んでしまったのかを。だから…お答えはできませんでした」
ルッカが申し訳ありません、と謝ってエプロンを当てて泣き、シャルンはしばらく黙ってお茶を飲んだ。やがてようやくルッカの涙が落ち着き、顔を拭ってお茶を飲み、一息ついて話し出す。
「……確かに、国王様が私に望まれたことが2つございました」
1つは、王妃出奔を語ってはならないこと。
「出奔……?」
「はい、王妃様はある日突然姿を消されたそうです。調べたところ、ハイオルトの北の洞窟で、王妃様のショールが見つかったとのこと。それからずっとお戻りではなく、洞窟の中に迷い込まれて亡くなられたのではないかとお聞きしました。何者かが王妃様を攫われたのか、それとも御自分で向かわれたのか、それさえも明らかになっておりませんが」
「…それでお父様はあそこまで塞ぎ込まれたのね」
病気でなく、突然行方不明になり、出て行った理由さえ掴めない。しかも、幼い娘を残したままだ。ハイオルト王が途方に暮れてしまったのも頷ける。
「だから、私に何も話して下さらなかったの?」
幼い心に母親が自分を顧みず出て行ったと聞くのは辛いと思って。
「では…ルッカが私の侍女になったのは偶然なのね?」
「もう1つの理由でございますが」
ルッカが覚悟を決めた目でシャルンを見る。
「姫様をお守りすること」
「守る?」
「国王様は、王妃様が何者かに攫われたのだともお考えでした」
「ああ…それで」
「はい、前身が剣士ならば、また何者かが王族を狙うことがあっても姫様をお守りできるだろうと……ただし、私は前の侍女から別の話も聞きまして」
「別の話?」
「…実は、王妃様が姿を隠される前に、『かげ』についてお考えだったことがあるそうです」
「…」
まただわ。
思わず体を引きながら、シャルンは思う。なぜか逃げたくなるのを堪えて尋ねた。
「…その『かげ』とはカトリシアが話してくれたものと同じ? ミディルン鉱石に棲まう『かげ』、王族が見出し、龍を産む…………まさか、お母様はその『かげ』を探しに行かれたの?」
突然繋がった内容に驚く。
洞窟で行方不明になった王妃、洞窟から掘り出されるミディルン鉱石、王族しか見ることのできない『かげ』、もし王妃が『かげ』を探しに洞窟に入り、そこで『かげ』を見つけたとしたら。
龍は出現した、のだろうか。
「私が勝ちました」
淡々とした返答にシャルンは息を呑む。
「腹を切らせて、気持ちが緩んだ先に腕を落とし、それが元で母は亡くなりました。私は国を出、諸国を流離うこととし、やがてハイオルトに流れ着きました」
「…」
「おられたのは、小さな姫君でした」
ルッカが目を挙げて微笑み、そっと指を伸ばしシャルンの頬に流れた涙を拭う。
「お可愛らしくてお優しくて、お母様が居なくなられた不安を必死に笑って我慢をされている小さな小さな姫さま」
「…ルッカ…」
「…自分に見えました」
私は母を殺したくなかったから逃げたのに。
大好きだったのに。
泣いていいんですよ。我儘を言っていいんですよ。世の中の、訳のわからぬ理不尽を、飲み込んだり堪えたりしなくていいんですよ。あなたには何の咎もないのだから。
言い聞かせたのは、シャルンにだったのか、自分にだったのか。
「姫様は、その頃からお変わりありませんでした。これほどの話に、きちんと『勝敗』について尋ねて下さる強くて優しい姫様でした」
ルッカの頬にも一筋涙が伝わった。
「知りたいのです、とお答えでした。私に咎がない理由を。ではなぜ、母はいなくなったのでしょう、と」
シャルンも思い出す。前の侍女がそれに答えようとしてからルッカに代わったので、尋ねてはならないと思っていたが、その一度だけルッカに尋ねた。そうしてルッカが号泣してしまったので、以降は尋ねていない。
「…私も知りたかったのですよ、なぜ母が死んでしまったのかを。だから…お答えはできませんでした」
ルッカが申し訳ありません、と謝ってエプロンを当てて泣き、シャルンはしばらく黙ってお茶を飲んだ。やがてようやくルッカの涙が落ち着き、顔を拭ってお茶を飲み、一息ついて話し出す。
「……確かに、国王様が私に望まれたことが2つございました」
1つは、王妃出奔を語ってはならないこと。
「出奔……?」
「はい、王妃様はある日突然姿を消されたそうです。調べたところ、ハイオルトの北の洞窟で、王妃様のショールが見つかったとのこと。それからずっとお戻りではなく、洞窟の中に迷い込まれて亡くなられたのではないかとお聞きしました。何者かが王妃様を攫われたのか、それとも御自分で向かわれたのか、それさえも明らかになっておりませんが」
「…それでお父様はあそこまで塞ぎ込まれたのね」
病気でなく、突然行方不明になり、出て行った理由さえ掴めない。しかも、幼い娘を残したままだ。ハイオルト王が途方に暮れてしまったのも頷ける。
「だから、私に何も話して下さらなかったの?」
幼い心に母親が自分を顧みず出て行ったと聞くのは辛いと思って。
「では…ルッカが私の侍女になったのは偶然なのね?」
「もう1つの理由でございますが」
ルッカが覚悟を決めた目でシャルンを見る。
「姫様をお守りすること」
「守る?」
「国王様は、王妃様が何者かに攫われたのだともお考えでした」
「ああ…それで」
「はい、前身が剣士ならば、また何者かが王族を狙うことがあっても姫様をお守りできるだろうと……ただし、私は前の侍女から別の話も聞きまして」
「別の話?」
「…実は、王妃様が姿を隠される前に、『かげ』についてお考えだったことがあるそうです」
「…」
まただわ。
思わず体を引きながら、シャルンは思う。なぜか逃げたくなるのを堪えて尋ねた。
「…その『かげ』とはカトリシアが話してくれたものと同じ? ミディルン鉱石に棲まう『かげ』、王族が見出し、龍を産む…………まさか、お母様はその『かげ』を探しに行かれたの?」
突然繋がった内容に驚く。
洞窟で行方不明になった王妃、洞窟から掘り出されるミディルン鉱石、王族しか見ることのできない『かげ』、もし王妃が『かげ』を探しに洞窟に入り、そこで『かげ』を見つけたとしたら。
龍は出現した、のだろうか。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる