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第3話 花咲姫と奔流王

1.水龍の巫女(3)

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「…さて、どうしたものか」
 ガストは積み上がった未決済の書類を眺める。
 カースウェル=ハイオルト国は考えていたよりずっと上手く回っている。ハイオルトの王家を解体するのにさほどの抵抗もなかったのは、国民がどれほど王に愛想を尽かしていたかの証明だったし、臣下は結構な切れ者揃い、前国王の元で冷や飯を食らっていたのも相まって、嬉々として職務に励んでくれている。
 それでもレダンの肩には二国分の責任と負荷が掛かっているのは事実、仕事量も格段に増えている。書類のほとんどはレダンが判断しなければならない類で、ガストの手に負える物ではない。
 龍神祭りに出向く前に始末をつけておきたいものを選りすぐってもこの有様だ。しかも、リュハヤが妙な物言いをつけてきてから、レダンの処理能力はあからさまに落ちていた。

『私が本来の妃なのです』
 ピンドスの件を持ち込んだ時に、リュハヤは明るく言い放った。
『もちろん、我が国民を飢えさせるつもりはありません』
 鮮やかな紅の髪、淡い薄緑の瞳、花が咲いたような笑顔は確かに人好きはするが、こぼれることばは想像を超えていた。
『水管の設置には同意します。けれども、エイリカ湖の龍神に誓って、私を本来の場所に据えると約束して下さるなら』
 さすがのレダンも呆気に取られた。何の話かと確認したほどだ。
『無理? 何がですか?』
 拒んだレダンにリュハヤは首を傾げた。
『正しき妃を正しき場所に戻すだけ。あなたはシャルン妃を略奪なさったのでしょう? 正当なる王と王妃が、そのような繋がりだなどとは、国民も不安に思います』
 シャルンはどうなる。
 レダンの問いに、正直ガストは一瞬目を剥いた。
 それではまるで、シャルン妃を手放す可能性があると示唆したようなものではないか。
 けれどもレダンの表情に浮つきはなく、ただ静かに落ち着いて、リュハヤの意思を確認しているのがわかった。
『戻ればいいのです、元の場所に』
 リュハヤはにっこりとあどけないほど無邪気に笑った。
『元々が分不相応な地位にいるのです。シャルン妃も気づいているはずです、自分では力不足だと』
 シャルンの力量は諸国も認めるところだ。
『いいえ。暁の后妃ですか? その名称も、本来は私が戴くべきもの。なぜなら、レダン、あなたの妃に与えられるものですもの』
 シャルン自身が認められたからだ。諸国に聞いてみるがいい。
『いいえ。ハイオルトはミディルン鉱石を産する国です。諸国はそんな国と関係を結ばないわけには参りません。愚かな姫でも持ち上げるしかないのでしょう、可哀想に』
 レダンが口を噤んだ理由はガストにもわかった。
 リュハヤは、シャルン妃が自分より劣っていると信じて止まない。シャルン妃に与えられた評価は全て他の理由による過大な物で、彼女には何の能力もないと確信している。
 尋ねていいか。
 レダンの低い声には殺気があった。
 あなたは何ゆえ、シャルンを貶めるのか。
『貶めてなどおりません、陛下』
 驚いた顔でリュハヤは首を振った。
『同情しているのですよ、支え切れない運命を課せられた哀れな人に。楽にして差し上げたいと願っているのです、我が国民として』
 眉を寄せ、瞳を潤ませる。
『私がもう少し思慮深くあれば、こんなことに巻き込むこともなかったでしょうに。けれどもう大丈夫です、私があなたの側に戻ります。レダン、あなたも一時の夢から醒めて、国を背負う覚悟をして頂きたいと思います』

「…あれはどういう論理なのか」
 ガストも深く溜め息を重ねる。
 どちらにせよ、司祭はピンドスの設置を渋り出した。リュハヤの同意がなければ、先の話をしないと言う。進めるためには、リュハヤの要求した龍神祭りと、シャルン妃の同行が必須だった。
 シャルン妃に詳細は話せない。話せば、彼女はリュハヤの気持ちを優先させろと言いかねない。カースウェル=ハイオルトのためになるのならと、笑ってハイオルトの父の元に引っ込んでしまいそうだ。
 そんなことになったら。
「…」
 ガストは自分が震えたのに気づいて苦笑いした。
「荒れるぞ…」
 荒れたレダンが何をするか、考えると冷や汗が出る。何せ、シャルンを得るためにハイオルトを制圧すると言い出した男だ。リュハヤ1人屠るならまだしも、龍神教を根絶やしにしろとか、祈りの館を含む周囲を更地にしろとか、いやいやもっと恐ろしい展開がある。
『俺は王の器ではなかったから、母上に国を返そう。世継ぎは適当にでっち上げてくれ』
 満面の笑顔で命じるレダンをまざまざと描いて、ガストは頭を抱えた。
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