『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

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第3話 花咲姫と奔流王

1.水龍の巫女(2)

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「…よくまああれだけ集めましたね」
 廊下から戻って来たガストが、感心したように呟く。
「離宮の広間と、こちらの広間一杯にドレスを揃えたんですか」
「一週間ぐらい時間は潰せるだろう」
 レダンは書類を確認しながら応じる。
「飾り物も用意させた。全部新しいものだ。見覚えのあるものはできる限り減らしたから、見て回るのに時間がかかるはずだ」
「奥方様のドレス、1回でも着たものは覚えてるとか怖いことを言わないで欲しいんですが」
「美しいものを目に焼き付けていて何が悪い。もっとシャルンの良さを引き出せるものがあるはずだ」
「ベタ惚れかよ」
 ガストが突っ込んだが、レダンは笑う気になれなかった。
 ハイオルトではルサラ、カースウェルではビンドスと呼ばれる植物は、以前シャルンが話してくれた通り、立派に水管としての性能を証明した。試験的に水を導くためだけに農地に設置してみたら、柔らかく脆そうな外見とは違って、中を通る水をほとんど漏らすことなく運んでくれるばかりか、数カ所穴を開けておけば、少しずつ水が染み出して周囲の土を潤してくれる。おまけにそこから裂けたり割れたりもしない。
『陛下、これに肥料を混ぜては如何でしょうか』
 その様子をじっと眺めていたシャルンの提案で、農地に肥料を混ぜた水を水管で送るようにしたら、収穫量が一気に増えた場所もあった。今ではルシュカの谷を無闇に開墾しなくても問題はないが、ビンドスの栽培・加工を産業の1つにしたように、水を長距離、安全に運べる手段の確立は好ましい。貯水池や貯水場をビンドスで繋ぎ、遠くまで水汲みに行かなくても良いような町や村の仕組みを作って行けるかも知れない。
 エイリカ湖からの水管による灌漑は、国民の誰にとっても役立つもののように思えたが、エイリカ湖の側に祈りの館を建てている龍神教の司祭は難しい顔になった。せっかくの聖地を荒らされては困る、と言うのだ。
「あまり芳しくありませんか」
「龍神祭りと引き換えに、で渋々だな」
 しかも、その祭りにレダンとシャルン、特にシャルンの来訪を望んでいるのが引っ掛かる。
「リュハヤ様…ですね」
「クソガキに『様』はいらねえぞ」
 いきなり口調を崩したレダンに、ガストが冷ややかな目になる。
「クソガキはないでしょう。御歳16、龍神教の聖なる巫女として育てられ、元々は王妃となるべく礼儀作法教養を身につけた方です。まあもっとも、アグレンシア様が即位されたことで話は立ち消えになりましたけどね」
「あのままだったらどうなったことだかな」
 レダンは深く溜め息をつく。
「カースウェルは龍神教を国教とし、エイリカ湖に神殿を建てて司祭は権力を欲しいままにしたか? 母上が即位した時もあれやこれやと難癖をつけてきた1人だったのを忘れているとでも?」
「リュハヤ様が婚約者を名乗られた時は驚きましたね」
 ちっ、とレダンは舌打ちした。
「糞食らえ」
「何か仕掛けてきそうですか」
「何が仕掛けられる? 俺はシャルンと結婚し、内外にも触れて回った。今更どうにもできまい」
「なのに、リュハヤ様は奥方様の来訪を求められた」
「俺が行けば十分だ、なのに『リュハヤ』はシャルンを連れて来なければ、司祭を交渉の席に着かせないと」
 レダンは苛々とようやく伸び始めた髪を掻き毟る。せっかく整えた櫛目をぐしゃぐしゃにしながら、
「俺はたぶん、交渉に張り付く羽目になる」
「心得ています。奥方様をお守りすればよろしいですね?」
「頼む……あああ、くそ、王なんてなるもんじゃねえな!」
「……一度、奥に戻られては如何です?」
 ガストは溜め息混じりに提案した。
「そんな状態では仕事にならないでしょう」
「……そうする」
 レダンはちらっとガストを見やった。
「何です?」
「やらねえぞ」
「はい?」
「お前でも、シャルンはやらねえぞ」
「…めちゃくちゃ疲れてますよ、あんた」
 薄く笑うガストにレダンは唇を尖らせて背中を向けた。
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