127 / 216
第3話 花咲姫と奔流王
1.水龍の巫女(1)
しおりを挟む
「…どうしましょう」
「…どうしますかねえ」
離宮の広間の入り口に立ち尽くし、カースウェル=ハイオルト国の王妃シャルンと、侍女のルッカは溜息をかわす。目の前に広がる色とりどりの衣装に、既視感を覚えないでもない。
「何をお考えなんでしょうかねえ、レダン王は」
「っ、きっと陛下は、私が龍神祭りの場で見劣りがしないようにとお気遣い下さって」
「でもこれはやりすぎですよ、見るだけで数日かかりますし、他にもまだ王宮の広間にもドレスや飾り物をご用意されたとか? それまで見て選べとは無理難題にもほどがあります」
「そ、それは…」
「出立まで幾日あるとお思いなんですかねえ」
「で、でも…」
「確かにカースウェルの荒地がルサラの水管で潤い、肥沃な土地になる、これは宜しい。それを記念してエイリカ湖の龍神祭りを数年ぶりに執り行いたい、これも宜しい。ついては恵みをもたらした王と王妃を儀式にお迎えしたい、特にシャルン王妃には是非にもご出席賜りたい。ここですよここ」
ルッカは不愉快そうに眉を寄せる。
「エイリカ湖の側で祈りを捧げる神官が、どれほど偉いのかは存じ上げませんが、王と王妃だって暇じゃないんですよ。呼びつけるとはどういう神経ですかねえ」
「あ、あの…」
シャルンは引きつりながらもそっと微笑む。
「それはそれで…楽しみな気もしているのだけど」
カースウェルがハイオルトを領土に飲み込んでから2ヶ月、レダンは忙しい日々を送っていた。時間をかけて法を擦り合わせ、地方の自治は壊さぬように、けれどもカースウェルの基本とする、レダンの所に様々な情報が自由に流れ込む組織、レダンの意思が隅々まで伝わる国の形にまとめ上げようとしている。
『こっちに来てくれないか、シャルン』
さすがに疲れてしまうのだろう、時に早く執務を終えてシャルンの部屋に訪れたレダンが、深い溜息をつきながら彼女を抱きかかえて横になり、そのままうとうとしてしまうことも多かった。
『お疲れですね』
『うん、なかなか難しい』
ぱちりと目を開ければ、藍色の瞳はしっかりと光を宿しており、まだまだ余力を残していると知らせはするけど心配で。
『あまりご無理をされませんように』
『手抜きはしないぞ、あなたの居場所を整えているのだからな』
そう思えば楽しいものさ。
『だから、あなたは存分に私を癒してくれねば、な?』
くすりと笑って唇を求める、そのしたたかさもただただ愛しいだけで。
『はい…陛下』
「…陛下は少し、お疲れかもしれないから」
「疲れるもんですか、あの『奔流王』が」
ふんっ、とルッカは鼻を鳴らした。
「今度の一件だって、水管を設置するのを渋るエイリカの神官に、龍神祭りの開催を持ちかけて頷かせたと聞きますしね」
なのに、その儀式にわざわざ呼びつけるとは。
「これは何か裏があるはずでございますよ」
「そう、かしら」
「そうでございますとも」
不肖このルッカ、何があろうとも姫様の一の剣となってお護り申し上げますよ。
「あ…あの…」
きらりと目を光らせた侍女は見かけ通りの中年女性ではない。戦闘国家と呼ばれるアルシア出身の、実のところ一癖も二癖もある剣士だったことがあるらしい。
「今はそれよりも、この中からドレスを数枚、選ぶのに力を貸して欲しいのよ、ルッカ」
「……」
促されてルッカはもう一度広間を埋め尽くすドレスに胡乱な目をやった。
「どんなドレスを陛下はお望みかしら。どのような儀式に、どのような役割で出席するのかしら。湖のほとりなのか、違う場所なのか、それとも水上、船の上という事もあるのかしら」
シャルンは吐息する。
レダンは慌ただしく一週間後には出立する、それまでにあちらで数日暮らすための荷物を整えておいて欲しいと言い置いて、執務に戻った。今回は無二の友人であり、長年執務官を務めてくれているガストも同行する予定で、一週間近くの不在を想定して片付けておくことが山ほどあると言う。
もちろん、シャルンは1人でも出向くと提案してみた。今まで5度もの輿入れをルッカと2人でしのいで来た。それから比べれば、今回は同じカースウェルの国内、しかもシャルンを歓迎してくれるとあれば、心配もいらないだろう。
だが、レダンは一瞬眉を寄せ、厳しい瞳になって空を見上げ、やがてにっこり笑って首を振った。あなたはそれほど私を飢えさせたいのか、再会した時に骨の髄まで貪られたいのかと微笑まれて、シャルンは一気に熱くなった顔で提案を取り下げるより他なかった。
「姫様…いえ、奥方様」
ルッカは真面目な表情でがっしりとシャルンの手を握った。
「私、あちらの広間のドレスを見て参ります。良さそうなものを数着……いえ、10着ほど見立てて参りましょう。ついでに、エイリカ湖の龍神祭りについても、少し聞き込んで参ります。奥方様は、この」
ルッカはひらひらと広間の彼方に手を振った。
「広間のドレスを10着までお選びください。飾り物もです。後で2人で絞り込みんで、持っていくドレスを決めましょう」
「そう…ね、その方がいいわね」
ようやくこの先の目星がついてシャルンはほっとし、駆け去るルッカを見送り、覚悟を決めて広間の中に入って行った。
「…どうしますかねえ」
離宮の広間の入り口に立ち尽くし、カースウェル=ハイオルト国の王妃シャルンと、侍女のルッカは溜息をかわす。目の前に広がる色とりどりの衣装に、既視感を覚えないでもない。
「何をお考えなんでしょうかねえ、レダン王は」
「っ、きっと陛下は、私が龍神祭りの場で見劣りがしないようにとお気遣い下さって」
「でもこれはやりすぎですよ、見るだけで数日かかりますし、他にもまだ王宮の広間にもドレスや飾り物をご用意されたとか? それまで見て選べとは無理難題にもほどがあります」
「そ、それは…」
「出立まで幾日あるとお思いなんですかねえ」
「で、でも…」
「確かにカースウェルの荒地がルサラの水管で潤い、肥沃な土地になる、これは宜しい。それを記念してエイリカ湖の龍神祭りを数年ぶりに執り行いたい、これも宜しい。ついては恵みをもたらした王と王妃を儀式にお迎えしたい、特にシャルン王妃には是非にもご出席賜りたい。ここですよここ」
ルッカは不愉快そうに眉を寄せる。
「エイリカ湖の側で祈りを捧げる神官が、どれほど偉いのかは存じ上げませんが、王と王妃だって暇じゃないんですよ。呼びつけるとはどういう神経ですかねえ」
「あ、あの…」
シャルンは引きつりながらもそっと微笑む。
「それはそれで…楽しみな気もしているのだけど」
カースウェルがハイオルトを領土に飲み込んでから2ヶ月、レダンは忙しい日々を送っていた。時間をかけて法を擦り合わせ、地方の自治は壊さぬように、けれどもカースウェルの基本とする、レダンの所に様々な情報が自由に流れ込む組織、レダンの意思が隅々まで伝わる国の形にまとめ上げようとしている。
『こっちに来てくれないか、シャルン』
さすがに疲れてしまうのだろう、時に早く執務を終えてシャルンの部屋に訪れたレダンが、深い溜息をつきながら彼女を抱きかかえて横になり、そのままうとうとしてしまうことも多かった。
『お疲れですね』
『うん、なかなか難しい』
ぱちりと目を開ければ、藍色の瞳はしっかりと光を宿しており、まだまだ余力を残していると知らせはするけど心配で。
『あまりご無理をされませんように』
『手抜きはしないぞ、あなたの居場所を整えているのだからな』
そう思えば楽しいものさ。
『だから、あなたは存分に私を癒してくれねば、な?』
くすりと笑って唇を求める、そのしたたかさもただただ愛しいだけで。
『はい…陛下』
「…陛下は少し、お疲れかもしれないから」
「疲れるもんですか、あの『奔流王』が」
ふんっ、とルッカは鼻を鳴らした。
「今度の一件だって、水管を設置するのを渋るエイリカの神官に、龍神祭りの開催を持ちかけて頷かせたと聞きますしね」
なのに、その儀式にわざわざ呼びつけるとは。
「これは何か裏があるはずでございますよ」
「そう、かしら」
「そうでございますとも」
不肖このルッカ、何があろうとも姫様の一の剣となってお護り申し上げますよ。
「あ…あの…」
きらりと目を光らせた侍女は見かけ通りの中年女性ではない。戦闘国家と呼ばれるアルシア出身の、実のところ一癖も二癖もある剣士だったことがあるらしい。
「今はそれよりも、この中からドレスを数枚、選ぶのに力を貸して欲しいのよ、ルッカ」
「……」
促されてルッカはもう一度広間を埋め尽くすドレスに胡乱な目をやった。
「どんなドレスを陛下はお望みかしら。どのような儀式に、どのような役割で出席するのかしら。湖のほとりなのか、違う場所なのか、それとも水上、船の上という事もあるのかしら」
シャルンは吐息する。
レダンは慌ただしく一週間後には出立する、それまでにあちらで数日暮らすための荷物を整えておいて欲しいと言い置いて、執務に戻った。今回は無二の友人であり、長年執務官を務めてくれているガストも同行する予定で、一週間近くの不在を想定して片付けておくことが山ほどあると言う。
もちろん、シャルンは1人でも出向くと提案してみた。今まで5度もの輿入れをルッカと2人でしのいで来た。それから比べれば、今回は同じカースウェルの国内、しかもシャルンを歓迎してくれるとあれば、心配もいらないだろう。
だが、レダンは一瞬眉を寄せ、厳しい瞳になって空を見上げ、やがてにっこり笑って首を振った。あなたはそれほど私を飢えさせたいのか、再会した時に骨の髄まで貪られたいのかと微笑まれて、シャルンは一気に熱くなった顔で提案を取り下げるより他なかった。
「姫様…いえ、奥方様」
ルッカは真面目な表情でがっしりとシャルンの手を握った。
「私、あちらの広間のドレスを見て参ります。良さそうなものを数着……いえ、10着ほど見立てて参りましょう。ついでに、エイリカ湖の龍神祭りについても、少し聞き込んで参ります。奥方様は、この」
ルッカはひらひらと広間の彼方に手を振った。
「広間のドレスを10着までお選びください。飾り物もです。後で2人で絞り込みんで、持っていくドレスを決めましょう」
「そう…ね、その方がいいわね」
ようやくこの先の目星がついてシャルンはほっとし、駆け去るルッカを見送り、覚悟を決めて広間の中に入って行った。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】妃が毒を盛っている。
井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。
王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。
側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。
いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。
貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった――
見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。
「エルメンヒルデか……。」
「はい。お側に寄っても?」
「ああ、おいで。」
彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。
この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……?
※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!!
※妖精王チートですので細かいことは気にしない。
※隣国の王子はテンプレですよね。
※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り
※最後のほうにざまぁがあるようなないような
※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい)
※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中
※完結保証……保障と保証がわからない!
2022.11.26 18:30 完結しました。
お付き合いいただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる