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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
31.王の器(2)
しおりを挟む きららかな光が馬に跨ったレダンの兜に降り注いでいる。
「準備が整いました」
ガストがやってきて楽しげに報告した。
「先行軍はすでにバラディオスの手引きによって街道を開き、ティルト伯が出迎えたそうです。城への街道はマイン伯が確保、不穏な動きにはユルク伯が待機しています」
「統率は取れているな」
「放置されていたにしては」
馬首を並べ、ガストが頷く。
「解せないか?」
「…本当にハイオルト王は無能なのでしょうか」
カースウェルからハイオルトに入る道筋には、ハイオルトとカースウェルの兵士が等分の距離を取りつつ並んでいる。遠巻きに眺めている国民の顔には怯えた様子はない。3伯から繰り返し、今回の進軍について聞かされているからだ。
シャルンがカースウェルを離れて2ヶ月、必死に国のあれこれを立て直しにかかるシャルンと並行して、密かにレダンはバラディオスを通じてハイオルトに配下を入り込ませていった。
目的はハイオルト国の安定と無血開城、シャルンの奪回だ。
そしてついに本日、全ての用意が整った。
「こうして見る限り、王が籠もっていたにしては、荒れ果てていませんね」
ゆっくりと軍を率いて進みながら、ガストが周囲を見渡す。
「各伯が有能だったからでしょうか」
「…能力はあったんだろうさ」
レダンは皮肉な口調で嗤う。
「国を仕切るのに、全く無能じゃ不可能だ」
「ではなぜ、シャルン妃を見舞金目当ての輿入れなんかに出してたんでしょう」
ガストは眉を寄せる。
「奥方様は、父王がそれしか考えつかなかったのだと単純にお考えですが、そういうことでもなさそうですね」
「…嫉妬だろう」
「…は?」
訝しげなガストにレダンは苦笑する。
「俺はなんとなくわかるぞ」
「嫉妬? 誰が、誰に対してですか? ………まさか、ハイオルト王が娘に対して…?」
「他に誰がいる」
レダンは、早く兜を脱ぎたいな、とぼそりと呟き、返答を待つガストに溜め息をついた。
「シャルンはな、ああ見えて『王の器』の持ち主なんだ」
「ええ、それが?」
「お前までそう言うか」
「国民の振る舞いを見れば明らかでしょう」
他国の王による無血開城なんて、御伽噺のような展開があるわけがない。
「ハイオルトの民は、ハイオルト王よりシャルン妃を敬愛している。彼女を盾にすれば全面降伏さえしかねない」
だからこそ、こんな無茶な策が押し通せる。
「だから、それだよ」
「それ…」
「ハイオルト王は、実の娘が自分より遥かに優れた『王』だと気づいていた。だから、彼女を国から放り出すしかなかったんだ」
「……ああ…そう言うこと、ですか」
ガストが深く溜め息をつく。
「つまりあれは『嫌がらせ』だったわけですね?」
放り出して、しかも出戻って来いと命じることで、シャルンに、自分が誰が求めることも望むこともない、取るに足りない人間なのだと思い込ませられる。加えて、シャルンが自分に反旗を翻し、王位を奪うこともなくなる。
「まあ、ハイオルト王が意識していたのかどうかは知らないが」
レダンは鬱陶しそうに唸った。
「シャルンは気づいていないし、今後も気づかせるつもりはないからな」
それに。
レダンは微笑する。
「ハイオルト王のアホさがシャルンの賢明さを育て花開かせた。俺の元へ辿り着かせてくれた。そういう意味なら、処刑しないで国を奪うだけにしてやってもいい」
「了解しました…しかし」
「なんだ?」
「わかる……と言うことは、あんたもそう思ってるってことですか?」
ガストがきらりと目を光らせて尋ねてくる。
ほら、そう言うところが面倒なんだがな、とこれはあえて口にしないで、レダンは苦笑した。
「俺は大丈夫だ」
「どうして言い切れるんです?」
「俺はシャルンに勝とうなんて思っちゃいない」
胸に広がった甘い香りに目を細める。
「勝つどころか、未来永劫負けっ放しに決まってる」
「ほほう」
ガストが満足そうに続けた。
「つまりあなたは、シャルン妃に踏みにじられ続けたいと」
「おい」
「下僕というやつですね、了解しました」
「おい」
「いやー、ここに来て主人の趣味が明らかになるとは。人生は不思議なものですね」
「…シャルン限定だからな、そこのところは弁えろよ」
「今更隠しても手遅れですよ。では御主人様をお迎えに参りましょう!」
「……減棒してやる」
恨みがましいレダンの声に、ガストは一層楽しげに笑った。
「準備が整いました」
ガストがやってきて楽しげに報告した。
「先行軍はすでにバラディオスの手引きによって街道を開き、ティルト伯が出迎えたそうです。城への街道はマイン伯が確保、不穏な動きにはユルク伯が待機しています」
「統率は取れているな」
「放置されていたにしては」
馬首を並べ、ガストが頷く。
「解せないか?」
「…本当にハイオルト王は無能なのでしょうか」
カースウェルからハイオルトに入る道筋には、ハイオルトとカースウェルの兵士が等分の距離を取りつつ並んでいる。遠巻きに眺めている国民の顔には怯えた様子はない。3伯から繰り返し、今回の進軍について聞かされているからだ。
シャルンがカースウェルを離れて2ヶ月、必死に国のあれこれを立て直しにかかるシャルンと並行して、密かにレダンはバラディオスを通じてハイオルトに配下を入り込ませていった。
目的はハイオルト国の安定と無血開城、シャルンの奪回だ。
そしてついに本日、全ての用意が整った。
「こうして見る限り、王が籠もっていたにしては、荒れ果てていませんね」
ゆっくりと軍を率いて進みながら、ガストが周囲を見渡す。
「各伯が有能だったからでしょうか」
「…能力はあったんだろうさ」
レダンは皮肉な口調で嗤う。
「国を仕切るのに、全く無能じゃ不可能だ」
「ではなぜ、シャルン妃を見舞金目当ての輿入れなんかに出してたんでしょう」
ガストは眉を寄せる。
「奥方様は、父王がそれしか考えつかなかったのだと単純にお考えですが、そういうことでもなさそうですね」
「…嫉妬だろう」
「…は?」
訝しげなガストにレダンは苦笑する。
「俺はなんとなくわかるぞ」
「嫉妬? 誰が、誰に対してですか? ………まさか、ハイオルト王が娘に対して…?」
「他に誰がいる」
レダンは、早く兜を脱ぎたいな、とぼそりと呟き、返答を待つガストに溜め息をついた。
「シャルンはな、ああ見えて『王の器』の持ち主なんだ」
「ええ、それが?」
「お前までそう言うか」
「国民の振る舞いを見れば明らかでしょう」
他国の王による無血開城なんて、御伽噺のような展開があるわけがない。
「ハイオルトの民は、ハイオルト王よりシャルン妃を敬愛している。彼女を盾にすれば全面降伏さえしかねない」
だからこそ、こんな無茶な策が押し通せる。
「だから、それだよ」
「それ…」
「ハイオルト王は、実の娘が自分より遥かに優れた『王』だと気づいていた。だから、彼女を国から放り出すしかなかったんだ」
「……ああ…そう言うこと、ですか」
ガストが深く溜め息をつく。
「つまりあれは『嫌がらせ』だったわけですね?」
放り出して、しかも出戻って来いと命じることで、シャルンに、自分が誰が求めることも望むこともない、取るに足りない人間なのだと思い込ませられる。加えて、シャルンが自分に反旗を翻し、王位を奪うこともなくなる。
「まあ、ハイオルト王が意識していたのかどうかは知らないが」
レダンは鬱陶しそうに唸った。
「シャルンは気づいていないし、今後も気づかせるつもりはないからな」
それに。
レダンは微笑する。
「ハイオルト王のアホさがシャルンの賢明さを育て花開かせた。俺の元へ辿り着かせてくれた。そういう意味なら、処刑しないで国を奪うだけにしてやってもいい」
「了解しました…しかし」
「なんだ?」
「わかる……と言うことは、あんたもそう思ってるってことですか?」
ガストがきらりと目を光らせて尋ねてくる。
ほら、そう言うところが面倒なんだがな、とこれはあえて口にしないで、レダンは苦笑した。
「俺は大丈夫だ」
「どうして言い切れるんです?」
「俺はシャルンに勝とうなんて思っちゃいない」
胸に広がった甘い香りに目を細める。
「勝つどころか、未来永劫負けっ放しに決まってる」
「ほほう」
ガストが満足そうに続けた。
「つまりあなたは、シャルン妃に踏みにじられ続けたいと」
「おい」
「下僕というやつですね、了解しました」
「おい」
「いやー、ここに来て主人の趣味が明らかになるとは。人生は不思議なものですね」
「…シャルン限定だからな、そこのところは弁えろよ」
「今更隠しても手遅れですよ。では御主人様をお迎えに参りましょう!」
「……減棒してやる」
恨みがましいレダンの声に、ガストは一層楽しげに笑った。
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