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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
27.潜入(2)
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フードを外され、シャルンはそろそろと顔を上げた。冷たい風が頭に直に当たって寒いし、薄い服が凍えるし、きっと顔色も悪いだろう。そこへもって、右頬を引きつらせる感触になんとか笑おうとして失敗する。
「笑うな、気持ち悪いっ」
「なんだこれは、酷いな全く」
「…大火事でな、家族共々焼けただれて、この子だけが生き残った」
右頬にはガストが丁寧に火傷の痕を作り込んでくれている。少々濡れたぐらいでは剥がれ落ちない優れものだ。
兵士がさっさとしまえ、と手を振った。
「だから見て楽しいものではないと言ったろ」
「ああ胸糞悪い、さっさと行け!」
「この先々の門で同じように扱われてはこの子が可哀想だ。問題がないと通行札に一文加えてくれ」
レダンが淡々と交渉する。
「勝手にそんなことができるか」
「じゃあ少なくとも問題がないと言う印をつけてやってくれ」
「おい」「まあ…」「ちっ」
居並ぶ兵士達は、晒し者にしたと言う引け目もあったのだろう、フードの一部に焼印を入れた。
「タダじゃないぞ」
「わかっている」
ちゃっかり金銭を要求するのにレダンが財布を取り出して支払う。物欲しげに眺めている相手に、ふと思いついたように尋ねた。
「あなたは何と言う名前の方か」
「聞いてどうする」
「ハイオルトに少し知り合いが居る、世話になったと伝えておこう」
「マグサムだ」
「わかった、マグサム氏だな、ありがとう」
ああ時間を損した、と舌打ちしながら見送る兵士達の視線を浴びつつ、離れていきながらレダンは唸る。
「マグサムな、覚えたぞ」
「駄目ですからね」
間髪入れずにガストが遮った。
「まだ何も言ってない」
「ええ確かに聞いてませんね、隙みて夜討ちしてやるとか足腰立たないようにしてやるとか出会ったことを後悔させてやるとか」
一気に言い放って繰り返す。
「駄目ですよ。今回は騒ぎは起こさないでください」
「ちっ」
舌打ちしたレダンの袖をシャルンはつんつんと引いた。見上げると済まなそうにレダンが見下ろしてくれる。
「申し訳ない、シャルン」
あんな輩に好き放題言わせて。
「いいえ、へ……レダン」
私は大丈夫です、と微笑みかけた矢先、
「はいはい待って下さい。あなたはラグン、私がグスト、そして?」
「あ、は、はい、私はラグン様の従者、サールです」
ガストに確認されて慌てて答える。
「いいですか、ラグン。これからああ言う輩が山ほどいる場所をうろつくんですからね、一々肉食獣みたいに牙を剥かないで下さい。サールの化粧は完璧だし、早々見抜かれはしないでしょうが、念のため」
「…わかった」
むっつり唇を尖らせるレダンは、髪が短いせいか小さな子どものようで、シャルンは微笑む。
昔、それこそ即位前は髪が短かったと言うから、その時の気分に戻ってしまっているのかもしれない。髪を伸ばし、国を背負い、父母を失った少年は、王としての重圧をこれほど軽やかに跳ね除けられる青年となった。
「きっと…お喜びになるでしょうね」
「ん?」
「亡くなったアグレンシア様」
「は?」
レダンがきょとんとして首を傾げる。
「お母様ですよね?」
「そうだが」
「すでに亡くなられたと」
「生きてるよ」
「…え…?」
「まあ確かにカースウェルを離れて世捨て人みたいな状態だし、アグレンシア王妃としては死んだも同然だが」
「で、でも、が…いえ、グストが亡くなられたと」
「おい?」
目を細めてレダンがガストを振り向いた。
「どう言うことだ?」
「ああ、そう言えば」
しらっとした顔でガストがぽんと手を打った。
「始めの時に『言い間違えた』まま、訂正していませんでしたねえ」
「てめえ」
「あ、あのっ、あのっ」
違うんですガストはちゃんと説明してくれてたのに私がきっと聞き間違えて。
「…っっ?!」
弁解しかけた唇をいきなり奪われてシャルンは固まる。
「他の男を庇う口なんか閉じてなさい」
唇に触れながら囁かれてドキドキする。
「はいはいそこまでーそこまでですよー」
平板なガストの声が響いた。
「せっかく顔まで汚した化粧が取れますからねーわかってますかー人が来る前にさっさと終わらせて下さいねー頼みますよー」
「ん、ん、ん」
「聞いてねえなあんたらいい加減にしろ」
「って」
さすがにガストはレダンの頭に一撃見舞った。
「笑うな、気持ち悪いっ」
「なんだこれは、酷いな全く」
「…大火事でな、家族共々焼けただれて、この子だけが生き残った」
右頬にはガストが丁寧に火傷の痕を作り込んでくれている。少々濡れたぐらいでは剥がれ落ちない優れものだ。
兵士がさっさとしまえ、と手を振った。
「だから見て楽しいものではないと言ったろ」
「ああ胸糞悪い、さっさと行け!」
「この先々の門で同じように扱われてはこの子が可哀想だ。問題がないと通行札に一文加えてくれ」
レダンが淡々と交渉する。
「勝手にそんなことができるか」
「じゃあ少なくとも問題がないと言う印をつけてやってくれ」
「おい」「まあ…」「ちっ」
居並ぶ兵士達は、晒し者にしたと言う引け目もあったのだろう、フードの一部に焼印を入れた。
「タダじゃないぞ」
「わかっている」
ちゃっかり金銭を要求するのにレダンが財布を取り出して支払う。物欲しげに眺めている相手に、ふと思いついたように尋ねた。
「あなたは何と言う名前の方か」
「聞いてどうする」
「ハイオルトに少し知り合いが居る、世話になったと伝えておこう」
「マグサムだ」
「わかった、マグサム氏だな、ありがとう」
ああ時間を損した、と舌打ちしながら見送る兵士達の視線を浴びつつ、離れていきながらレダンは唸る。
「マグサムな、覚えたぞ」
「駄目ですからね」
間髪入れずにガストが遮った。
「まだ何も言ってない」
「ええ確かに聞いてませんね、隙みて夜討ちしてやるとか足腰立たないようにしてやるとか出会ったことを後悔させてやるとか」
一気に言い放って繰り返す。
「駄目ですよ。今回は騒ぎは起こさないでください」
「ちっ」
舌打ちしたレダンの袖をシャルンはつんつんと引いた。見上げると済まなそうにレダンが見下ろしてくれる。
「申し訳ない、シャルン」
あんな輩に好き放題言わせて。
「いいえ、へ……レダン」
私は大丈夫です、と微笑みかけた矢先、
「はいはい待って下さい。あなたはラグン、私がグスト、そして?」
「あ、は、はい、私はラグン様の従者、サールです」
ガストに確認されて慌てて答える。
「いいですか、ラグン。これからああ言う輩が山ほどいる場所をうろつくんですからね、一々肉食獣みたいに牙を剥かないで下さい。サールの化粧は完璧だし、早々見抜かれはしないでしょうが、念のため」
「…わかった」
むっつり唇を尖らせるレダンは、髪が短いせいか小さな子どものようで、シャルンは微笑む。
昔、それこそ即位前は髪が短かったと言うから、その時の気分に戻ってしまっているのかもしれない。髪を伸ばし、国を背負い、父母を失った少年は、王としての重圧をこれほど軽やかに跳ね除けられる青年となった。
「きっと…お喜びになるでしょうね」
「ん?」
「亡くなったアグレンシア様」
「は?」
レダンがきょとんとして首を傾げる。
「お母様ですよね?」
「そうだが」
「すでに亡くなられたと」
「生きてるよ」
「…え…?」
「まあ確かにカースウェルを離れて世捨て人みたいな状態だし、アグレンシア王妃としては死んだも同然だが」
「で、でも、が…いえ、グストが亡くなられたと」
「おい?」
目を細めてレダンがガストを振り向いた。
「どう言うことだ?」
「ああ、そう言えば」
しらっとした顔でガストがぽんと手を打った。
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「てめえ」
「あ、あのっ、あのっ」
違うんですガストはちゃんと説明してくれてたのに私がきっと聞き間違えて。
「…っっ?!」
弁解しかけた唇をいきなり奪われてシャルンは固まる。
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唇に触れながら囁かれてドキドキする。
「はいはいそこまでーそこまでですよー」
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