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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
24.剣と剣、そして剣(3)
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「今日は出なくていい」
「何をおかしなことを、姉上」
レダンが派手にアルシアの遣い手を叩きのめすばかりか、手軽くあしらうのが繰り返されて、闘技場の雰囲気はやや強張ったものになりつつあった。そろそろこちらも本気を繰り出そうと、サリストアが準備を始めた矢先、ミラルシアが引き止める。
「今日のレダンは鬼神のようじゃ」
「いつもそうだよ」
サリストアは手に布を巻き締め、剣を選ぶ。いざとなれば拳もモノを言うことになるとは、昨夜の一戦で感じている。
「守ると決めたあいつは、手を焼くほど強いんだ」
「そなたが出るまでもない」
「私が出なくて、どう始末をつけ……姉上!」
場内を見て、サリストアは思わず声を上げる。
「いったいこれはどう言うことなんだよ」
「見ての通り、3人相手に楽しんで頂こうという趣向じゃ」
「やめさせて!」
「もう遅い」
「レダンはすでに10人は相手をしている」
「まだまだ元気が有り余っておるように見える」
「そうじゃない、そうじゃなくて」
私が心配してるのはだなあ。
サリストアが言いかけた矢先、小さな悲鳴が一瞬に重なって響いた。
「何…っ」
「…だから言ったのに…」
サリストアはうんざりした顔で額に手を当てる。
「…レダンを本気にさせちゃって…この後相手をする者の身になって欲しいよ」
「しかし…」
ミラルシアはまだ信じられないように場内に倒れている3人の兵士を見下ろす。
「今の3人はまずまずの手練れじゃぞ」
「だからだって」
その中央に、どこかぼんやりと手持ち無沙汰に見える姿でレダンが立っている。サリストアの声が聞こえたのだろう、静かに振り仰いできた顔は薄く笑っていて、どうにもまずい感じがあった。
「レダンは相手がすごく強いと、ちょっと箍が外れる時があるんだって」
めんどくせえ。
サリストアは選びかけた剣を、別のものに変える。
「夕べはガストと私で何とか相手ができたんだけど、今はもう知らないからね」
「知らない、とは」
不審そうに尋ねる姉に、サリストアは深く溜め息をついて応じた。
「待機させている医師に大量出血があった場合の手当の準備をさせておいて」
言い捨てて歩き出す。
「死人が出るかも」
「ちっ」
「あら」
ガストとルッカが同時に妙な声を出して、シャルンは2人を振り向いた。
「…馬鹿がフタを開けたようですね」
「ガスト?」
「サリストア姫が出てくるでしょうから、私も準備します。まさか公衆の面前で姫君の腕を飛ばすわけにもいかないでしょう」
「腕を? …っ」
シャルンは慌ててレダンを見下ろす。
さっき倒れた3人はよろよろと退いていくようだが、さすがに汗をかいたのだろう、レダンは剣を持ったまま顎を拭い、何かを待つように周囲を見回している。
だが、その姿がまるで陽炎を纏っているようにゆらゆらと揺らめいて見えた。今の3人相手でもうろたえた様子はなかったが、黒髪を括っていたリボンは切れて、長髪が風に靡いている。
「つ、次は」
審判の声が上ずっていた。
「アルシア王国、サリストア殿下!」
う、わあああ。
レダンの剣技に息を呑まれていた観衆が、解き放たれたように歓声を上げた。
闘技場の入り口からサリストアが入ってくる。レダンと同じような短衣にズボン、手も足もくるくると包帯のようなものを巻き締めていて、ひらひらと動く装いはどこにもない。髪の毛もきつく括って、その上になお額に布を巻いている。片手に下げているのは細い長剣だ。
歓声を上げていた周囲が、彼女の姿を見るや否や徐々に静まり返った。
「殿下、何を」「どういうことだ」
ざわめきと不安が広がっていく。
「何をおかしなことを、姉上」
レダンが派手にアルシアの遣い手を叩きのめすばかりか、手軽くあしらうのが繰り返されて、闘技場の雰囲気はやや強張ったものになりつつあった。そろそろこちらも本気を繰り出そうと、サリストアが準備を始めた矢先、ミラルシアが引き止める。
「今日のレダンは鬼神のようじゃ」
「いつもそうだよ」
サリストアは手に布を巻き締め、剣を選ぶ。いざとなれば拳もモノを言うことになるとは、昨夜の一戦で感じている。
「守ると決めたあいつは、手を焼くほど強いんだ」
「そなたが出るまでもない」
「私が出なくて、どう始末をつけ……姉上!」
場内を見て、サリストアは思わず声を上げる。
「いったいこれはどう言うことなんだよ」
「見ての通り、3人相手に楽しんで頂こうという趣向じゃ」
「やめさせて!」
「もう遅い」
「レダンはすでに10人は相手をしている」
「まだまだ元気が有り余っておるように見える」
「そうじゃない、そうじゃなくて」
私が心配してるのはだなあ。
サリストアが言いかけた矢先、小さな悲鳴が一瞬に重なって響いた。
「何…っ」
「…だから言ったのに…」
サリストアはうんざりした顔で額に手を当てる。
「…レダンを本気にさせちゃって…この後相手をする者の身になって欲しいよ」
「しかし…」
ミラルシアはまだ信じられないように場内に倒れている3人の兵士を見下ろす。
「今の3人はまずまずの手練れじゃぞ」
「だからだって」
その中央に、どこかぼんやりと手持ち無沙汰に見える姿でレダンが立っている。サリストアの声が聞こえたのだろう、静かに振り仰いできた顔は薄く笑っていて、どうにもまずい感じがあった。
「レダンは相手がすごく強いと、ちょっと箍が外れる時があるんだって」
めんどくせえ。
サリストアは選びかけた剣を、別のものに変える。
「夕べはガストと私で何とか相手ができたんだけど、今はもう知らないからね」
「知らない、とは」
不審そうに尋ねる姉に、サリストアは深く溜め息をついて応じた。
「待機させている医師に大量出血があった場合の手当の準備をさせておいて」
言い捨てて歩き出す。
「死人が出るかも」
「ちっ」
「あら」
ガストとルッカが同時に妙な声を出して、シャルンは2人を振り向いた。
「…馬鹿がフタを開けたようですね」
「ガスト?」
「サリストア姫が出てくるでしょうから、私も準備します。まさか公衆の面前で姫君の腕を飛ばすわけにもいかないでしょう」
「腕を? …っ」
シャルンは慌ててレダンを見下ろす。
さっき倒れた3人はよろよろと退いていくようだが、さすがに汗をかいたのだろう、レダンは剣を持ったまま顎を拭い、何かを待つように周囲を見回している。
だが、その姿がまるで陽炎を纏っているようにゆらゆらと揺らめいて見えた。今の3人相手でもうろたえた様子はなかったが、黒髪を括っていたリボンは切れて、長髪が風に靡いている。
「つ、次は」
審判の声が上ずっていた。
「アルシア王国、サリストア殿下!」
う、わあああ。
レダンの剣技に息を呑まれていた観衆が、解き放たれたように歓声を上げた。
闘技場の入り口からサリストアが入ってくる。レダンと同じような短衣にズボン、手も足もくるくると包帯のようなものを巻き締めていて、ひらひらと動く装いはどこにもない。髪の毛もきつく括って、その上になお額に布を巻いている。片手に下げているのは細い長剣だ。
歓声を上げていた周囲が、彼女の姿を見るや否や徐々に静まり返った。
「殿下、何を」「どういうことだ」
ざわめきと不安が広がっていく。
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