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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

21.恋心は暴走する(3)

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「お前の方だぞ、自覚がないのは」
「はい?」
「シャルンが来てから、よく笑うようになった」
「…誰が?」
「お前だ」
「……はいい?」
 今度はレダンが苦笑いした。
「そう言う所なんだ、シャルンの怖いところは」
「…怖いんですか」
「ああ」
 知らないうちに、自分だと思ってた形があちこち変わっていってしまって。
 声が真面目になったのに気づいたのだろう、ガストが冷たい水を手渡してくれながら見つめ返してくる。
「ここにいる俺が俺じゃないような気がする」
「…穏やかじゃありませんね」
「今の俺はシャルンを失ったら、使い物にならない」
 両手を広げてレダンはじっと掌を眺めた。
「なんでこんなことになっちまったんだかなあ」
「危険ですね」
 ガストが冷えた目の色で、こくりと水を飲み下した。
「一大事じゃありませんか」
「だから言ったろ、シャルンを失う方が圧倒的にまずい」
 レダンは顔を引き攣らせる。
「シャルンが居てくれてのダフラム戦なら心配ない、俺が圧勝する。けれど、何も起こってなくても、シャルンが俺の側から離れるなら」
 俺は正気でいる自信がない。
「冗談はよしてください」
 ガストが唸った。
「そんなことを言い放って、もし奥方様が髪を切りたいなんて言い出したら、一体どうする気なんです」
「ああ、ハイオルトの風習な。それは大丈夫だ、帰りの馬車でだって、俺は彼女の髪がどれぐらい気に入っているか十分伝えたつもりだし」
「失礼いたします」
 柔らかな声に2人は口を噤んだ。引き開けられた扉から、シャルンの来訪が告げられる。
「お珍しいですね」
 普段は滅多に公務中にやって来ないシャルンにガストも訝る。
 入って来たシャルンはガストが居るのに一瞬ためらったが、用件を促すと思い詰めた口調で訴えた。
「陛下、私、髪を切りたいのです」
 ガシャガシャン!
「シャルン…」「奥方様…」
 レダンの手とガストの手から同時に落ちて砕けたカップにシャルンが呆然とする。
「えっ…あの…」
「ちょっとお待ち下さい、奥方様、確かに色々と最近のこの人は危なすぎて側に居るとまずい気がするかも知れませんが、それでもこの人なりに一所懸命…」
「黙ってろ、ガスト」
 慌てた口調で弁解し始めたガストを手で押し留める。
 怯えた顔で立ち竦むシャルンをこれ以上怖がらせたくなくて、レダンは何とか微笑んだ。
「どうしてだろうか、奥方よ」
 私の至らぬ所を教えてもらえると嬉しいのだが。
「はい?」
「いやだから、あなたがカースウェルを出て行きたくなった理由を知りたいんだ」
「いえ? 私、陛下のお側を離れたくありません」
「は?」
 レダンはガストを振り返ったが、ガストも訳がわからぬ顔で首を振る。
「だがしかし、ハイオルトでは」
「あっ」
 シャルンはうろたえた顔で真っ赤になった。
「申し訳ありません、私、あまりにも考え込みすぎていて」
 見る見る瞳を潤ませて立ち竦むシャルンに、レダンは慌てて近寄る。ガストは聞き耳を立てつつ、砕けたかけらを拾い上げてくれているようだ。
「私、どうしても陛下のお側を離れたくなくて」
「あ、ああ、わかった、わかったけれど、それがどうして髪を切る話に?」
 泣き出しかけているシャルンを宥めつつ、重ねて尋ねると、
「ハイオルトから戻れと手紙が参りました」
「ああ」
「けれど色々、私には納得しかねることが出て参りました」
「うん」
「私、陛下とともにハイオルトに参って、真実の姿を見定めとうございます」
 けれど私の姿は皆のよく知るところです。
「うん、それで?」
「髪を短く切り、貧しい旅人の姿であれば、王女であった時には見えないものが見えると考えました……でも」
 膨れ上がった光の粒が頬を滑る。
「陛下は私の髪がお気に召されております。もし短く切ってしまったら、ご寵愛を失うかもしれません。それでも、私は、これからも陛下のお側に居るために…っ」
「ああ、ああ、わかった、わかったから、シャルン」
 甘酸っぱい気持ちとともに綻ぶ唇を引き締め、レダンはシャルンの髪にキスをした。
「つまりあなたは俺と一緒にハイオルトに潜入して見たいって言ってるんだね?」
「せん、にゅう…」
 小首を傾げるシャルンににっこり笑う。
「そうと決まれば準備を進めよう。ガスト?」
「…了解しました」
 カースウェルの安泰のために働きましょう。
 ぼそりと唸った相手を振り返り、満面の笑顔で確認する。
「なんだ?」
「いえ、慣れておりますのでお任せ下さい、奥方様」
「なんでそこは俺に返答しない?」
「あんたは一緒にいられさえすれば、あとはどうでもいいんだろうが」
 呪詛に満ちた声にレダンは破顔する。
「よくわかってくれて嬉しいよ。ついでにお前も付いて来い」
「はあ?!」
「『調べてること』がわかるかもしれないぞ」
「っ」
 付け加えた一言に、ガストが鋭く目を光らせた。
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