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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
21.恋心は暴走する(2)
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「…」
ほう、とシャルンは吐息した。
「どうなさいました?」
髪をまとめ上げていた侍女最年長のイルラが覗き込んでくる。
今もリボンを編み込み、きらきら輝く宝石の蝶を模した飾りピンをあちらこちらに差し込んでいる最中だ。
「…イルラは私の髪は好き?」
「はい、とても!」
満面の笑みでイルラは答える。
「十分な量としなやかさ、指通りの良さ、こうして色とりどりのリボンやピンが本当によくお似合いで、飾り甲斐がございます」
「そう…」
また再びシャルンは嘆息した。
「…それが何か?」
「…イルラ」
「はい」
「髪を切りたい、と言ったら怒る?」
「髪を、でございますか」
イルラは戸惑った顔でシャルンを鏡の中から覗き込んだ。
「いかほどでしょう」
私も多少は手掛けますが、美しく切り揃えるとなると、専門の腕が必要ですね。
「まだまだ寒い日も続きますし、今髪を切ると冷えてしまいます。それに」
「それに?」
「…王はこの長さがお気に召しておられるのでは?」
「…そうよね…」
ほう。
再びシャルンは溜め息をつく。
「ご旅行の間に何かございましたか」
「…もしこの髪がうんと短ければ、私がシャルンだとわからないのではないかしら」
「まさか、そんな」
「…確かにかなり印象が変わられますね」
ひょいといささか不敬なほどの唐突さでベルルが覗き込む。
「髪染めなどすれば、それこそ別人のように」
「ベルル!」
マーベルが眉を逆立てた。
「一体何を言い出すの。そんなことをしたら、今までのドレスに手直しをしなくちゃならないじゃない!」
「でもお似合いだと思いますよ、短い髪も」
イラシアが頷く。
「ドレスの手直しなら、私も手伝うし、ガスト様に新しいドレスの準備を交渉することもできるから」
「何の話です、一体」
入ってきたルッカが眉を寄せた。
「いえ、奥方様が髪を短くしてみては、とおっしゃったので」
「奥方様」
ルッカが慌てた様子で近寄ってくる。
「いけませんよ、そんなことをなさっては」
「どうして?」
ベルルが首を傾げる。
「ハイオルトでは、嫁いだ者が髪を短くすると言うことは、その家を出るという意味になるんです」
「まあ」
「それって王は」
「…多分ご存知ですね…」
何かを予想したイルラが重々しく唸る。
「無駄に博識ですからね」
イラシアが頷き、慌てたように口を手で塞いだ。
「わかりました」
シャルンは考え込み、頷く。
「陛下にお話ししてみます」
「運命の恋なんてものが存在するのかどうかって話をしたことがあっただろ」
さすがに軽く呼吸を乱してレダンは剣を収める。
「ありましたね、ああ、暑い」
ガストもくしゃくしゃと頭を掻きながら応じたが、諦めたように片付け始めた。
2人でゆっくりと部屋に戻る。
「久しぶりでしたからね」
「負け惜しみかよ」
にやにや笑うレダンにムッとしたように唇を尖らせる。
「そう言うあなたはどうなんです、何かに取り憑かれてるみたいですが」
「アリシアへ行くだろが」
「武闘会? ええ、それがどうし……そのためですか!」
目を見開いたガストが、汗を拭うのを止めて振り返る。
「ダスカスから帰って、珍しく奥方様の所に居座る時間を剣の鍛錬に使うなんて、一体どんな危険があったのかと心配したんですが」
「危険だぞ、シャルンに見捨てられる」
「…はい?」
「アリシアで下手に負けでもして見ろ、シャルンに嫌われる」
「…」
「人生最大の危機だ」
「……本気で言ってるように聞こえますが」
「本気だ」
「本気ですね」
ああ何か、似たような会話をした気がしますね、とガストが遠い目をする。
「ちなみに、ダフラムと一戦交える、シャルン妃と別れる、どちらがまずいですか」
「後者」
「間髪入れずかよ!」
「他に何がある」
レダンは眉を寄せた。
「ダフラムとやり合うなら準備すればいい。兵を集め訓練し、国境警備を強め、食料を蓄え、戦略を練り、戦後の政治的位置を見据えて仕掛ければいい。けれどシャルンはシャルンしかいないんだぞ、一人しかいないんだ、他に譲れないだろう!」
「うーん、兵が泣くなあ」
ガストが微妙な笑い方をした。
「ついでに私も泣くし、ダフラムが怒りますね、絶対」
「なぜ怒る必要がある、ちゃんと相手をしてやろうと言ってるんだぞ?」
「シャルン妃の次に」
「もちろん、シャルンの次に」
「戦後の政治的位置はどこに行ったんですか」
やれやれ、とガストは苦笑いとともに溜め息を吐いた。
「愚かしいにもほどがある」
「自覚はある」
「おや」
レダンが頷くのにガストが瞬きする。
ほう、とシャルンは吐息した。
「どうなさいました?」
髪をまとめ上げていた侍女最年長のイルラが覗き込んでくる。
今もリボンを編み込み、きらきら輝く宝石の蝶を模した飾りピンをあちらこちらに差し込んでいる最中だ。
「…イルラは私の髪は好き?」
「はい、とても!」
満面の笑みでイルラは答える。
「十分な量としなやかさ、指通りの良さ、こうして色とりどりのリボンやピンが本当によくお似合いで、飾り甲斐がございます」
「そう…」
また再びシャルンは嘆息した。
「…それが何か?」
「…イルラ」
「はい」
「髪を切りたい、と言ったら怒る?」
「髪を、でございますか」
イルラは戸惑った顔でシャルンを鏡の中から覗き込んだ。
「いかほどでしょう」
私も多少は手掛けますが、美しく切り揃えるとなると、専門の腕が必要ですね。
「まだまだ寒い日も続きますし、今髪を切ると冷えてしまいます。それに」
「それに?」
「…王はこの長さがお気に召しておられるのでは?」
「…そうよね…」
ほう。
再びシャルンは溜め息をつく。
「ご旅行の間に何かございましたか」
「…もしこの髪がうんと短ければ、私がシャルンだとわからないのではないかしら」
「まさか、そんな」
「…確かにかなり印象が変わられますね」
ひょいといささか不敬なほどの唐突さでベルルが覗き込む。
「髪染めなどすれば、それこそ別人のように」
「ベルル!」
マーベルが眉を逆立てた。
「一体何を言い出すの。そんなことをしたら、今までのドレスに手直しをしなくちゃならないじゃない!」
「でもお似合いだと思いますよ、短い髪も」
イラシアが頷く。
「ドレスの手直しなら、私も手伝うし、ガスト様に新しいドレスの準備を交渉することもできるから」
「何の話です、一体」
入ってきたルッカが眉を寄せた。
「いえ、奥方様が髪を短くしてみては、とおっしゃったので」
「奥方様」
ルッカが慌てた様子で近寄ってくる。
「いけませんよ、そんなことをなさっては」
「どうして?」
ベルルが首を傾げる。
「ハイオルトでは、嫁いだ者が髪を短くすると言うことは、その家を出るという意味になるんです」
「まあ」
「それって王は」
「…多分ご存知ですね…」
何かを予想したイルラが重々しく唸る。
「無駄に博識ですからね」
イラシアが頷き、慌てたように口を手で塞いだ。
「わかりました」
シャルンは考え込み、頷く。
「陛下にお話ししてみます」
「運命の恋なんてものが存在するのかどうかって話をしたことがあっただろ」
さすがに軽く呼吸を乱してレダンは剣を収める。
「ありましたね、ああ、暑い」
ガストもくしゃくしゃと頭を掻きながら応じたが、諦めたように片付け始めた。
2人でゆっくりと部屋に戻る。
「久しぶりでしたからね」
「負け惜しみかよ」
にやにや笑うレダンにムッとしたように唇を尖らせる。
「そう言うあなたはどうなんです、何かに取り憑かれてるみたいですが」
「アリシアへ行くだろが」
「武闘会? ええ、それがどうし……そのためですか!」
目を見開いたガストが、汗を拭うのを止めて振り返る。
「ダスカスから帰って、珍しく奥方様の所に居座る時間を剣の鍛錬に使うなんて、一体どんな危険があったのかと心配したんですが」
「危険だぞ、シャルンに見捨てられる」
「…はい?」
「アリシアで下手に負けでもして見ろ、シャルンに嫌われる」
「…」
「人生最大の危機だ」
「……本気で言ってるように聞こえますが」
「本気だ」
「本気ですね」
ああ何か、似たような会話をした気がしますね、とガストが遠い目をする。
「ちなみに、ダフラムと一戦交える、シャルン妃と別れる、どちらがまずいですか」
「後者」
「間髪入れずかよ!」
「他に何がある」
レダンは眉を寄せた。
「ダフラムとやり合うなら準備すればいい。兵を集め訓練し、国境警備を強め、食料を蓄え、戦略を練り、戦後の政治的位置を見据えて仕掛ければいい。けれどシャルンはシャルンしかいないんだぞ、一人しかいないんだ、他に譲れないだろう!」
「うーん、兵が泣くなあ」
ガストが微妙な笑い方をした。
「ついでに私も泣くし、ダフラムが怒りますね、絶対」
「なぜ怒る必要がある、ちゃんと相手をしてやろうと言ってるんだぞ?」
「シャルン妃の次に」
「もちろん、シャルンの次に」
「戦後の政治的位置はどこに行ったんですか」
やれやれ、とガストは苦笑いとともに溜め息を吐いた。
「愚かしいにもほどがある」
「自覚はある」
「おや」
レダンが頷くのにガストが瞬きする。
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