87 / 216
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
19.ハイオルトの夢(5)
しおりを挟む
シャルンが目元を数回擦りながら立ち上がる。さらさらと流れたドレスは、レダンも気に入っている濃い青の光沢のあるもので、一度着て見せてくれた時には、陛下の瞳の色と同じですね、と微笑まれてなお嬉しかったものだが。
「レダン」
床の中でしか呼ばれない声に顔が熱くなる。同時に冷えた感覚に体が凍った。
まさか今日が最後とか言うんじゃないだろうな。それはあんまりだろう、せめてカースウェルに帰ってからとか、いや帰ってからでも困る、そんなことは許せないダメだ受け入れられない絶対無理だもうシャルンなしの生活なんてあり得ないし認めないし、そんなことになるぐらいならいっそ。
「っっ?!」
いきなり両手を差し伸べて飛びつかれ、とっさに思わず屈みこんで抱きしめて、レダンはなお混乱した。
あれ? 何だこれ?
「ごめんなさい」
「え?」
「あんな手紙を3通も読ませてしまいました、ごめんなさい」
辛かったでしょう、と耳元で優しく囁かれ、口にしてまた悲しくなったのだろう、再び小さくしゃくりあげながらシャルンがしがみつく。
「シャルン?」
「なんて、失礼な、手紙、なんて、酷い、私はシャルン、カースウェル、スティシニア、ですのに、陛下が、どれほど、よくして、くださって、るのか、知りも、しないで、酷い…っ」
「シャルン…」
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すシャルンの声はひたすらレダンを案じている。
ぐらりと体が揺れて、シャルンがはっとしたように体を起こした。
「レダン?」
「すまない……ちょっと、座ってもいいか」
「はい、もちろん!」
シャルンに支えられるようにソファに座り、再び膝に乗ってきてくれたシャルンをゆっくり強く抱きしめる。
「シャルン…」
「はい」
「キスを…くれ」
「はい、レダン」
のろのろと顔を上げれば、泣き崩れてせっかくの化粧も汚れてしまったシャルンがそっと幼く唇を合わせてくれて、思わずほう、と息を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「…なんとか」
視界が眩んでいる。
「お顔の色が真っ青です」
「…ああ、ちょっと、さすがにヒヤヒヤして」
「酷い文面でしたもの」
「いや、そっちはまあ」
どうでも良かったんだがな、と後半はごにょごにょとごまかして、不安そうなシャルンの唇をもう一度ねだる。ちゅ、とキスしてくれたのはさっきより深くて、安心が増した。
「我ながら、驚きだ」
シャルンを失うことがこれほど恐怖になっているとは。
「なんとなくわかるなあ」
息を吐いた。
「何がですか?」
「…亡国の姫君」
「亡国の、姫君?」
「…その姫を手に入れるために国を滅ぼす男の話だよ」
レダンはもう一度溜め息をついた。
先の自分がまさにそうだった、シャルンを連れ去られたらハイオルトを根絶やしにしかねない、とはさすがに言えなかった。
「あの遺跡にまつわる話だ」
「温泉の湧いた遺跡ですか」
「後でマムールが話してくれるだろう」
微笑むと、ようやくシャルンも少し落ち着いたらしい。小さく笑い返してくれて、真っ赤になった目元と鼻、潤んだ瞳にとんでもないところが疼きそうになったのを、気持ちを切り替えた。
「とにかく、父上はあなたに会いたがっておられる。都合をつけて出向くとしよう」
「…ありがとうございます、レダン」
陛下は本当に心の広い方ですね。
甘えるように見上げられて、レダンは苦笑いした。
「レダン」
床の中でしか呼ばれない声に顔が熱くなる。同時に冷えた感覚に体が凍った。
まさか今日が最後とか言うんじゃないだろうな。それはあんまりだろう、せめてカースウェルに帰ってからとか、いや帰ってからでも困る、そんなことは許せないダメだ受け入れられない絶対無理だもうシャルンなしの生活なんてあり得ないし認めないし、そんなことになるぐらいならいっそ。
「っっ?!」
いきなり両手を差し伸べて飛びつかれ、とっさに思わず屈みこんで抱きしめて、レダンはなお混乱した。
あれ? 何だこれ?
「ごめんなさい」
「え?」
「あんな手紙を3通も読ませてしまいました、ごめんなさい」
辛かったでしょう、と耳元で優しく囁かれ、口にしてまた悲しくなったのだろう、再び小さくしゃくりあげながらシャルンがしがみつく。
「シャルン?」
「なんて、失礼な、手紙、なんて、酷い、私はシャルン、カースウェル、スティシニア、ですのに、陛下が、どれほど、よくして、くださって、るのか、知りも、しないで、酷い…っ」
「シャルン…」
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返すシャルンの声はひたすらレダンを案じている。
ぐらりと体が揺れて、シャルンがはっとしたように体を起こした。
「レダン?」
「すまない……ちょっと、座ってもいいか」
「はい、もちろん!」
シャルンに支えられるようにソファに座り、再び膝に乗ってきてくれたシャルンをゆっくり強く抱きしめる。
「シャルン…」
「はい」
「キスを…くれ」
「はい、レダン」
のろのろと顔を上げれば、泣き崩れてせっかくの化粧も汚れてしまったシャルンがそっと幼く唇を合わせてくれて、思わずほう、と息を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「…なんとか」
視界が眩んでいる。
「お顔の色が真っ青です」
「…ああ、ちょっと、さすがにヒヤヒヤして」
「酷い文面でしたもの」
「いや、そっちはまあ」
どうでも良かったんだがな、と後半はごにょごにょとごまかして、不安そうなシャルンの唇をもう一度ねだる。ちゅ、とキスしてくれたのはさっきより深くて、安心が増した。
「我ながら、驚きだ」
シャルンを失うことがこれほど恐怖になっているとは。
「なんとなくわかるなあ」
息を吐いた。
「何がですか?」
「…亡国の姫君」
「亡国の、姫君?」
「…その姫を手に入れるために国を滅ぼす男の話だよ」
レダンはもう一度溜め息をついた。
先の自分がまさにそうだった、シャルンを連れ去られたらハイオルトを根絶やしにしかねない、とはさすがに言えなかった。
「あの遺跡にまつわる話だ」
「温泉の湧いた遺跡ですか」
「後でマムールが話してくれるだろう」
微笑むと、ようやくシャルンも少し落ち着いたらしい。小さく笑い返してくれて、真っ赤になった目元と鼻、潤んだ瞳にとんでもないところが疼きそうになったのを、気持ちを切り替えた。
「とにかく、父上はあなたに会いたがっておられる。都合をつけて出向くとしよう」
「…ありがとうございます、レダン」
陛下は本当に心の広い方ですね。
甘えるように見上げられて、レダンは苦笑いした。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる