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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
19.ハイオルトの夢(2)
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高く笑う声とともに消えて行った姿を声もなく見送って、シャルンは目覚めた。
中身が中身だけにレダンには打ち明けられない。
そう考えて一人胸に抱えていたのだが。
「いつなの、受け取ったのは」
「昨夜でございます」
「誰から」
「王の使いと申される方から。けれどもこれは確かに」
ルッカが髪を編むのを止めて、そっと差し出した書状には、確かのハイオルトの紋章が入っている。
「そうね、ハイオルトのものだわ」
整えられるのを止められた髪はばらばらと両側から落ちてきた。
「なぜ、直接お渡しになったのでしょう」
ルッカも警戒を滲ませている。
「何か特別な事情でも」
「……開けてみましょう」
シャルンは唇を引き結んだ。
「ここに居て、ルッカ、私が取り乱さぬように」
「はい、姫様」
2人で覗き込みつつ、封を切ろうとした矢先、
「シャルン?」
「っっ」
突然響いた声に2人して固まった。
「どうした?」
ゆっくりと背後を振り返る。既に外出用の短めの礼服に着替え、髪の毛を括ったレダンが覗き込んでいる。
「準備はまだなのか?」
「は、はい、もうすぐでございます!」
ルッカがくるりと向き直って、慌て気味に扉へ駆け寄った。後ろ手に見せた仕草に促され、シャルンはそっと手元の手紙をドレスの襞の中へ仕舞い込む。
「まあなんですか、いきなり覗かれるとは、王族の振る舞いとも思われませんよ!」
殊更にぷんぷんと短気な声を響かせるルッカは、そのままぐいぐいと扉の向こうへレダンを押しやろうとする。
「そう言う君も、とても王族付きの侍女とは思えない振る舞いだな」
くすりと笑ったレダンは、にこやかに続ける。
「知っているか、人は見せたくないものがある時ほど、来訪者を迎えに駆け寄ってくるものだそうだ」
「まっ」
動きを止めるルッカの前をするりと抜けて、レダンは座ったままのシャルンに近寄って来る。
「そうして、いつもならどんな時でも喜ばしげに立ち上がって、私を迎えてくれるはずの妃は、今日に限ってどうして座ったままで私を待っているのかな」
「…」
思わずシャルンは手紙を隠したドレスの襞を押さえてしまう。
「立ち上がれないわけでもあるのかな?」
煌めく紺色の瞳が覗き込んできて思い出した。そう、この王は『カースウェルのケダモノ』と呼ばれた人だった。少年の時に盗賊団を壊滅状態に追いやり、数々の諸国を相手にカースウェルをきちんと守り抜いてきている。
ごまかしなどきくはずもない。
「…申し訳ありません、陛下」
「姫様っ」
「父から手紙が参りました」
ドレスの襞から手紙を取り出す。
「ハイオルト王から、あなたに?」
訝しそうに取り出した手紙の紋章とシャルンを見比べる。なるほど、何か隠し事をしていると思われても仕方のない状況、だが、シャルンはレダンを見上げたまま、手紙を差し出す。
「急に届きましたので、不安です。今ルッカと共に開けてみようとしていました」
「ふむ」
レダンがちらりと面白そうな顔になってルッカを振り向く。
「君は密使の役割もするのか?」
「とんでもない!」
「ルッカは関係ありません」
シャルンは首を振った。
「もしルッカが密使ならば、私がこんな風に陛下にお見せすることがわからなかったはずはありません」
もっと巧みに、私一人しか読めないようなやり方で届けたことでしょう。
「…なるほど」
レダンはひょいとおどけたように眉を上げた。
「それで? あなたはこの手紙を俺にどうしろと?」
「私宛の父からの書簡です。一緒にお読み頂けませんか」
ぴく、とレダンの顔が引きつった。
「そう来るか」
「はい?」
「ああ、いや、あいかわらず俺はあなたに完敗だなと」
「…陛下を負かした覚えなどありませんけど」
「無自覚って怖いなあって話さ、なあルッカ?」
「……お答えは控えさせて頂いても?」
「いいよ、その代わりこちらへおいで」
君も当事者なんだろう、一緒に状況を把握しておこうじゃないか。
レダンが促して、結局3人で手紙を開封することにした。
中身が中身だけにレダンには打ち明けられない。
そう考えて一人胸に抱えていたのだが。
「いつなの、受け取ったのは」
「昨夜でございます」
「誰から」
「王の使いと申される方から。けれどもこれは確かに」
ルッカが髪を編むのを止めて、そっと差し出した書状には、確かのハイオルトの紋章が入っている。
「そうね、ハイオルトのものだわ」
整えられるのを止められた髪はばらばらと両側から落ちてきた。
「なぜ、直接お渡しになったのでしょう」
ルッカも警戒を滲ませている。
「何か特別な事情でも」
「……開けてみましょう」
シャルンは唇を引き結んだ。
「ここに居て、ルッカ、私が取り乱さぬように」
「はい、姫様」
2人で覗き込みつつ、封を切ろうとした矢先、
「シャルン?」
「っっ」
突然響いた声に2人して固まった。
「どうした?」
ゆっくりと背後を振り返る。既に外出用の短めの礼服に着替え、髪の毛を括ったレダンが覗き込んでいる。
「準備はまだなのか?」
「は、はい、もうすぐでございます!」
ルッカがくるりと向き直って、慌て気味に扉へ駆け寄った。後ろ手に見せた仕草に促され、シャルンはそっと手元の手紙をドレスの襞の中へ仕舞い込む。
「まあなんですか、いきなり覗かれるとは、王族の振る舞いとも思われませんよ!」
殊更にぷんぷんと短気な声を響かせるルッカは、そのままぐいぐいと扉の向こうへレダンを押しやろうとする。
「そう言う君も、とても王族付きの侍女とは思えない振る舞いだな」
くすりと笑ったレダンは、にこやかに続ける。
「知っているか、人は見せたくないものがある時ほど、来訪者を迎えに駆け寄ってくるものだそうだ」
「まっ」
動きを止めるルッカの前をするりと抜けて、レダンは座ったままのシャルンに近寄って来る。
「そうして、いつもならどんな時でも喜ばしげに立ち上がって、私を迎えてくれるはずの妃は、今日に限ってどうして座ったままで私を待っているのかな」
「…」
思わずシャルンは手紙を隠したドレスの襞を押さえてしまう。
「立ち上がれないわけでもあるのかな?」
煌めく紺色の瞳が覗き込んできて思い出した。そう、この王は『カースウェルのケダモノ』と呼ばれた人だった。少年の時に盗賊団を壊滅状態に追いやり、数々の諸国を相手にカースウェルをきちんと守り抜いてきている。
ごまかしなどきくはずもない。
「…申し訳ありません、陛下」
「姫様っ」
「父から手紙が参りました」
ドレスの襞から手紙を取り出す。
「ハイオルト王から、あなたに?」
訝しそうに取り出した手紙の紋章とシャルンを見比べる。なるほど、何か隠し事をしていると思われても仕方のない状況、だが、シャルンはレダンを見上げたまま、手紙を差し出す。
「急に届きましたので、不安です。今ルッカと共に開けてみようとしていました」
「ふむ」
レダンがちらりと面白そうな顔になってルッカを振り向く。
「君は密使の役割もするのか?」
「とんでもない!」
「ルッカは関係ありません」
シャルンは首を振った。
「もしルッカが密使ならば、私がこんな風に陛下にお見せすることがわからなかったはずはありません」
もっと巧みに、私一人しか読めないようなやり方で届けたことでしょう。
「…なるほど」
レダンはひょいとおどけたように眉を上げた。
「それで? あなたはこの手紙を俺にどうしろと?」
「私宛の父からの書簡です。一緒にお読み頂けませんか」
ぴく、とレダンの顔が引きつった。
「そう来るか」
「はい?」
「ああ、いや、あいかわらず俺はあなたに完敗だなと」
「…陛下を負かした覚えなどありませんけど」
「無自覚って怖いなあって話さ、なあルッカ?」
「……お答えは控えさせて頂いても?」
「いいよ、その代わりこちらへおいで」
君も当事者なんだろう、一緒に状況を把握しておこうじゃないか。
レダンが促して、結局3人で手紙を開封することにした。
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