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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
18.凍れる宮殿(1)
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「何かあったのかな」
来訪したレダンとシャルンの顔を見るや否や、マムールは銀髪の下の灰色の目を訝しげに細めた。
「王の左頬が少し赤く見えるが」
「お気になさらず」
レダンは知らぬ顔で応じる。
「来る途中の馬車が少し揺れたもので」
「ほう」
馬車が少し揺れたぐらいのぶつけ方で頬が薄赤くなるようならば、内装を考えた方が良いのではないか。そう言いたげな顔になったが、思い直したらしい。
「長旅で疲れておられるだろう。今夜は祝宴を控え、まずは温泉にて休養されるがいい。明日は遺跡をご案内し、宴を催そう」
「ご配慮感謝する」
マムールに礼を伝え、まずはお部屋にと案内されるままに、レダンは片腕を差し出す。
「では参ろうか、シャルン」
「…はい、陛下」
頬を染めつつ、手を乗せてきたシャルンの細い指をしっかり押さえて囁く。
「少し部屋で休ませて頂こう」
「っ」
軽く指先で手の甲をなぞられたシャルンが震える。
部屋に入る前にもう一発ぐらい来るかもしれない。
レダンは満面の笑みで歩き出す。
「もう!」
窓際に置かれたソファに背中を向けて座ったシャルンは苛立たしく繰り返した。
「もう、もう、もう!」
「すまない、謝るよ、シャルン」
後ろに座ったレダンの困った気配が伝わって来る。
「そんなに怒らないでくれ」
「怒ってなんかいません!」
否定しつつ、胸に抱え込んだ鮮やかな織のクッションをぎゅうぎゅう抱きしめた。
「でも、ひどいです陛下」
「うん」
優しく頷く声にまだまだ甘さが漂っていて、それが何を示すかわかっているだけに余計に恥ずかしい。
「すごくすごくひどいです!」
「うん」
「あんなところでっ」
「うん」
「あんなこと!」
「うんうん」
「うんうんって、本当にわかっていらっしゃいますか!」
思わず振り向くと、すぐ前にレダンの顔があってどきりとする。目を見開いて固まってしまったシャルンににっこり笑ったレダンは、少し顔を傾けてちゅ、とキスを送ってきた。すぐさま離れてしまった唇が寒い。
「十分わかってるよ、シャルン」
そっとクッションを取り除かれ、唇が触れ合う距離で囁かれる。見る見る顔が熱くなる。
馬車の中で、何がきっかけだったのだろう、いや、確か、あなたが不安そうだったからとか何とか説明はされた気がする。けれど、始まったキスは、何度も何度も繰り返されて、時に頬に瞼に耳に首筋に散り、かすかに触れるものから深く強く奪うようなものまで、今がいつなのか、どこにいるのかわからなくなるほどだった。
呼吸が続かない。速まる鼓動を訴えれば胸元にもキスが降り、音が聞こえないと暴かれそうになり、挙句に抱きすくめられたまま、背後からうなじに唇を降ろされてくらくらした。
レダンの胸も手も指先も、これほど人の体は能弁に愛しいと伝えられるのかと思うほど優しく甘く、触れられる感覚を追って行くと、自分がひどく華奢で脆く、今にも抱き崩されそうな気持ちになる。
愛されている。
大事にされている、零す吐息の一つでさえ。
力が入らなくて蕩けてうっとりと胸に凭れていると、ことことと音が響き、もうすぐダスカスの南西門に到着します、と声がして我に返った。
一瞬何のことだかわからなくて、わかった瞬間、全身に血が駆け巡って、恥ずかしくて恥ずかしくて、レダンをまともに見られなかった。
そっと膝から降ろしてくれたレダンも僅かに頬を赤らめていて、光り輝く紺色の瞳でそっとシャルンを覗き込みながら、もう少し時間があれば、もっと可愛がってあげたのに、などと囁かれたから、つい。
「…もう」
つい。
「シャルン?」
「もう、もう、もう!」
潤む視界で睨みつける。
「あんなことをするから、陛下を…陛下を、叩いてしまったんですよ!」
何という言い草か。恥ずかしさの余り、取り乱した自分を棚にあげて。
けれどレダンはひどく嬉しそうに笑った。
「うん、そうだな、シャルン」
目を細め、薄赤くなった顔で、もう一度にっこり笑う。
「俺が全部悪い」
「はいっ」
「だからさ、シャルン」
「はいっ」
「お詫びに続きをしようか?」
「…はい?」
続き?
「その可愛い口に」
「あ」
「深くお詫びをさせてくれ」
指をそっと当てられて開かれる、と思った次には食いつくようにレダンが覆って来る。思わず目を閉じたシャルンは押し倒されるままにレダンを受け止める。
弾むような相手の呼吸に嬉しくて嬉しくて、思わず微笑んだ。
来訪したレダンとシャルンの顔を見るや否や、マムールは銀髪の下の灰色の目を訝しげに細めた。
「王の左頬が少し赤く見えるが」
「お気になさらず」
レダンは知らぬ顔で応じる。
「来る途中の馬車が少し揺れたもので」
「ほう」
馬車が少し揺れたぐらいのぶつけ方で頬が薄赤くなるようならば、内装を考えた方が良いのではないか。そう言いたげな顔になったが、思い直したらしい。
「長旅で疲れておられるだろう。今夜は祝宴を控え、まずは温泉にて休養されるがいい。明日は遺跡をご案内し、宴を催そう」
「ご配慮感謝する」
マムールに礼を伝え、まずはお部屋にと案内されるままに、レダンは片腕を差し出す。
「では参ろうか、シャルン」
「…はい、陛下」
頬を染めつつ、手を乗せてきたシャルンの細い指をしっかり押さえて囁く。
「少し部屋で休ませて頂こう」
「っ」
軽く指先で手の甲をなぞられたシャルンが震える。
部屋に入る前にもう一発ぐらい来るかもしれない。
レダンは満面の笑みで歩き出す。
「もう!」
窓際に置かれたソファに背中を向けて座ったシャルンは苛立たしく繰り返した。
「もう、もう、もう!」
「すまない、謝るよ、シャルン」
後ろに座ったレダンの困った気配が伝わって来る。
「そんなに怒らないでくれ」
「怒ってなんかいません!」
否定しつつ、胸に抱え込んだ鮮やかな織のクッションをぎゅうぎゅう抱きしめた。
「でも、ひどいです陛下」
「うん」
優しく頷く声にまだまだ甘さが漂っていて、それが何を示すかわかっているだけに余計に恥ずかしい。
「すごくすごくひどいです!」
「うん」
「あんなところでっ」
「うん」
「あんなこと!」
「うんうん」
「うんうんって、本当にわかっていらっしゃいますか!」
思わず振り向くと、すぐ前にレダンの顔があってどきりとする。目を見開いて固まってしまったシャルンににっこり笑ったレダンは、少し顔を傾けてちゅ、とキスを送ってきた。すぐさま離れてしまった唇が寒い。
「十分わかってるよ、シャルン」
そっとクッションを取り除かれ、唇が触れ合う距離で囁かれる。見る見る顔が熱くなる。
馬車の中で、何がきっかけだったのだろう、いや、確か、あなたが不安そうだったからとか何とか説明はされた気がする。けれど、始まったキスは、何度も何度も繰り返されて、時に頬に瞼に耳に首筋に散り、かすかに触れるものから深く強く奪うようなものまで、今がいつなのか、どこにいるのかわからなくなるほどだった。
呼吸が続かない。速まる鼓動を訴えれば胸元にもキスが降り、音が聞こえないと暴かれそうになり、挙句に抱きすくめられたまま、背後からうなじに唇を降ろされてくらくらした。
レダンの胸も手も指先も、これほど人の体は能弁に愛しいと伝えられるのかと思うほど優しく甘く、触れられる感覚を追って行くと、自分がひどく華奢で脆く、今にも抱き崩されそうな気持ちになる。
愛されている。
大事にされている、零す吐息の一つでさえ。
力が入らなくて蕩けてうっとりと胸に凭れていると、ことことと音が響き、もうすぐダスカスの南西門に到着します、と声がして我に返った。
一瞬何のことだかわからなくて、わかった瞬間、全身に血が駆け巡って、恥ずかしくて恥ずかしくて、レダンをまともに見られなかった。
そっと膝から降ろしてくれたレダンも僅かに頬を赤らめていて、光り輝く紺色の瞳でそっとシャルンを覗き込みながら、もう少し時間があれば、もっと可愛がってあげたのに、などと囁かれたから、つい。
「…もう」
つい。
「シャルン?」
「もう、もう、もう!」
潤む視界で睨みつける。
「あんなことをするから、陛下を…陛下を、叩いてしまったんですよ!」
何という言い草か。恥ずかしさの余り、取り乱した自分を棚にあげて。
けれどレダンはひどく嬉しそうに笑った。
「うん、そうだな、シャルン」
目を細め、薄赤くなった顔で、もう一度にっこり笑う。
「俺が全部悪い」
「はいっ」
「だからさ、シャルン」
「はいっ」
「お詫びに続きをしようか?」
「…はい?」
続き?
「その可愛い口に」
「あ」
「深くお詫びをさせてくれ」
指をそっと当てられて開かれる、と思った次には食いつくようにレダンが覆って来る。思わず目を閉じたシャルンは押し倒されるままにレダンを受け止める。
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