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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
17.悩ましい温泉(2)
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「……シャルン」
「はい…」
体の熱が苦しくて軽く呼吸を乱していると、じっと見下ろしたレダンはもう一度深く溜め息を吐いた。
「よくまあ、今まであなたが無事だったものだ」
「はい?」
「こう言う状態で、そう言うことを言われるとな、もう男としては暴走するしかないような気がする」
厳しく眉を寄せながら、レダンはそろそろとシャルンを抱え込んだ手を離す。名残惜しげに胸元を眺めていたが、三度溜め息をついて、静かにリボンを結び直し始めた。
「温泉なんだよなあ」
「…はい?」
髪は乱れていなかったか、飾り物は大丈夫かとあちこち触れて確認しながらシャルンは、どさりと背後に凭れたレダンを見やる。
「…陛下?」
「服を着ているあなたでも十分まずいのに」
「…はい…?」
「温泉保養には薄物を着るんだよなあ」
「はい…あの、大丈夫です」
なるほど、向こうでのドレスを案じてくれたのかとシャルンはほっとしながら笑う。
「マーベルとイルラが一通り揃えてくれていますし、後ろの馬車にルッカもおりますし、決してお見苦しい装いはお見せいたしません!」
拳を握って保証すると、レダンがのろのろと体を起こし、またちゅ、と鼻の頭にキスしてきた。
「それ」
「は?」
「それだよ、それ」
「それ、とは」
「あなたはきっと愛らしいんだ、薄物を着ても」
「…あ、ありがとうございます」
「凄く可愛らしくて本当に見惚れてしまうと思う」
「ありがとう、ございます?」
シャルンへの賞賛だけではなく、レダンが深刻な顔になっているのにお礼を続けたものかどうかためらうと、
「剥ぎたくなったらどうしよう」
「…はい?」
「温泉には俺が一緒に入る。かなり大きくて広いそうだから、もちろん俺が一緒に入って、他の者は人払いする」
「はい」
「誰もいなくなる」
「はい…」
安全面の心配でもないらしいと気付いて、シャルンは首を傾げる。
「誰もいなくなって、あなたと二人で、しかもあなたは愛らしい体が透ける薄物を着て、俺の隣で湯に浸かって笑ってくれる」
「はい………」
何が一体心配なのだろう。
悩むシャルンは続いたレダンのことばに固まった。
「鎧を着て入ろうかなあ…」
『鎧を着る』と言うことばの真意を測りかねたのだろう、なおも小首を傾げて思い悩むシャルンを横目にレダンはそっと溜め息を重ねる。
体が疼く。
それでも密着するような馬車の中、シャルンの柔らかな香りは正直困る。苦しい。服を着ている時点で遠ざけられている気がしているのにうんざりする。気を抜くと、本当に馬車の中で及びかねない自分にヒヤヒヤする。
もっと広い馬車、でなかったのは十分理解できている。
今進んでいる行路は、カースウェルの東から北に抜け、ステルンとハイオルトの国境沿いを通り、ダスカスの南西の門に至る道だ。
道幅が狭いのは互いの国土を譲り合った結果だし、周囲に宿屋を作らなかったのも、今ほど互いの行き来がなかったからで、よからぬ輩の拠点ならぬように警戒したからだ。
それでもぽつぽつと点在する家々には、それぞれの国から遠く近くに見張りがついている。それらしい兵士を見かけるし、その兵士からはレダン達の動きが報告されているはずだ。
引っ掛かっているのは、ステルンの兵士が馬車を見かけるとあからさまな敬意を示す動作をすることで、本来ならばそれほど多くの侍従も引き連れないお忍び状態の旅行に向けられるものではない。
つまりステルンはきちんとシャルンの行動を把握し、その行く手に危険が及ばないように丁寧で緻密な手配りをしようとしていると言うことだ、まるで伴侶のように。
ムカつく。
その役目はレダンのものだし、ギースごときの手を煩わさなくとも十分果たせる自信がある。
けれど、出立前にギースがよこしてきた情報には価値があった。
『すでにご存知かとは思われますが、ハイオルトのミディルン鉱石が枯渇しつつあるというのは、シャルン妃輿入れの後に、それとなく我が国に知らされてきたものです』
書状を読んだガストの眉間にくっきりと寄せられてた皺を思い出す。
「はい…」
体の熱が苦しくて軽く呼吸を乱していると、じっと見下ろしたレダンはもう一度深く溜め息を吐いた。
「よくまあ、今まであなたが無事だったものだ」
「はい?」
「こう言う状態で、そう言うことを言われるとな、もう男としては暴走するしかないような気がする」
厳しく眉を寄せながら、レダンはそろそろとシャルンを抱え込んだ手を離す。名残惜しげに胸元を眺めていたが、三度溜め息をついて、静かにリボンを結び直し始めた。
「温泉なんだよなあ」
「…はい?」
髪は乱れていなかったか、飾り物は大丈夫かとあちこち触れて確認しながらシャルンは、どさりと背後に凭れたレダンを見やる。
「…陛下?」
「服を着ているあなたでも十分まずいのに」
「…はい…?」
「温泉保養には薄物を着るんだよなあ」
「はい…あの、大丈夫です」
なるほど、向こうでのドレスを案じてくれたのかとシャルンはほっとしながら笑う。
「マーベルとイルラが一通り揃えてくれていますし、後ろの馬車にルッカもおりますし、決してお見苦しい装いはお見せいたしません!」
拳を握って保証すると、レダンがのろのろと体を起こし、またちゅ、と鼻の頭にキスしてきた。
「それ」
「は?」
「それだよ、それ」
「それ、とは」
「あなたはきっと愛らしいんだ、薄物を着ても」
「…あ、ありがとうございます」
「凄く可愛らしくて本当に見惚れてしまうと思う」
「ありがとう、ございます?」
シャルンへの賞賛だけではなく、レダンが深刻な顔になっているのにお礼を続けたものかどうかためらうと、
「剥ぎたくなったらどうしよう」
「…はい?」
「温泉には俺が一緒に入る。かなり大きくて広いそうだから、もちろん俺が一緒に入って、他の者は人払いする」
「はい」
「誰もいなくなる」
「はい…」
安全面の心配でもないらしいと気付いて、シャルンは首を傾げる。
「誰もいなくなって、あなたと二人で、しかもあなたは愛らしい体が透ける薄物を着て、俺の隣で湯に浸かって笑ってくれる」
「はい………」
何が一体心配なのだろう。
悩むシャルンは続いたレダンのことばに固まった。
「鎧を着て入ろうかなあ…」
『鎧を着る』と言うことばの真意を測りかねたのだろう、なおも小首を傾げて思い悩むシャルンを横目にレダンはそっと溜め息を重ねる。
体が疼く。
それでも密着するような馬車の中、シャルンの柔らかな香りは正直困る。苦しい。服を着ている時点で遠ざけられている気がしているのにうんざりする。気を抜くと、本当に馬車の中で及びかねない自分にヒヤヒヤする。
もっと広い馬車、でなかったのは十分理解できている。
今進んでいる行路は、カースウェルの東から北に抜け、ステルンとハイオルトの国境沿いを通り、ダスカスの南西の門に至る道だ。
道幅が狭いのは互いの国土を譲り合った結果だし、周囲に宿屋を作らなかったのも、今ほど互いの行き来がなかったからで、よからぬ輩の拠点ならぬように警戒したからだ。
それでもぽつぽつと点在する家々には、それぞれの国から遠く近くに見張りがついている。それらしい兵士を見かけるし、その兵士からはレダン達の動きが報告されているはずだ。
引っ掛かっているのは、ステルンの兵士が馬車を見かけるとあからさまな敬意を示す動作をすることで、本来ならばそれほど多くの侍従も引き連れないお忍び状態の旅行に向けられるものではない。
つまりステルンはきちんとシャルンの行動を把握し、その行く手に危険が及ばないように丁寧で緻密な手配りをしようとしていると言うことだ、まるで伴侶のように。
ムカつく。
その役目はレダンのものだし、ギースごときの手を煩わさなくとも十分果たせる自信がある。
けれど、出立前にギースがよこしてきた情報には価値があった。
『すでにご存知かとは思われますが、ハイオルトのミディルン鉱石が枯渇しつつあるというのは、シャルン妃輿入れの後に、それとなく我が国に知らされてきたものです』
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