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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

16.明けても暮れても(1)

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「だからな、シャルン」
 突然訪ねてきたレダンは、シャルンを膝にかかえると、壊れ物を扱うようにそっと胸元に抱きしめた。
「少し公務が忙しくなるんだ」
「はい、陛下」
 シャルンは火照る頬を持て余しながら頷く。
 レダンの雰囲気は公務中を抜け出したとはとても思えないほど甘く優しく、シャルンにすり寄せる額や髪からは柔らかな熱が立ち上っていて、まるでこれから寝間に向かおうとでもするようだ。
 なぜレダンがやってきたのかの事情も、時々食事を一緒にできなかったり、朝や夜に共に過ごす時間が減るかも知れないという内容も、十分に説明してもらった。
「あなたと離れたいわけではないんだ」
「はい」
「いやむしろ、あなたともっと一緒にいたいんだ」
「はい」
 掻き口説きながらレダンはシャルンの髪に口づけ、足りないようにすりすりと頬ずりをする。
「けれど公務が積み重なって」
「はい」
「ザーシャルに行っていた分と、今度またダスカスに出かける分と」
「はい」
「ガストは今度は同行しないから、その間の指示もしておかなくてはならないし」
「はい」
 まるで小さな子どもみたい。
 シャルンはくすりと笑う。
「陛下?」
「何?」
 優しい口調でレダンが覗き込む。
「何か欲しいものでもあるのか?」
「いえ」
「どこか行きたいところがあるのか?」
「いえ、あの」
「何かしたいことがあるのか?」
 わくわくと期待に瞳を輝かせてレダンは微笑む。シャルンが望めば、山も削り尽くそうという勢いだ。
「私、幸せです」
 レダンが呆けた。
「私、陛下とこうしていられて、とても幸せです」
「……」
「陛下?」
「……あ、ああ」
 薄赤くレダンが顔を染める。初々しく瞬きしながら、そっと顔を寄せてくれたから、目を閉じてキスを受け入れる。触れるだけのキスが少しずつ深くなる。口を開き、お互いの柔らかな部分に触れ合う。焦ったがるようにレダンが口から頬に、耳にキスを散らせ、また唇に戻ってきた。
「シャルン…」
 声が切なくひび割れる。
「シャルン、俺の」
 熱の籠った腕で抱きしめられる。弾む胸を合わせ互いの首を絡めるように抱きしめ合う。んー、と鼻声で唸ったレダンが、ほう、と息をついた。
「陛下?」
「……あなたは知らないんだろうな」
 低い声が背中に零れる。
「何を、ですか」
「時々あなたがすごく欲しくて、眠れなくなる」
「…っ」
 吹きかけられた息にぞくりと体が震えた。どんな顔で囁いているのか、きっと熱に潤んだ切ない表情で、そう思うとなお胸の中が甘くなる。このまま抱き折られてもいい、そんな切羽詰まった気持ちに煽られる。
「その一方で」
 レダンが囁き続ける。
「もうこれで十分だとも思うんだ」
 またそっと、頭に頬が摺り寄せられた。
「あなたが俺の腕の中にいるだけで、俺は何でもできる、どこへも行ける」
 この感覚はなんだろう。
「どんな怪物が来ようともあなたを渡さない。どんな災いが近づこうともあなたを手放さない」
「陛下」
 レダンが小さく震え、シャルンは顔を上げようとしたが、軽く掌で押さえられて動きを止めた。
「ザーシャルであなたを腕にした時、俺は初めて生まれてきた意味を理解した気がした」
 低く真面目な声だった。
「そんなことは、一度も思ったことがなかったのに」
 レダンの鼓動が速くなる、まるで一番最初の告白をしているかのように。
「どんな難しい問題も、どんな見事な成功も、俺にとっては掌の上のことで」
 淡々とした口調は、今まで聞いたことがなかった響きだ。
「15で即位してから、何も振り返らず走ってきたけど、どこにもとどまるつもりもなくて」
 ガストが聞いたら怒るだろうな。
 苦笑は一瞬、また元の口調に戻る。
「いつもどこか幻みたいで。たまたまここに居るだけのような気がしていたのだと、今なら、わかる」
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