『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

14.光の噴水(2)

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 いつの間に現れたのだろう。鮮やかな緑や青や紫の羽を飾り付けた装束、色とりどりの宝石を散りばめ、蔦を描き込んだ黒い仮面をつけた数人が周囲を取り囲んでいる。いや、ジリジリと人数が増えていく。
「卑怯なやり方で我らを追い込んだ恨み」
「忘れることなどできぬ」
 口々に吐き捨てる呪詛、荒々しい怒りが広がっていく。次々に抜き放つ剣はぎらぎらと光を弾き、間合いを詰めて来るが、目の前の女性2人は動じた様子もない。むしろ。
「もう少し時間を頂きたかったものですね」
 冷ややかな声が嘲笑した。
「街外れで叩きのめされただけでは足りませんでしたか」
 その声、その物言いは。
「…ガスト…?」
 応えることもなく、薄いピンクのドレス姿が走り出す。いつの間にか扇を畳み、まるでそれが得意の獲物でもあるかのように翻して、突っ込んで来た1人をあしらう。
「愚かで無粋」
 嘲笑が響いた。
「なんと嘆かわしい」
「ふざけるなあああ!」
「うおああああ!」
「大きければヤれるとか考えるなよ?」
 シャルンを庇った女性が、ドレスを巧みに翻して捌き、襲いかかってくる敵を軽くいなした。
「こちらにも好みというものがあるんだ」
 とんと軽くシャルンを突き放し、隙間に突っ込んだ相手を手刀一閃、それでも敵には十分すぎるほどの打撃だったのか、仮面の下からうめき声が響いて泡をこぼしながら倒れていく。
「せっかく愛しい女の晴れ姿に寄り添う楽しみまで捨てて、相手をしてやったものを」
 ドレスを翻し蹴り飛ばす。手にした仮面で相手の顔を張り倒し、軸が折れた仮面がくるくる回って空を飛び、噴水の中へ落ちていく。
「遠慮というものを知らないのか」
 冷酷にも聞こえる声にはまだまだ余裕がある。
「10年間は知恵を蓄えるにも不足だったようだな」
「お、前、は」
「しかもシャルンに手を出そうなんて、今度は無事で済むと思うなよ」
 ゲヒャだかギエだか表現に困る声を上げて、囲んだ男3人が吹き飛んだ。障壁が崩れて、女性と目が合う。ずれかけた仮面の奥の2つの瞳が暮れた空を思わせる色に見えてはっとした。
「こちらへ」
 女性の動きは軽やかだった。再び引き寄せたシャルンを背後に庇っているとは思えないほど、まるで背中合わせにダンスを踊るようにくるりくるりと身を翻し、襲って来た集団の数を見る見る減らしていく。
「…レダン……?」
 輝く金の髪は仮面の下から流れ落ちている。レダンなら艶のある黒髪のはず、声と振る舞いはレダンなのに、姿が全く別人で、シャルンは戸惑いながら相手の示すままに走る。どこへ向かうともわからない動きに細かく刻む足元はダンスのステップのよう、導かれて自分でも思わぬ軽さで地面の上を滑っていく。
 不思議。
 胸の中でさっきまで重かった声が楽しげに呟いた。
 こんなに軽やかに踊れるなんて。
「踊る…?」
 いや、確かにシャルンは戦闘に巻き込まれているのだ、けれど、そう思えぬほど鮮やかに華麗に、引かれた手に自分を委ねて駆けるのは、側で跳ね散る噴水の雫になったように自由で、胸がときめいた。
 残党、とはよく言ったものだ。時間にしても数瞬、容赦なく振られた剣が動きを奪い、ごろごろ転がった仲間に残った数人がうろたえた様子で遁走する。
「引け引けえっ」「覚えてろ!」
 投げ捨てることばさえお定まりのごとく。
「ちっ」
「追うな、めんどくさい」
 ピンクのドレスのガストが駆け抜けながらこちらを見やった。
「司法に引き渡して来ます。また邪魔されるのは困るでしょう」
「…ああ、そうだな」
 鬱陶しそうな声で同意した女性だったが、今の今まであれほど自由自在にシャルンを振り回していたくせに、するりと手を放してしまった。
 そのままシャルンに背中を向けて、なかなか背後を振り返らない。
「……陛下…?」
 あまりの沈黙の長さに、シャルンは声をかけた。
「陛下ですか?」
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