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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

14.光の噴水(1)

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 あたりは急に静かになった。
 聞こえるのは葉擦れと噴水の立てる微かな音だけ。
「……私…バカだったわ…」
 落ち着いて考えてみると、本当に際どい状況だった。あの男、異国の王子のような男が飛び込んできてくれなければ、シャルンはとんでもない約束をする羽目になっていたかも知れない。
 例えば、少しの間、レダンと冷却期間を置き、その間ザーシャルに留まる。
 例えば、サグワットとの過去について考え直し、新たな関係を結ぶ。
「こんな私だから…陛下もきっと…」
 呟くとまた涙が零れ落ちそうになる。
 ケダモノになりたい。
 ケダモノになって、望む通りに思うままに振る舞えれば、ひょっとするとレダンも興味を取り戻してくれるかも知れない。
 そこまで考えてはっとする。
「…そうかも知れない……陛下はもう…私に飽きてしまわれたのかも…」
 だから、こんな、夫婦が別の相手を見つけて楽しむような祭に参加することを了承したのか。
「もう…全て…遅いのかも…」
 さわさわと風が渡っていくのに唇を噛んだ時、ふと人の気配がした。
「…?」
 ルッカ達が消えた建物の影から、2人の女性がやってくる。
 1人は濃い紅と紫と紺藍のドレスに金髪をなびかせ、花々を溢れさせた籠を思わせる装飾、被り物は筒状の帽子に紫の羽と蔦が絡み、飛び立つ鳥を模した細工が載っている。もう1人はふわふわの白い毛皮を巻きつけた薄ピンクの衣装、幾重にもレースとベールを重ねた大きな帽子には宝石が煌めく。
 そのまま静々と側まで進んで来られ、シャルンは慌てて立ち上がった。
「どなたかとお待ち合わせでしょうか」
「…」
 金髪の女性は質問の意図を測りかねたように首を傾げる。
「私は、侍女に今しばらくここで待つようにと言われ…」
 言いかけてシャルンは口をつぐんだ。
 なんと頼りのない情けない内容だろう。
 祭一つも楽しむことができない子どものような姫だと訴えているようなものではないか。
 立ち竦んだシャルンにつ、と相手が動いた。
「あの、…?」
 紅と紫の女性がシャルンの隣に腰を下ろす。もう1人は背後に立ち、美しい羽扇を静かに動かしながら、どうやらこちらを見定めているようだ。2人とも一言も話さない。
 座った女性は白い仮面をつけていた。左目の下には涙を模した宝石が嵌め込まれ、長い睫毛を思わせる金細工が覆って瞳の部分はよく見えない。
「……あなたも悲しい思いをされているのですか…?」
 思わず知らず、尋ねていた。
 相手が驚いたように体を引いたのに、慌てる。
「いえ、申し訳ありません、失礼なことを申し上げました、見ず知らずの方ですのに」
「…」
 相手は少し首を振った。
 気にすることはない、そう囁かれた気がして、シャルンも小さく息を吐く。
「…私…」
 仮面と言うのは不思議なものだ、何を話しても夢幻の世界で終わる。
 さらさらと流れ落ちる水を眺めると、閉じ込めた心が開いた。
「…疲れてしまいました…」
「……」
 相手は促すよう、手にしていた棒に支えられたもう1枚の仮面をそっと自分の顔に当てた。二重の仮面に覆われて、相手の姿がより曖昧になる。重なった仮面の向こうから、温かな眼差しが届いた気がして、シャルンはそろそろとベンチに腰を降ろした。
「飾っても……偽っても…いないのに…」
 ことばがほろほろと零れ落ちる。
「本当の…姿というなら……このまま…ですのに…」
 また噴水を眺める。
 月に煌めき、灯火に輝いて、光が地下から吹き上がり、溢れているようだ。水音に飲まれるほどの微かな声で呟く。
「……このままの……私では………誰も…」
 胸が苦しくなった。
「誰も……望まないと……言われる…ようで…」
 レダンを望んでいると精一杯伝えたつもりだ。
 カースウェルに来て、本当に幸福だと話しているつもりだ。
 なのに、そんなはずはないと訴えられる。
 もっと、他に、あるだろう、と。
「伝え方が……未熟なの…ですね…きっと…」
 頑張っているのだが、足りない。
 いつまでも、どこまでも、足りない。
 けれど、それがシャルンそのものなのだから。
「私が……足りないのです……」
 ふいに手を握られて驚いた。
 思った以上に強い力、大きな掌、脳裏を来る前に聞かされたことばが飛び跳ねる。
 仮面は仮面、中身は男だか女だか、化け物なんだかわからない。
「あなたは…」
 ひやりとして立ち上がり、体を引きかけた次の瞬間、同じように立ち上がって外側の仮面を外した相手に逆に強く引き寄せられ、そのまま背中に庇われた。
「え」
 離れようとしたのを引き止められる。険しい気配に身を竦める、と。
「『バルゼボ』をご存知か?」
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