『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
66 / 216
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

13.異国の王子(2)

しおりを挟む
 人々が一斉に振り返る中、金色ののっぺりした仮面の、黒と金の衣装を重々しく身につけた男が腕を開き手を払う姿があった。
「ああ失礼」
 何事もなかったかのように床に砕け散った酒のグラスを示す。
「せっかくの豊穣の実りを損なってしまったようだ」
 促されて、急いで女官が片付けにかかる。
 男は新たなグラスの酒を一口飲むと、朗らかな口調で尋ねた。
「皆様はなぜ仮面をつけておいでかな」
 王を王とも思わぬ口調、からかうような響きにサグワットがムッとした顔で振り返る。
「そこにおられる御仁が、どうしても王として姫を追い詰めたいなら、私は守りの者一人付かない彼女に騎士として馳せ参じよう」
 黒衣を翻すとマントの内側には金銀の刺繍、よく見れば、衣装そのものにも黒糸金糸で隙間なく刺繍が施されており、金色の仮面の上には布で縫い上げられた花と王冠が飾られ、無数の宝石が輝いている。
 バルゼルの面だ、とひそやかな囁きが広がる。豊かな祭のために不心得者を罰する男神の面だ、と。
「さて、王妃よ」
 立ち竦むサグワットとシャルンの間に入った男は、背中にシャルンを庇いながら、芝居じみた声で言い放つ。
「滅多なことは申されないほうが良い、王たる者がどこに潜むかわからぬのだぞ? あやつはまことに神出鬼没、最愛の妻に愛想を尽かされかけていると聞きつけたなら、今夜にでもこの国に宣戦布告に及びかねんが?」
「陛下とお知り合い、なのですか」
「ああ、シャルン妃、そこを突っ込むんだ、いいねえ、とてもいい、こんな状況なのにね」
 一転して砕けた口調で返してくすくす笑った後、
「一体レダンはどうしてるんだ、こんな状況にあなたを放っておいて? これじゃあ愛想を尽かされても仕方ないだろう。ガストまで居ないってことは、盗賊団『バルゼボ』絡みかな?」
 いろいろと心得た口調で尋ねてくれた。
「わ、からないのです」
 シャルンは涙声になりそうなのを堪えた。
 レダンからすぐに合流できないとの使者が来たのはつい先ほどだ。それだけでも心配なのに、1人で公式の挨拶をしなくてはならなくなり、心細さが増すばかりだった。
「どうして陛下が来て下さらないのか」
 もし、この広間に居るのなら、なぜシャルンの窮状を見ているのか。
 それはひょっとして、試されているのか、王妃として。
「きっと、私が王妃としては」
「そんなことを思わせた時点で、夫失格だな」
 肩越しに言い捨てて、男は今度はサグワットに向き直る。
「賢明なる、懐深き、サグワット王よ? 今宵は『宵闇祭り』、美しい姫は愛情豊かに抱き上げてこそ正しい所作と心得る。ならば私がこの姫を攫っても異論はないな?」
 サグワットが苦しげに唇を噛み、
「祭りを、楽しまれよ」
 低く唸って背中を向けた。
「バルゼルとナルセルに抗う者はどこにもおらぬ」
 苦々しく吐き捨てながら玉座に戻る。その肩が少し落ちたようだ。
「では今宵のあなたの夫は、私だ」
「あっ」
 風に巻かれたような一瞬の後、シャルンは相手に強く手を引かれて広間を出た。

「あははは」
 相手はザーシャルの城をよく知っているようだった。入り組んだ城内を飛ぶように走り抜け、やがて誰も居ない噴水にシャルンを導いたかと思うと、腹を抱えて笑い転げる。
「見たかい? いやあ、久しぶりにすっとした! サグワットも計算ずくの割には詰めが甘いよなあ!」
「あの…」
「え? 気づいてなかったのかい? 嘘だろ、あそこまで容赦ないことやっておいて」
 戸惑うシャルンを振り返り、まあ座って、と懐から出した布を敷き、噴水横のベンチにシャルンを座らせる。
「サグワットはね、君を取り戻そうとしたんだよ」
「…え?」
 戸惑いながらシャルンはやり取りを思い出し、なおも首を傾げる。
「あの、私を?」
「よく調べてるじゃないか、可愛いもんだね。ああいうやり方をしたら、君が同情して引け目に思って交渉に持ち込めると思ったんだよ、ずるいな、大人はさ」
 ましてや、あんな場所で、自分はカースウェルの王妃にふさわしくないなんて公言したら。
「かわいそうだろ、レダンがさ」
「でも…」
 軽く詰られ、シャルンは俯く。視界を遮る羽に守られた気がして呟く。
「陛下は私をお望みではありません」
「なぜ」
「…」
「私にしてみれば、こんな諸国遠征までして回って、俺のものだと触れ歩いてて、必死さが痛いぐらいなんだが」
「それは招待状があったから」
「招待状がなぜ来たのかって考えなかったの?」
 相手は笑いを含んだまま、覗き込んで来た。金色の仮面の奥から緑の瞳が輝いて、シャルンを射抜く。不思議と怖いとは思わなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪女の代役ステラの逃走。〜逃げたいのに逃げられない!〜

朝比奈未涼
ファンタジー
リタ・ルードヴィング伯爵令嬢(18)の代役を務めるステラ(19)は契約満了の条件である、皇太子ロイ(20)との婚約式の夜、契約相手であるルードヴィング伯爵に裏切られ、命を狙われてしまう。助かる為に最終手段として用意していた〝時間を戻す魔法薬〟の試作品を飲んだステラ。しかし時間は戻らず、ステラは何故か12歳の姿になってしまう。 そんなステラを保護したのはリタと同じ学院に通い、リタと犬猿の仲でもある次期公爵ユリウス(18)だった。 命を狙われているステラは今すぐ帝国から逃げたいのだが、周りの人々に気に入られてしまい、逃げられない。 一方、ロイは婚約して以来どこか様子のおかしいリタを見て、自分が婚約したのは今目の前にいるリタではないと勘づく。 ユリウスもまたロイと同じように今のリタは自分の知っているリタではないと勘づき、2人は本物のリタ(ステラ)を探し始める。 逃げ出したいステラと、見つけ出したい、逃したくないユリウスとロイ。 悪女の代役ステラは無事に逃げ切り、生き延びることはできるのか? ***** 趣味全開好き勝手に書いております! ヤンデレ、執着、溺愛要素ありです! よろしくお願いします!

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...