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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
12.仮面をつければ(1)
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「カースウェルのケダモノ…」
「はい」
「陛下が、ですか」
「はぁい」
ベルルが大きく頷いた。
「私の両親も、医術に少し心得がありまして、陛下にご教示したこともございます」
「あの、けれどそのお話は、10年前のことですよね」
「はい」
邪気なく微笑むベルルにシャルンはもう一度確認する。
「陛下は確か」
「13歳でいらしたと」
ザーシャルへ向かう馬車の中、ベルルとルッカに同行されてシャルンは首を傾げる。
「もう、それはそれは『やんちゃ』でいらしたと」
ベルルはにこにこと話を続ける。側のルッカは微妙な顔だ。レダンの『ケダモノ』ぶりが、夜の話ではなく、実際に『暴れ王子』のやんちゃだとは知らなかったらしい。
2人の気配に気づかないのか知らぬふりなのか、ベルルは父母の思い出を懐かしむように頷く。
「知識技術の覚えもお早く、父母もすぐに教えることがなくなりました。すると今度は古書歴史書を読み漁り、書庫に入り浸り始められ、ようやく少し『やんちゃ』が収まったと安心したところで、当時、カースウェルとザーシャルを行き来し非道を繰り返していた盗賊団『バルゼボ』を、ちょうどいい腕試しとばかりにガスト様共々、見事壊滅されたと」
「壊滅…」
シャルンは瞬きする。
レダンはいつも穏やかで甘くて優しい。
盗賊団を壊滅などと、それもまだ13歳の子どもの時にしてのけるなどとはとても思えない。
「盗賊団はどれほどの規模だったのですか」
「腕に自慢の男達が20人ほど。他に捕らえられた女子どももおりました」
「同行されたのはガスト様だけなのですか」
ルッカが信じられないように繰り返す。
「はぁい、当時ガスト様が15歳、とお聞きいたしております」
「子ども2人で20人からの盗賊団を一夜で壊滅」
ルッカが厳しく眉を寄せる。
「油断なりませんね」
「陛下は」
シャルンは思わず不安になる。
「お怪我などされなかったのでしょうか」
「ええもちろん。盗賊団は誰1人無事では済まなかったそうですが」
身動き取れなくなった盗賊団にカースウェルは兵士を繰り出し、女子どもも無事に助けられたそうでございます。
「…そう」
緊張して話を聞いていたシャルンはほっと息をつき、また不安になった。
「お疲れですか、奥方様」
「いえ、ちょっと緊張してきました」
「無理もありません。陛下も急なご用事とは言え、ザーシャルで待つなどとはちょっといい加減すぎます」
ルッカが不快そうに唸る。
当初はレダンと共にザーシャルへ入る予定だったのだが、国務で身動き取れなくなったとのこと。訪問刻限に間に合わせるため、レダンと別々にザーシャルに入り、あちらで落ち合うことになっていた。そのため、元々はルッカ1人の付き添いだったのが、ベルルが同行することになったのは、
「本当にそなたがザーシャル出身でよかった」
ルッカの溜め息にまたもやベルルはにっこり笑う。
「父母がザーシャルの出で、私はカースウェル生まれですが、『宵闇祭り』のことは祖父母からの古い話として聞いたことがございますから」
もし同じように催されるとしたら、とベルルは指を折った。
「初めに仮面を選びます。城下の入り口付近にたくさんお店がございます。衣装に関しては、マーベルとイルラから色々託されておりますから、それを元に仮面に合わせて整えましょう。祭の最中は皆仮面を付ける決まりですから、ルッカ様も私も仮面を選び、衣装を整えます」
それはそれは、美しい見事な仮面がいっぱい並ぶことでしょう。
「どんな仮面を選んでもいいの?」
「はい、どのような仮面でも。男だから男の仮面をということはございません。男でも女の仮面を被り、女でも男装いたします。人でない仮面もございましょう」
「人でない仮面」
「はい、決まり文句ですが、『男がいいかい女がいいかい、それとも化け物がいいのかい?』と店のものが尋ねます。お好きなものをお選び下さい」
それから、と2本目の指を折り、
「城へ向かい、ザーシャル国王、サグワット王に謁見し、城中で仮面舞踏会となります。さすがに街中へお出かけ頂くことは難しいのですが、大道芸人も参ります。楽しんで頂けるであろうとのことです」
道中も長くお疲れでございましょうから、『花火』が催される頃には引き上げ、一夜お泊まり頂きます。
「『花火』?」
シャルンは瞬きしながら記憶を辿った。
「花の形に炎を燃やすのかしら。昔滞在した時にはなかったわ」
「古書に、製法とどのように楽しむのかも書かれていたとのことです」
「古書」
そう言えば、とシャルンは思い出す。
よほど王の怒りを買ったのか、ザーシャルからはなかなか帰してもらえなかった。城の奥まった一室に半分軟禁されたような状態で、サグワットとほとんど会うことはなかったけれど、護衛さえ付いていれば、書庫に入ることは許されていた。
ザーシャルの書庫は長い間誰も使っていなかったのだろう、埃も積もっていたが、興味深い書物が幾冊もあった。文字が読めないものも多かったが、今なお色鮮やかな鳥や花の図柄、古い建物や地図、儀式の進め方を表したと見える図式に飽きることはなかった。
では、シャルンが離れてから、サグワットもあの書庫に入ったのだろうか。そうして、同じように数々の書物を調べ、『宵闇祭り』を見つけ出し、『花火』とやらも探したのだろうか。
「よかった」
あの書物達も日の目を見れて嬉しいわよね。
「仮面の意匠も、古い書物に数百と残されていた図案から編み出されたそうでございますよ」
ルッカが楽しげに口を挟む。
「楽しみね」
仮面をつける。
そんなことはしたことがないし、数百も違う意匠の仮面なぞ想像がつかない。
いつかの広間で、数え切れないドレスが並んだ、あのような状態だろうか。
「奥方様、見えて参りました!」
ベルルが弾んだ声を上げる。城下への門が大きく開き、たくさんの人や馬車が押し合うように出入りしている。
「はい」
「陛下が、ですか」
「はぁい」
ベルルが大きく頷いた。
「私の両親も、医術に少し心得がありまして、陛下にご教示したこともございます」
「あの、けれどそのお話は、10年前のことですよね」
「はい」
邪気なく微笑むベルルにシャルンはもう一度確認する。
「陛下は確か」
「13歳でいらしたと」
ザーシャルへ向かう馬車の中、ベルルとルッカに同行されてシャルンは首を傾げる。
「もう、それはそれは『やんちゃ』でいらしたと」
ベルルはにこにこと話を続ける。側のルッカは微妙な顔だ。レダンの『ケダモノ』ぶりが、夜の話ではなく、実際に『暴れ王子』のやんちゃだとは知らなかったらしい。
2人の気配に気づかないのか知らぬふりなのか、ベルルは父母の思い出を懐かしむように頷く。
「知識技術の覚えもお早く、父母もすぐに教えることがなくなりました。すると今度は古書歴史書を読み漁り、書庫に入り浸り始められ、ようやく少し『やんちゃ』が収まったと安心したところで、当時、カースウェルとザーシャルを行き来し非道を繰り返していた盗賊団『バルゼボ』を、ちょうどいい腕試しとばかりにガスト様共々、見事壊滅されたと」
「壊滅…」
シャルンは瞬きする。
レダンはいつも穏やかで甘くて優しい。
盗賊団を壊滅などと、それもまだ13歳の子どもの時にしてのけるなどとはとても思えない。
「盗賊団はどれほどの規模だったのですか」
「腕に自慢の男達が20人ほど。他に捕らえられた女子どももおりました」
「同行されたのはガスト様だけなのですか」
ルッカが信じられないように繰り返す。
「はぁい、当時ガスト様が15歳、とお聞きいたしております」
「子ども2人で20人からの盗賊団を一夜で壊滅」
ルッカが厳しく眉を寄せる。
「油断なりませんね」
「陛下は」
シャルンは思わず不安になる。
「お怪我などされなかったのでしょうか」
「ええもちろん。盗賊団は誰1人無事では済まなかったそうですが」
身動き取れなくなった盗賊団にカースウェルは兵士を繰り出し、女子どもも無事に助けられたそうでございます。
「…そう」
緊張して話を聞いていたシャルンはほっと息をつき、また不安になった。
「お疲れですか、奥方様」
「いえ、ちょっと緊張してきました」
「無理もありません。陛下も急なご用事とは言え、ザーシャルで待つなどとはちょっといい加減すぎます」
ルッカが不快そうに唸る。
当初はレダンと共にザーシャルへ入る予定だったのだが、国務で身動き取れなくなったとのこと。訪問刻限に間に合わせるため、レダンと別々にザーシャルに入り、あちらで落ち合うことになっていた。そのため、元々はルッカ1人の付き添いだったのが、ベルルが同行することになったのは、
「本当にそなたがザーシャル出身でよかった」
ルッカの溜め息にまたもやベルルはにっこり笑う。
「父母がザーシャルの出で、私はカースウェル生まれですが、『宵闇祭り』のことは祖父母からの古い話として聞いたことがございますから」
もし同じように催されるとしたら、とベルルは指を折った。
「初めに仮面を選びます。城下の入り口付近にたくさんお店がございます。衣装に関しては、マーベルとイルラから色々託されておりますから、それを元に仮面に合わせて整えましょう。祭の最中は皆仮面を付ける決まりですから、ルッカ様も私も仮面を選び、衣装を整えます」
それはそれは、美しい見事な仮面がいっぱい並ぶことでしょう。
「どんな仮面を選んでもいいの?」
「はい、どのような仮面でも。男だから男の仮面をということはございません。男でも女の仮面を被り、女でも男装いたします。人でない仮面もございましょう」
「人でない仮面」
「はい、決まり文句ですが、『男がいいかい女がいいかい、それとも化け物がいいのかい?』と店のものが尋ねます。お好きなものをお選び下さい」
それから、と2本目の指を折り、
「城へ向かい、ザーシャル国王、サグワット王に謁見し、城中で仮面舞踏会となります。さすがに街中へお出かけ頂くことは難しいのですが、大道芸人も参ります。楽しんで頂けるであろうとのことです」
道中も長くお疲れでございましょうから、『花火』が催される頃には引き上げ、一夜お泊まり頂きます。
「『花火』?」
シャルンは瞬きしながら記憶を辿った。
「花の形に炎を燃やすのかしら。昔滞在した時にはなかったわ」
「古書に、製法とどのように楽しむのかも書かれていたとのことです」
「古書」
そう言えば、とシャルンは思い出す。
よほど王の怒りを買ったのか、ザーシャルからはなかなか帰してもらえなかった。城の奥まった一室に半分軟禁されたような状態で、サグワットとほとんど会うことはなかったけれど、護衛さえ付いていれば、書庫に入ることは許されていた。
ザーシャルの書庫は長い間誰も使っていなかったのだろう、埃も積もっていたが、興味深い書物が幾冊もあった。文字が読めないものも多かったが、今なお色鮮やかな鳥や花の図柄、古い建物や地図、儀式の進め方を表したと見える図式に飽きることはなかった。
では、シャルンが離れてから、サグワットもあの書庫に入ったのだろうか。そうして、同じように数々の書物を調べ、『宵闇祭り』を見つけ出し、『花火』とやらも探したのだろうか。
「よかった」
あの書物達も日の目を見れて嬉しいわよね。
「仮面の意匠も、古い書物に数百と残されていた図案から編み出されたそうでございますよ」
ルッカが楽しげに口を挟む。
「楽しみね」
仮面をつける。
そんなことはしたことがないし、数百も違う意匠の仮面なぞ想像がつかない。
いつかの広間で、数え切れないドレスが並んだ、あのような状態だろうか。
「奥方様、見えて参りました!」
ベルルが弾んだ声を上げる。城下への門が大きく開き、たくさんの人や馬車が押し合うように出入りしている。
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