上 下
60 / 216
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

11.噂の少年(1)

しおりを挟む
 ザーシャルの城下は浮き立っていた。
 『宵闇祭り』をよほど腰を入れて行うつもりなのか、国境警備も簡単に装備と出身国を確認されただけで通れたし、城下に入る時の検問もないに等しい。締め付けを緩めて多くの者の出入りを許し、盛大なものにしようと言うのだろう。
 入り口近くの広場では、所狭しと詰まった屋台店が仮面をずらりと並べている。金銀に輝き細い鎖と宝石を垂らした豪勢なものもあれば、ふさふさとした毛皮や柔らかな羽毛を貼り付けたもの、色とりどりの彩色を施したもの、華やかなリボンや飾り紐をなびかせたもの、細かな刻印と彫りを入れたもの、人の顔だけでなく、獣の面もあれば異形の面もある。
「男がいいかい、女がいいかい、それとも化け物がいいのかい?」
 屋台の店主は既に黒色のネズミの仮面を目元につけており、ひょいひょいと手を動かして客を誘いながら仮面を売りさばいている。
「賑やかだな」
「懐かしいですね」
 ガストが応じてレダンが振り返ると、珍しく目を細めて屋台店を眺めていた。
 何を思い出しているかはすぐにわかる。
「もう10年になるか」
「はい」
「あの頃にこんな祭りがあったら、もっと遊べたのにな」
「十分『遊んだ』じゃありませんか」
 一瞬咎める顔になったガストにくすりと笑う。
「違いない」
「しかし、よく参加する気になりましたね」
「ん?」
「『宵闇祭り』。ご存知ないわけじゃないでしょう」
「ああ、無礼講の夜遊び、な」
「奥方を放っておかれるおつもりですか」
「……シャルンはさ」
 レダンは空を見上げる。
 カースウェルよりもやや薄い水色の空。雲の形も厚みも高さも違う。風も違う。花よりも埃や土の匂いが強い空気。肌に触れ、髪で感じ、目を閉じてさえわかる異国の気配。それらを味わって、もう一度目を開く。
「外を知らないんだよな」
「4回、諸国に嫁がれてますよね?」
「ガスト」
 空を見上げたまま、レダンは自分を見つめる視線を感じて苦笑する。
「拒まれるってわかりながら嫁ぐ気持ちに、空を見上げる余裕なんてあると思うか?」
「…」
「この先どうなるんだろうって考えても考えても、一人とぼとぼ歩く姿しか想像できない毎日に、何か目に入ってくると思うか?」
 父を亡くし、不安定な情勢に傾く国に、母一人が王位を背負う。時にレダンは10歳。王子としての教育も訓練も受けてはいたが、習い覚えた知識や技術がまだまだ現実に太刀打ちできないのは、あまりにも明らかで。
「俺にはお前がいた」
 レダンは感謝を込めて呟く。
 照れ臭さはあるが、真実そうだ。
「けれど、シャルンには誰も居なかった。国の命運をあの両肩で支えろと命じられるばっかりで」
 シャルンと話をしていてレダンは気がついた。
「シャルンはカースウェル以外に4回、国外に出ているのに、楽しい思い出が1つもないんだ」
 面白かったこと嬉しかったこと喜んだこと。
 そういうことをレダンはシャルンから聞きたかった。
 どんなものを好み、どんなことを楽しみ、どんな時に喜ぶのか。
 それを全て応じてやりたいと思ったのに。
「今までどんなことが楽しかったかって聞くと、シャルンは言うんだ、食事が毎日3度もありました、どれも食べきれないほどでした」
「っ」
「暖かな部屋でした、寒い思い一つしなくて、風も吹き込んできませんでした」
「…」
「窓から綺麗な景色が見えました、よく晴れた日には遠くまで見渡せて、あそこに何があるんだろうと考えるのが楽しゅうございました」
「……」
「風雨に怯えることもなく、朝までぐっすり眠れました」
「…………」
「今ならさ、俺と暮らすカースウェルの城の日々が、もう十分に楽しいって言うんだ」
 そんなの、おかしいだろう。
 レダンは吐き捨てる。
「ただの、平凡な、毎日だぞ? それで十分だなんて、じゃあ俺は何をしてやったらいいんだ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...