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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
8.茜色の要塞(3)
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「ガストを連れてくればよかった」
思わずレダンは一人ごちた。
ガストならば、この沸詰まったレダンを嘲笑って、山ほどの仕事に突き落とし、さっさと頭を冷やしてくださいと冷水をかけてくれるだろう。
声が聞こえたのか、シャルンがちらりと振り向く。
今沈み込もうとする夕陽が弾かれ、瞳は虹色に輝いて見えた。
自分一人がうっとり見つめたかったのに、バックルも同じようにシャルンを眺めていて、それで少し冷静になった。
この城は素晴らしい。
作りもそうだが、配置もなかなか油断ならない。
確かにダフラムに対抗するための城だろうが、背後にわざわざカースウェルと、おそらくは遠くハイオルトを背負い、連合軍を仄めかせる。
シャルンへの敬意や破格とも言えるもてなしも、いざとなればカースウェルとミディルン鉱石を抱えたハイオルトを巻き込もうと言う算段だろう。言わば、武器の補給庫としてハイオルトを、兵士の補給先としてカースウェル・ハイオルト連合軍を考えている。
ラルハイドが攻め落とされれば、残る2国も無事では済まない、だからこそあえて掻き立てない火種を、バックルは掻き立てようと考えている。
最終的にはバックルの一人勝ちだ。
しかも、相変わらずシャルンを矢面に立てようとするのが透けて見えている。
美しい光景を見せ、忠実な兵士に出迎えさせ、見事に仕上がった城と支配力を見せつけ、カースウェルにも要求してくる、奥方をこれほど高く評価する国を、味方につけて損はなかろう、と。
凝視に振り向いたバックルが黒い瞳で親しげに笑いかけるのに、レダンも満面の笑みを返す。いかにも妻を歓迎してもらって喜んでいる夫、の顔で。
「冷えてきました、戻りましょう」
バックルが声をかけてシャルンを連れ戻してきた。
「お部屋にご案内いたします。今夜はそちらでお泊まりください」
「今夜……陛下とですか」
おい、なんだその確認は。
また自分の顔から表情がなくなるのを自覚する。
いい加減にしろと自分で自分を詰っても、十代の子どものような顔に戻ってしまう。
「はい、ご一緒にお過ごしください」
バックルはこれしたりと笑みほころぶ。
「カースウェルの後ろ盾には、ラルハイドが居るとご安心いただければ」
レダンとシャルンのギクシャクした感じをわかっているのかいないのか、素知らぬ顔で付け加える。
自分本位の武闘派が、これほど下手に出るには、よほどの忍耐が必要だっただろう。となると、昼間軍を見せつけたのは、多少なりとも、シャルンの中で、レダンより自分の評価をあげて溜飲を下げたかったのか。
ただ、それだけではないだろうな、と思いながら、レダンは二人の背後に付き添った。
昼間、拝跪した兵士達の前で、シャルンには息を呑むような威厳があった。側に控え、その騎士として存在することが誇らしくなる姿だった。
王たる者の務めを理解し果たそうとする姿。
儚くもろげなその細身のうちに、シャルンは確かに主の品格を備えている。
ならば、俺は彼女にふさわしき伴侶であるか。
思わず自分で尋ねていた。
今もシャルンを導くバックルの後ろ姿には、以前になかったうやうやしさがある。貴重な存在を迎えているという気配がある。
もしこの砦に居る間に、シャルンに何かあるならば、バックルは処罰に容赦を加えないだろう。
軍旗翻し、見事に足並み揃えて鎧兜を煌めかせた自軍に、シャルンの感嘆の目が注がれていたのを、バックルが密かに喜んでいたのを知っている。
そして、こうも思ったのでないか?
この砦にこそ、シャルン妃はふさわしい、と。
「そうはさせるか」
レダンは臨戦態勢に入る。
思わずレダンは一人ごちた。
ガストならば、この沸詰まったレダンを嘲笑って、山ほどの仕事に突き落とし、さっさと頭を冷やしてくださいと冷水をかけてくれるだろう。
声が聞こえたのか、シャルンがちらりと振り向く。
今沈み込もうとする夕陽が弾かれ、瞳は虹色に輝いて見えた。
自分一人がうっとり見つめたかったのに、バックルも同じようにシャルンを眺めていて、それで少し冷静になった。
この城は素晴らしい。
作りもそうだが、配置もなかなか油断ならない。
確かにダフラムに対抗するための城だろうが、背後にわざわざカースウェルと、おそらくは遠くハイオルトを背負い、連合軍を仄めかせる。
シャルンへの敬意や破格とも言えるもてなしも、いざとなればカースウェルとミディルン鉱石を抱えたハイオルトを巻き込もうと言う算段だろう。言わば、武器の補給庫としてハイオルトを、兵士の補給先としてカースウェル・ハイオルト連合軍を考えている。
ラルハイドが攻め落とされれば、残る2国も無事では済まない、だからこそあえて掻き立てない火種を、バックルは掻き立てようと考えている。
最終的にはバックルの一人勝ちだ。
しかも、相変わらずシャルンを矢面に立てようとするのが透けて見えている。
美しい光景を見せ、忠実な兵士に出迎えさせ、見事に仕上がった城と支配力を見せつけ、カースウェルにも要求してくる、奥方をこれほど高く評価する国を、味方につけて損はなかろう、と。
凝視に振り向いたバックルが黒い瞳で親しげに笑いかけるのに、レダンも満面の笑みを返す。いかにも妻を歓迎してもらって喜んでいる夫、の顔で。
「冷えてきました、戻りましょう」
バックルが声をかけてシャルンを連れ戻してきた。
「お部屋にご案内いたします。今夜はそちらでお泊まりください」
「今夜……陛下とですか」
おい、なんだその確認は。
また自分の顔から表情がなくなるのを自覚する。
いい加減にしろと自分で自分を詰っても、十代の子どものような顔に戻ってしまう。
「はい、ご一緒にお過ごしください」
バックルはこれしたりと笑みほころぶ。
「カースウェルの後ろ盾には、ラルハイドが居るとご安心いただければ」
レダンとシャルンのギクシャクした感じをわかっているのかいないのか、素知らぬ顔で付け加える。
自分本位の武闘派が、これほど下手に出るには、よほどの忍耐が必要だっただろう。となると、昼間軍を見せつけたのは、多少なりとも、シャルンの中で、レダンより自分の評価をあげて溜飲を下げたかったのか。
ただ、それだけではないだろうな、と思いながら、レダンは二人の背後に付き添った。
昼間、拝跪した兵士達の前で、シャルンには息を呑むような威厳があった。側に控え、その騎士として存在することが誇らしくなる姿だった。
王たる者の務めを理解し果たそうとする姿。
儚くもろげなその細身のうちに、シャルンは確かに主の品格を備えている。
ならば、俺は彼女にふさわしき伴侶であるか。
思わず自分で尋ねていた。
今もシャルンを導くバックルの後ろ姿には、以前になかったうやうやしさがある。貴重な存在を迎えているという気配がある。
もしこの砦に居る間に、シャルンに何かあるならば、バックルは処罰に容赦を加えないだろう。
軍旗翻し、見事に足並み揃えて鎧兜を煌めかせた自軍に、シャルンの感嘆の目が注がれていたのを、バックルが密かに喜んでいたのを知っている。
そして、こうも思ったのでないか?
この砦にこそ、シャルン妃はふさわしい、と。
「そうはさせるか」
レダンは臨戦態勢に入る。
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