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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

6.発熱(3)

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「で、でも」
 今夜はその、陛下が風邪でお辛くてお休みになっているわけだし。
「ですからそれも、ひょっとするとひょっと致しますから」
「い、医師も先ほど帰ったばかりですし!」
「姫様…」
 ルッカが改まったように姿勢を正した。
「よろしゅうございますか」
「は、はい」
 思わずシャルンもベッドの上に座り直す。
「姫様は、カースウェルのお妃であらせられます」
「はい、それはもちろん」
「では、お妃様の一番大事なお仕事とはなんでしょう」
「それはその」
 シャルンは必死に考えを巡らせた。
 破談になってばかりいたので、婚儀が整った後のことなど熟考したことがない。この1ヶ月はそれを考えなくてはならなかったのだと思い至って赤面する。
「ルッカ、私、おろそかでした」
「そう、そうですよ、姫様!」
 ほっとしたようにルッカが頷く。
「私、陛下のためにこの身を捧げなくてはなりませんでした」
「その通りでございます、姫様」
「そのために、ステルン王国を訪問するまでにも努力するべきでした」
「はい、姫様」
 大きく頷いてくれるルッカに情けなくて涙が出そうになる。
「私、頑張ります、ルッカ」
「はい、是非、この媚薬をお役立てください!」
「頑張って、もっとカースウェルの国策を学びますね!」
 シャルンが誇らしく言い放った次の瞬間、違和感に二人とも固まった。
「媚薬?」
「カースウェルの国策?」
 お互いをまじまじと眺めて、もう一度。
「媚薬ってあの、夜のために使うお薬ですか?」
「国策ってあの、王が民を治めるための方法ですか?」
 シャルンは手から小瓶を落としそうになり、ルッカはどんよりとした顔になる。
「姫様……あまりといえばあんまりな…」
「ルッカ……私、これから一体何をしようとしているのでしょうか」
 深く深く、大海の底よりも深い溜め息を二人とも俯く。
 やがて、ルッカが踏ん切りをつけたように顔を上げた。
「…わかりました、姫様」
「…はい」
「今夜は小瓶はなしにしましょう」
「はい、なしにしましょう」
 シャルンも大きく頷いて、小瓶をルッカに返そうとしたが。
「いえ、これはどうぞ、お持ちください」
「けれど、ルッカ」
 きっと私、うまく扱えません。
「…では、そのまま陛下にお渡しください」
「陛下に…」
「侍女がこんなものをくれました、私には使い方がわかりません、とおっしゃれば十分です」
 ええ、十分なはずですよ陛下も立派な男ですからね、そうでなけりゃカースウェルのケダモノの名が泣きますよほんとに。
「カースウェルの、ケダモノ?」
「あっと」
 ルッカが慌てた顔で口を塞ぎ、そそくさと一礼してお休みなさいませ、と部屋を去って行く。
「……カースウェルの、ケダモノ」
 またもや取り残されたシャルンは、聞き慣れないことばを口の中に含んでみた。
「陛下が…? …あ」
 蘇ったのは谷の夜、胸に静かに置かれた掌の大きさと熱さ。まるで今そこに手を置かれているように体が熱くなって、シャルンはうろたえ、急いで小瓶を枕元の小机に置き、ベッドの中に潜り込んだ。
「ケダモノの、陛下…」
 閉じた視界に過ぎるステルン王国宮殿でのレダンの唇、赤く色づいて濡れていた輝き、その唇が小瓶を含み、中身を滲ませながらシャルンの口に押し付けてくる。
『シャルン』
 ああ……だめ。
 そんなことをされたら拒めない。
「……熱が……出てきたかも…しれない…」
 弾む息を掌に吐き出し握り込みながら、シャルンは強く目を閉じた。
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