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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

6.発熱(1)

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「では……しばらくお休みになってください」
「ああ」
 医師が静かに立ち去った後、ベッドに寝そべったレダンは入れ替わりにやってきた姿に苦笑した。
「風邪らしい」
「驚きました、最近の風邪は根性があるんですね」
 ガストがさもびっくりしたという顔を向ける。
「労ろうという気にはならないのか?」
「役割が違いますからね」
 頷いて周囲を見回し、
「奥方様は?」
「部屋に控えさせている」
 俺と同じ馬車で帰ったし、彼女もひょっとしたら熱を出すかもしれないし。
 言い訳がましいと思いながら呟く。呟くそばから、側にいない温もりにじん、と体が痺れて辛い。
「…いいんですか?」
 ガストの問いの意味はわかった。
「…向こうも一人で考えたいんじゃないか?」
 何を、とかなぜ、と問われたら返答に困るところだったが、幼い頃からの忠臣は無粋な質問を返さなかった。
「……随分弱気ですね」
「風邪だからな」
「風邪ですからね」
 頷き返しつつ、ガストは動かない。
「何があったんですか?」
 さっくり問題の中心を突いてくる。
 昔からそうだった。

『何をされているんですか』
 父王の葬儀の後、即座に立った女王に周囲の不審の念は渦巻いていた。心ない者や他国からのそれとない打診が問う、本当に病死であったのか、穏やかな死であったのか、それとも……すぐさま対応に出た『決断に優れた』王妃自身によるものなのか。
『父上が亡くなられた』
 庭の隅で座り込んでいたレダンを覗き込んだ年上の少年は、慰めてくれるかと思いきや、素っ気なく言い放った。
『ああそうですか。でも、親が先に死ぬのは当たり前じゃないですか』
 驚いて見上げた顔は静かだった。憐れみも疑いもないまっすぐな黒い瞳。
『そう、なのか』
『そうですよ』
 私の親は私がとおの時にはいませんでした。
 とお、が10歳だと知ったのは後からだ。
 とおの昔にいなくなった、そう聞き取って、それでも揺らがぬ表情に興味を持った。
『名はなんと言う?』
『本日からあなたのお世話を致します。ガスト・イルバルディです。ガストとお呼びください』
 立ち上がり、導かれるように歩き出した、遠い日の記憶。

「……不思議な話だ」
 ガストはどんな話を聞いてもレダンのことばを疑わない。
「ギースがシャルンを破談した理由が、お前が調べてきた内容と違っていた」
「閨に呼びつけたら下着姿で犬の鳴き真似をしたから、ではなく?」
 自分の情報を否定されても激昂などしない。淡々と事実を確認する。だから安心してレダンは自分の抱える問題に向き合える。
 吐息を一つ、レダンはシャルンの話を思い出しながら会話を続けた。
「体調不良で薬を飲んで腹を壊してたんだそうだ。シャルンを呼びつけたものの応じられなくて、自分にシャルンの夫の資格がないと考えて断ったってことになってる」
「情報の混乱か、作られた噂だったのか、それともステルン王があなたの前で面子を保ったのか」
「…シャルンは犬の鳴き真似をしたと言ってる。お前の調べた内容通りだ」
「じゃあ、ステルン王が嘘をついただけじゃありませんか」
 あまりにも子どもじみた話なので、あなたの前で認めるわけにはいかなかったのでしょう。
 思った通り、ガストはさらりと流した。
「…そうじゃなさそうなんだよなあ…」
 レダンは熱っぽい額に手を当てて眉を寄せる。
「何か、妙なことが起こって、シャルンの覚えていた過去と違った出来事になっていて、それでシャルンが困惑してる」
「ああ、それであなたも知恵熱ですか」
「いや…こいつの理由はわかってるさ」
 レダンは溜め息をつく。
「問題は過去と違ってることじゃなくて、その妙なことのおかげで、ギースがシャルンに敬愛を示したってとこだ」
「…敬愛…」
「そうなんだ、一国の主がシャルンに跪いた」
 ガストがくっきりと眉を寄せた。
「…圧倒的にあなたが不利ですね」
「そこを突っ込むか」
「正直なところ、ステルン王の方があなたより女性受けはすると思いますね」
「……だよなあ…」
 レダンは目を閉じ、ぐらぐら揺れる視界を堪える。
「ギースがシャルンに跪いた時、心底体が寒かったぞ。彼女を失うと思った、それだけじゃない、彼女なしのこれからを考えたら、一瞬動けなくなった」
 本当なら、無礼者だとギースを罵って蹴りつけてやっても良かったはずなんだ、大事な妻に口づけされてるんだから。
「ドレスですけどね」
「ドレスだけどな」
「なのに、俺は動けなかった」
「ははあ」
 ガストが眉を開いて頷く。
「なるほど、読めました」
「読むな」
「これから訪れる国々の王が、ステルン王同様に奥方様に傅いたらどうしようと考えたんですね?」
 レダンは黙り込む。
「どうしたんです、いつもの大海も飲み干すような自信は」
「…なあ、ガスト」
「そういう時はさっさと薬を飲んでお休みください」
「……シャルンは、俺のどこが好きなんだろう?」
「…知恵熱ですね、つまりは」
 ガストは呆れ果てながら背中を向ける。
「繰り返しますが、シャルン妃はあなたの奥方です。わけのわからないことを悩んでるぐらいなら、さっさとベッドに連れ込んで、風邪でもなんでも移しておしまいなさい」
 平然と離れて部屋を出て行く。ばたりと閉まった扉の向こうを横目でみやり、レダンは悩ましく息を吐く。
「それができれば苦労なんてしてねえんだって」
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