『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
42 / 216
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

5.小さな王子(4)

しおりを挟む
「……そんな話が」
「あるわけは、ありません……よね…」
 ステルン王国からの帰りの馬車で、シャルンは沈み込んでいる。
 何が何だかわからなかった。
 広間に戻ってみれば、ギースは友好的な態度でシャルン達をもてなし、女官長カルミラも甲斐甲斐しく宴を仕切り、ギースから、通常なら男性が取り仕切る様々な準備も全てカルミラがやってのけていると、惚気にも近い褒めことばを聞かされた。
 あまつさえ、シャルンとの婚儀を断ったのは、体調不良のため呑んだ薬が体に合わず胃腸を壊しており、シャルンを床から下がらせて不愉快な思いをさせたから、自分にはその資格がなかったのだと考えたためだと説明され、ますます混乱した。
 様子がおかしいことに気づいたレダンが帰る道すがら事情を聞いてくれ、何とか話をしたものの、何が真実か信じられなくなって、シャルンは泣き出しそうになっている。
「シャルン」
「…はい……んっ」
 ふいに顔を掬い上げられ口づけられて、シャルンは驚いた。
「俺は不愉快なんだが」
「は、い」
 ああ、やっぱり。
 シャルンは滲みそうになる涙を必死に飲み下す。
 やっぱり、私は、好かれる術など知らないんだ。
「今の話だと、あなたは一度はギースにひどい扱いを受けて破談にされた。そうだね?」
「はい、でも」
 口を噤んだ。
 まるで悪い夢だったとでも言われたように、そんな辛い過去も始めからなかったように現実がすぎて行く。
「でも、私は」
 ふ、とそっくりな感覚が蘇った。
 レダンと正式に結婚して、甘やかで優しい日々が続いているけど、どこかでずっと怯えていた。
 これは夢なのではないかしら。
 こんな優しい暮らしなんて、あるわけがないのではないかしら。
 私は今も、目が覚めたらハイオルトの寝室で一人、身支度をして父の元へ行って、新たに申し込まれた求婚の話を聴きながら、どうして好かれることがないのだろう、どうして嫌われるしかないのだろう、と胸を詰まらせているのではないのかしら。
「今の話で一番不愉快なのはね、シャルン」
 そうっとレダンが震えるシャルンを引き寄せてくれた。揺れる馬車の中、膝に抱き上げ、抱きしめてくれながら、
「あなたがずっと嫌われるために頑張ってきて、なのにようやく愛されるようになってもまだ、嫌われた記憶を大事に残そうとしていることだよ」
「でも……でも…私」
 見る見る溢れた涙に両手で顔を覆う。
「私…頑張って…頑張って嫌われて…きました…っ」
「…うん…」
「本当は……嫌われたく…なかったのに…っ」
「うん…」
 そうっとレダンが労わるように髪に口づけてくれる。
「…何も…なかったなら…」
 溢れだしたことばは止まらなかった。
「頑張った私は……っ……どこに行っちゃうんでしょう…っ」
「……うん」
「……犬に……噛まれた………ギースが……いなくなったみたいに……」
 痛かったり悲しかったり辛かったりしたのに、どこにも姿がなくなって、
「……幸せだけが…残っちゃって……」
「シャルン」
 レダンが強く抱きしめた。
「…なくなっていない…全部、あなたの中にある」
 そうでなければ。
「あなたが俺の腕の中にいるわけがない」
「レダン……」
「そうだろう?」
 低い笑い声が切なそうに響く。
「俺と出会わない運命を選ばないでくれ、シャルン」
 時のいたずらか何かが起こって、ギースはあなたを敬うようになっているけれど、俺が思うに、その変化も込みで。
「あなたは俺とここにいる」
「……はい」
「そういうのもあり、にしてくれ、シャルン」
 レダンが腕に力を込める。
「でなければ」
 さっきギースに跪かれたあなたにぞっとした俺が、可哀想過ぎるだろう?
 続いたことばが、ひどくいじけた子どもの声に聞こえて、シャルンはようやく、少し笑った。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】領地に行くと言って出掛けた夫が帰って来ません。〜愛人と失踪した様です〜

山葵
恋愛
政略結婚で結婚した夫は、式を挙げた3日後に「領地に視察に行ってくる」と言って出掛けて行った。 いつ帰るのかも告げずに出掛ける夫を私は見送った。 まさかそれが夫の姿を見る最後になるとは夢にも思わずに…。

処理中です...