上 下
27 / 216
第1話 出戻り姫と腹黒王

9.白の婚礼(1)

しおりを挟む
「花を撒け!」
 カースウェルの城へ続く道に臣下の声が呼び交わされる。
「花を撒け!」
「婚儀であるぞ、花を撒け!」
 国中が沸き立ち、この数日で全ての花畑が丸坊主にされかねない勢いで刈り取られ、冷たい水が滴る氷室で保存されていた何十もの籠が引き出されてくる。
「おめでたいねえ!」
「ありがたいねえ!」
 大小様々の籠を抱え、中身を王と王妃が通る道に敷き詰めながら、カースウェルの国民は心を踊らせている。
「ついにレダン王も落ち着かれるねえ!」
「放っておくと、どこかへ旅立ってしまいそうなお方だから!」
 アグランシアの治世から、やんちゃな王子で通っていた。
 下町に入り浸り、下々の者に優しいとは聞こえがいいが、その実、喧嘩騒ぎや揉め事に首を突っ込んでは派手な立ち回りも辞さない、時には悪徳を重ねる商人を気まぐれに吊るし上げて見たりと、話題に事欠かないのは国外には知らされていなかったが。
「聞いたかい、あの王がひれ伏して情けを請うたらしい」
「いや、嫌だ嫌だと頷かないのを父親に無体を仕掛けて奪ってきたらしい」
「そうじゃないだろう、諸国を戦乱に巻き込むと脅して、姫に無理を聞かせたらしいぞ」
 花は白い花以外の何でも良く、地面を覆った上から上から重ねて撒かれる。
「違う違う!」
 籠に残った最後の花を撒き終わった男は、訳知り顔で豪語する。
「俺はこの耳で聞いたんだけどよ、何とあのガスト様まで生涯お仕えしますと誓ったんだそうだ!」

「…だそうだぞ」
「た、大変なことに……」
 離宮の一室で婚儀の準備の様子を聞かされて、シャルンは小刻みに震え出す。
「ほとんど誤解じゃありませんか!」
「そうか? 意外に真実だよな?」
「いい加減なことをおっしゃらないでください」
 白の礼服、髪をまとめるリボンも白、房飾りもマントも白、違う色は瞳と髪の色だけになったレダンが楽しそうに笑うのに、ガストがむっつりと眉を寄せる。ガストもレダンよりは地味な衣装ではあるものの、付き添いとして白づくめの装束だ。
「そうですよ、ガスト様がお仕えするのは、陛下のみですのに!」
「……それはちょっと…」
 シャルンの憤慨にガストは妙な顔で視線を外らせた。
「まあいろいろ考えてみると、それはそれで必要かもしれないと思ったりもするわけですが…」
「シャルンの手が届く範囲には近づくなよ」
 レダンが唸った。
「そんなことになってみろ、俺は一切仕事をしないからな」
「御忠告いたしますが、それをシャルン姫に近づく全ての男に言って回られるのはおやめください。それこそ仕事になりません」
 そこまでおっしゃるなら、奥宮でも作って囲い込まれてはいかがですか。
「あの、それは困ります」
 シャルンは慌てて口を挟んだ。
「私は陛下のお側に居たいのですし、陛下にはお仕事を続けて頂きたいのです」
「ほらな」
 二つの願いを叶えるなら、警告をし続ければいいわけだろう。
 したり顔に言い放つレダンに、ガストが頭を抱える。
「けれど、陛下」
「何だ、シャルン」
「私もまた、国々を巡視なさる時にご一緒して、皆がどのように暮らしているのか、直接に話を聞いてみとうございます」
「む」
「精一杯頑張って声を出しますが、やはり近づいて頂かないと聞こえない場合も多いのでは…」
「……わかった」
 ふう、とレダンはむくれ顔を消した。
「ならばこうしよう。私はシャルンの背後に立ち、不愉快なことがあれば制することにする。それならシャルンも自由に話ができるだろう」
「最終兵器に睨みつけられながら好き放題に話ができる人間が、どれぐらい居ますかねえ」
 ガストは大きく溜め息をついた。
「まあ譲歩しましょう。そろそろ時間ですよ」
「そうだな、では、シャルン」
「はい」
 立ち上がるレダンをシャルンは微笑みながら見上げる。
「お迎えをお待ちしております」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...