25 / 216
第1話 出戻り姫と腹黒王
8.甘い拘束(3)
しおりを挟む
「知って……?」
「うん、と言うか、厳密には調べた、と言う方がいいな」
深くなる夜の中、愛しい少女は身体を震わせながら自分の腕にすがりついている。
レダンはより強くシャルンを抱きしめかけて、自分の状態に気づき、少しだけ腕の力を緩める。せっかくこれほど距離を縮められたのに、いきなり猛々しい要求を突きつけるわけにはいかないだろう。
それでも体の奥から滲む溢れるような喜びに、もう一度シャルンの首にキスをした。
「しらべた…?」
シャルンは呆然とした声で尋ねてくる。
「昨日からの、お出かけは」
「ハイオルトに出向いて、その、ちょっと入り込んで」
微妙に歯切れ悪い物言いになったのは、正当な手段ではなく、地方を回る行商人として入り込んだせいだ。
『まあ、心配はしていませんが』
手はずを整えてくれたガストは不機嫌そうに唸った。
『安定するまで日常茶飯事でしたしね』
カースウェルも国が落ち着くまではいろいろとあった。あちこちの国々は、気候が良く、安定した産業が発展しつつあるカースウェルをなんとか支配下に入れられないかと画策していたし、王が亡くなり女王となってからは、なおも苦労が続いた。
レダンは肖像画に微笑みかける。
地位を隠し姿を偽って諸国の情報を得ることを許してくれたからこそ、レダンは適切な判断と助言を行え、国を安定させることができた。
今も暇ができるとふわふわとどこかの国に入りたがるレダンにガストはいい加減にしろと説教する。姫でも娶り、子でも産まれれば落ち着くだろうと考えている。
「入り込んで…」
「あ、ああ、その、入り込んで、いろいろと話を聞いて」
レダンは当たり障りのない部分に限って話を進めようとした。まさか娼婦宿や下町の酒場までうろうろしていたとは説明しにくい。ついでに仕事の伝手を探していると、北の鉱石の切り出し現場に入ろうとしたなどとは。
けれど、そのあちらこちらで見た衰退と疲弊の光景に、もしやと察するものはあった。
食物が足りていない。資材が足りていない。それらを補う動きがどこにも見当たらない。
ミディルン鉱石ばかりに気を取られて各国が見過ごしていたもの、ハイオルトにはミディルン鉱石以外の産物は何もないに等しく、今にも破綻してしまいそうだと言うことがわかった。
北の採石場であわや警邏に捕まりそうになって、さっさと姿を眩ませたが、戻りながら頭を占めていた想いはすぐに興奮に変わっていった。
シャルンがこの状況を知らないはずがない。
ハイオルト国王ももちろん、国の行く末を案じているだろう。
繰り返される破談とシャルンへの多額の見舞金。
情報が伝えるように、これまでの王達が全く愚かな者ばかりなら、ハイオルトに多額の見舞金などよこさないだろう。
シャルンはカースウェルで振る舞ったように、素知らぬ顔で巧みに王達に拒まれ破談されるように仕向けている。彼女を国に戻した後に気づいた王達が、罪悪感とともに少しの未練を上乗せして見舞金を支払っているのだ。
カースウェルも同じ状況だ。このままではシャルンを失うしかないだろう。
けれどただ一つ、他の王とは違うものがある。
レダンはおそらくどの王よりも性格が悪い。
「シャルン?」
「はい…」
不安げな声に微笑む。
こんな際どいドレスを着て待っていてくれた愛しい姫に、何を与えるかなんて決まっている。だが、それより前に、逃れようがないのだと教え込んでおかねばならない。
「あなたはミディルン鉱石がなくなりかけているのを知っていたね?」
「…はい」
「なのに、カースウェルに嫁ぐつもりだった?」
「………ええ、はい」
一瞬押し黙ったシャルンは、一つ息を吐き、淡々と答えた。
「カースウェルがミディルン鉱石を必要としているのを知っていながら?」
「ええ。あなたを騙して婚儀を行い、」
く、といつかの泣きじゃくりに似た小さな呻きを漏らし、それでも、シャルンは気丈に続ける。
「うまくいけば、カースウェルの国力でハイオルトを保たせるために。もしだめだったとしても、あなたは優しいから、傷ついた私にお見舞いをいただけるでしょう?」
ぴんと背筋が伸びていく。腕の中で抱きしめて崩せそうだった体に張りが戻り、レダンの腕に自らの腕を重ね、シャルンはレダンに凭れるように仰け反った。
押されて体を引き、見上げてくる小さな顔に輝く二つの瞳を見下ろす。涙に濡れた頬、けれども今、瞳は曇りも霞みもしていない。暗闇でどこから光を集めてくるのだろう、輝きを増す二つの星。
「それが、私の、のぞみでした」
紅潮した目元、今にも再び泣きそうで、けれど決して緩まない厳しさをたたえて、まっすぐにレダンを射抜いてくる。ここまで来ても、国のためとは言わず、自分の望みだと言い切る潔さに惚れ惚れする。
食いしばった小さな唇に、堪えきれずにキスを落とした。
「うん、と言うか、厳密には調べた、と言う方がいいな」
深くなる夜の中、愛しい少女は身体を震わせながら自分の腕にすがりついている。
レダンはより強くシャルンを抱きしめかけて、自分の状態に気づき、少しだけ腕の力を緩める。せっかくこれほど距離を縮められたのに、いきなり猛々しい要求を突きつけるわけにはいかないだろう。
それでも体の奥から滲む溢れるような喜びに、もう一度シャルンの首にキスをした。
「しらべた…?」
シャルンは呆然とした声で尋ねてくる。
「昨日からの、お出かけは」
「ハイオルトに出向いて、その、ちょっと入り込んで」
微妙に歯切れ悪い物言いになったのは、正当な手段ではなく、地方を回る行商人として入り込んだせいだ。
『まあ、心配はしていませんが』
手はずを整えてくれたガストは不機嫌そうに唸った。
『安定するまで日常茶飯事でしたしね』
カースウェルも国が落ち着くまではいろいろとあった。あちこちの国々は、気候が良く、安定した産業が発展しつつあるカースウェルをなんとか支配下に入れられないかと画策していたし、王が亡くなり女王となってからは、なおも苦労が続いた。
レダンは肖像画に微笑みかける。
地位を隠し姿を偽って諸国の情報を得ることを許してくれたからこそ、レダンは適切な判断と助言を行え、国を安定させることができた。
今も暇ができるとふわふわとどこかの国に入りたがるレダンにガストはいい加減にしろと説教する。姫でも娶り、子でも産まれれば落ち着くだろうと考えている。
「入り込んで…」
「あ、ああ、その、入り込んで、いろいろと話を聞いて」
レダンは当たり障りのない部分に限って話を進めようとした。まさか娼婦宿や下町の酒場までうろうろしていたとは説明しにくい。ついでに仕事の伝手を探していると、北の鉱石の切り出し現場に入ろうとしたなどとは。
けれど、そのあちらこちらで見た衰退と疲弊の光景に、もしやと察するものはあった。
食物が足りていない。資材が足りていない。それらを補う動きがどこにも見当たらない。
ミディルン鉱石ばかりに気を取られて各国が見過ごしていたもの、ハイオルトにはミディルン鉱石以外の産物は何もないに等しく、今にも破綻してしまいそうだと言うことがわかった。
北の採石場であわや警邏に捕まりそうになって、さっさと姿を眩ませたが、戻りながら頭を占めていた想いはすぐに興奮に変わっていった。
シャルンがこの状況を知らないはずがない。
ハイオルト国王ももちろん、国の行く末を案じているだろう。
繰り返される破談とシャルンへの多額の見舞金。
情報が伝えるように、これまでの王達が全く愚かな者ばかりなら、ハイオルトに多額の見舞金などよこさないだろう。
シャルンはカースウェルで振る舞ったように、素知らぬ顔で巧みに王達に拒まれ破談されるように仕向けている。彼女を国に戻した後に気づいた王達が、罪悪感とともに少しの未練を上乗せして見舞金を支払っているのだ。
カースウェルも同じ状況だ。このままではシャルンを失うしかないだろう。
けれどただ一つ、他の王とは違うものがある。
レダンはおそらくどの王よりも性格が悪い。
「シャルン?」
「はい…」
不安げな声に微笑む。
こんな際どいドレスを着て待っていてくれた愛しい姫に、何を与えるかなんて決まっている。だが、それより前に、逃れようがないのだと教え込んでおかねばならない。
「あなたはミディルン鉱石がなくなりかけているのを知っていたね?」
「…はい」
「なのに、カースウェルに嫁ぐつもりだった?」
「………ええ、はい」
一瞬押し黙ったシャルンは、一つ息を吐き、淡々と答えた。
「カースウェルがミディルン鉱石を必要としているのを知っていながら?」
「ええ。あなたを騙して婚儀を行い、」
く、といつかの泣きじゃくりに似た小さな呻きを漏らし、それでも、シャルンは気丈に続ける。
「うまくいけば、カースウェルの国力でハイオルトを保たせるために。もしだめだったとしても、あなたは優しいから、傷ついた私にお見舞いをいただけるでしょう?」
ぴんと背筋が伸びていく。腕の中で抱きしめて崩せそうだった体に張りが戻り、レダンの腕に自らの腕を重ね、シャルンはレダンに凭れるように仰け反った。
押されて体を引き、見上げてくる小さな顔に輝く二つの瞳を見下ろす。涙に濡れた頬、けれども今、瞳は曇りも霞みもしていない。暗闇でどこから光を集めてくるのだろう、輝きを増す二つの星。
「それが、私の、のぞみでした」
紅潮した目元、今にも再び泣きそうで、けれど決して緩まない厳しさをたたえて、まっすぐにレダンを射抜いてくる。ここまで来ても、国のためとは言わず、自分の望みだと言い切る潔さに惚れ惚れする。
食いしばった小さな唇に、堪えきれずにキスを落とした。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる