『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
22 / 216
第1話 出戻り姫と腹黒王

7.恋心の過ごし方(5)

しおりを挟む
「姫様?」
「レダン様が戻られたら、すぐに知らせてちょうだい。お願いルッカ」
「か、かしこまりました」
「それまで私はもう少し休むから」
「お食事は」
「必要ない…いえ、そうね、軽いものをお願い」
「はい、ただいま」
 急いで出て行ったルッカが銀製の盆にスープとパン、果物を少し添えてくれ、シャルンはそれらを丁寧に食べた。美味しいはずだが、味などほとんどわからない。けれど、戻ってくるレダンを迎えるために、そして相手を不快がらせるために、しっかり食べておかなくてはならなかった。
 食べ終えると、ベッドから出て、衣裳部屋に向かった。
 あれかこれか。
 あの日、あれほどどきどきしながら選んだ衣装を丹念に見回り、一枚を選ぶ。
 胸元の開いた、鮮やかな紅の、たくさんのレースとリボンで飾られた、目の眩むように派手なドレス。胸元だけではなく、背中も大きく空いていて、首の少し下から腰の上まで素肌を見せることになる。レース仕立ての両袖、足元もレースに切り替えてあり、膝上まで脚が透ける。我ながらひどい趣味のものを選んだと思う。首に巻く艶やかな黒いリボンにはレースで作られた紅の大輪の花が飾り付けられていた。同じものは足首にも巻くようになっており、髪飾りも同じ造りの花が揃えられている。
「……ルッカが見たら目を回しそう…」
 姿見で一瞬体に当てて見ただけで、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
 それでも、それを手に部屋に戻り、準備だけ済ませて横になった。
 どんな顔をレダンはするのだろう。
 離宮の主と全く違う、頭の空っぽな浮ついた女に見えてくれるといいのだが。
 うとうとしたのは数時間だった。
 起こされるまでもなく目を覚まし、身支度をして椅子に腰掛け、ルッカを待つ。王国の姫なら、自ら支度をすることなどありえないが、シャルンは別だ。一人でしなければならない時が多すぎた。
 なのに待てど暮らせど、ルッカはやってこない。
「……今夜もお帰りにならないのかしら」
 だんだん一人で待つのが心細くなって、シャルンは立ち上がった。
 居室を出て、うろ覚えながら離宮の正面入り口に向かって歩いていく。暗くなり始めた屋敷の中では、燭台に明かりが灯され始めていた。光が壁に飾られた掛け物や古めかしいけれど上品な調度を照らし出す。天井には花々が象られ、並ぶ柱にも蔦の絡む意匠が施されていて、明かりに柔らかな陰影を浮かばせている。
 昼間とは違った光景に、ついつい目を奪われていて、曲がるべきところを通り過ぎてしまったらしい。ここだと思って進んだ廊下は、庭園に面した小部屋に続いていた。気になったのは、その小部屋だけが明かりが灯されておらず、かと言って冷たく閉ざされているのではなく、扉が開け放たれていたからだ。
「ここは……」
 シャルンは昼間の姿を思い出そうとしたが、どうにも思い浮かばなかった。記憶違いでなければ、今まで一度も入ったことがない部屋ではないだろうか。
「…」
 ためらったが、シャルンは一つ頷いて部屋に入り込んだ。
 もし、ここがシャルンが入ってはならない部屋ならば、好奇心旺盛な無作法な姫として、レダンに嫌われることができるのではないか?
 扉の隙間から滑り込むと、中は思ったよりも暗かった。廊下に灯る明かりがちょうど入り込めない角度なのだろう、目を凝らしていても、間近に近づかなくては置かれた椅子やテーブルを避けられない。
 注意深く進んでいるうちに目が慣れてきた。少し離れた場所に窓を見つけてほっとする。とにかくその側までと歩み続け、ふいに『それ』に気づいた。
「……ああ…ひょっとして…」
 窓辺から庭園を見渡すような位置に飾られた一枚の肖像画。
 濃い瞳の色はレダンと似ている。凛とした気配の、背筋を伸ばして微笑んだ、黒髪も美しい一人の貴婦人。真紅のドレスが鮮やかに描かれているが、それに勝る華やかな姿は今を盛りと咲き誇った大輪の花のようだ。確かに気品溢れる、この館の主人にふさわしい女性。
「この方が、アグレンシア・カースウェル…」
「パラスニア」
「っ」
 背後から突然声が響いて、シャルンは息を呑んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...