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第1話 出戻り姫と腹黒王

7.恋心の過ごし方(1)

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「………」
「何をされているのか、お尋ねしても?」
「…」
 うろうろと自分の居室の中を歩き回っていたレダンは慇懃無礼なガストの物言いにじろりと目を光らせて立ち止まる。
「簡単なことじゃありませんか、病床を訪れ、大丈夫か、と声をかければいいだけです」
「もし、シャルンが眠ってたら?」
「戻って来ればいいでしょう」
「苦しんでたら?」
「医師をお呼びください」
「泣いてたら?」
「どうして泣いていると?」
「………畜生」
 はああっと大きく息をつくと、レダンはどすりと椅子に腰を下ろした。
 わかっている。多分、いや、半分以上レダンの責任だ。
 愛しい相手を今苦しませているのが自分だとわかっているのに、のうのうと見舞いに行ける男がどれほどいるのか知りたいものだ。
「行かないんですか?」
「仕事をくれ」
 ひらひらと手を振る。
「ありますけどね、山のように」
「今なら何でもするぞ、国境警備にも加わってくるし、アルシアに国策への協力を打診しに行ってもいい」
 ガストが顔を引きつらせて動きを止めた。
「何だ」
「国境警備は趣味だからいいとして、アルシアに行くとまで仰るとは……驚きました」
 まじまじとレダンを眺める。
「シャルンが泣くのを見るぐらいなら、サリストアと一戦交える方が気が楽だ」
「……相手が嫌がりますよ」
 レダンはふくれっ面のまま手を振って、早くよこせとガストに書類を催促する。
 サリストア・アルシア・レルンとは幼馴染だ。姫君とは名ばかりの男勝り、いや男性を凌駕する膂力と剣技の持ち主で、アリシア王国を継いだ姉のミラルシア共々、アリシア=カースウェル王国を作らないかと誘いをかけてきている。
 レダンとサリストアの婚儀も想定されたが、気性的に不可能だろうとはお互いの意見の一致を見た。もっとも、このままレダンが独り身を通すぐらいなら、虫除けをかねて『どう』か、とは提案され続けている。
 溜め息まじりにガストが机に未決済の書類を積み上げていくが、その高さなど全く苦にならない自分が居て、レダンは我ながら呆れ返った。
 脆い。
 自分はこんなにシャルンに対して脆かったのか。
 溜め息を重ねながら手を伸ばした脳裏には、谷の夜が蘇っている。

『あ、の…』
 勢い任せの無理やりな口付け、それでも無体を強いたつもりはなかったのだが、唇を離した途端に目を見開かれたままぼろぼろ泣き出されて、レダンは血の気が引いた。
 これほどぞっとしたのは、南の川沿いで十分育って敵意を満たしたバーストに囲まれたときぐらいだっただろうか。絶体絶命だとしか思えなくて固まってしまう。
『わ、たし…』
『す、すまない、その、不快、だったか』
 誠実なことばは確かに届いている、なのに、シャルンは必死に唇を噛み、涙を堪えつつ、小さく一つ頷く。一度頷くと癖になってしまったかのように、繰り返し頷きながら、けれど一所懸命にレダンの胸元を掴んでいる指は緩むことがなく。
『ふ、ふかい、でし…た…っ』
 掠れた声で訴えた。
『お、ど…ろ……て…き、もち…わ……わる……っ……』
 言いたくないことばを絞り出すように言いかけたが、限界だったのだろう、苦しそうに俯き咳き込む姿に、もういい、としか言えなかった。かろうじて、震える体に手を回して抱きかかえ、幼子にするように、すまなかった、と謝り続けるしかできなかった。
 髪の匂いを嗅ぎながら、苦しくて、切なくて。
 そんなことはしなくていい。
 というか、もう無駄だ。
 どれほどシャルンがレダンを拒もうとも、どれほどシャルンがレダンにとって不愉快なことを重ねようとも、それを上回る速度で魅かれていくのだから仕方がない。
 あなたを手放すことなど、俺にはもう不可能なんだ。
 言い聞かせたかったのに、できなかった。
 そういう自分の、手も足も出ない感覚がまた新鮮で。
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