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第1話 出戻り姫と腹黒王
5.離宮の住人(1)
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「どうしましょう…」
シャルンは溜め息をついた。
「レダン王が帰してくださらない…」
部屋にはドレスが数着準備されている。先ほどまでルッカと他数人の侍女がやってきて、あれやこれやと品定めをした挙句、このうちどれかをお選び下さいと申し渡された。
どれもレダンが気に入って買い求めたものばかり、しかも、もっと困ったことにシャルンも気に入ったものばかり、と言うより、買い求めたドレスの8割がた、シャルンが気に入ってしまったドレスで、まるでレダンに好みを見抜かれてしまってでもいるようだ。
しかも、揃えたドレスは全部着て見せて欲しい、それが済むまでに勝手に国外へ出て行かれては、ハイオルトまで追って行きたくなるとまで言われてしまった。
「1日数着、着替えていくとか…」
それはつまり、この部屋のドレスを今日中に全部着て、しかも毎回レダンに見てもらいに行かなくてはならないと言うことだ。
「…無理…っ」
買ってもらったドレスの1着を、ようやく身に付けて朝食に向かい、レダンの容赦ない間断ない賞賛としか言いようのない視線で眺められて、食事は碌に喉を通らなかった。
「どうしたら…嫌ってもらえるのかしら」
こんな難しい相手に今まで会ったことがなかった。
「んんん……」
眉根を寄せて悩んでいると、ルッカがやって来て来客を告げた。
「お客様?」
「ガスト・イルバルディ様です」
「まあ」
ガストといえば、レダンに常に付き従っている執務官ではなかったか。
「ひょっとしたら、ガスト様がお断りを伝えに来られたのかもしれない」
呟いてふと、胸が痛むのに気がついた。
願っていること、望んでいること、今の今までどうしてそのように仕向けられるかと悩んでいたことだ、なのに。
「姫様?」
「あ、いえ、お通しして」
「かしこまりました」
「失礼いたします、奥方様」
ルッカが引くのと入れ替わりに、ガストは穏やかな物腰で部屋に入って来た。拝跪の礼を取ろうとするのを押しとどめる。
「いいえ、あなたの主はレダン王のはず。どうぞ、そのままで」
大丈夫、覚悟はできているわ。
シャルンは胸の中で一つ頷き、ガストに向き直る。
こうしてみると、ガストもまた品のある顔立ちをしていた。レダンの容貌とは違った端正な顔立ち、静かな茶色の瞳はまっすぐにシャルンを捉えていて、今は何の感情も読み取れない。
「お退屈ではございませんか」
「いいえ、とても楽しく過ごさせて頂いています」
「…なるほど」
無造作に部屋に掛けられたドレスに視線が動く。与えられた寵愛をいいことに、好き放題に国家の金を無駄遣いする悪妃、そう思われているのかもしれない。
「お忙しそうですね」
冷ややかな声に好意は持たれていないと確信した。
レダンが動いてくれないのなら、ガストからと言うのは可能だろうか。
シャルンはできる限り名残惜しげにドレスを見やった。
「ええ、時間はいくらあっても足りません。美しいものを愛でるのは本当に嬉しいものです」
「…奥方様がご満足いただけているのなら何よりですが……ただ一つ」
「何でしょう」
さあ、何を不快だと伝えてくるだろう。
「私からお話しした方が良いかと思われることがございます」
「はい」
「主はお伝えしにくいでしょうし」
いきなり距離が近くなり無作法になった。いよいよかもしれない。
「どうぞ、何なりと、ガスト樣」
「……ガスト、で結構です」
一瞬奇妙な表情になったガストは、気を取り直したように口を開いた。
「ここで過ごされたのは、奥方様が初めてと言うわけではございません」
「はい」
「以前、お住まいになられていた方のこと、王が心より愛された方のことです」
ああそう、そうに違いない、だってそうでなければ、これほど美しい場所を激務の合間に保つ必要があるわけがない。
「ぜひ…」
シャルンは微笑んだ。
「お聞かせください、『ガスト樣』。夫のことは全て知りたいのが妻と言うものです」
『夫』のことばが僅かに震えてしまった。
シャルンは溜め息をついた。
「レダン王が帰してくださらない…」
部屋にはドレスが数着準備されている。先ほどまでルッカと他数人の侍女がやってきて、あれやこれやと品定めをした挙句、このうちどれかをお選び下さいと申し渡された。
どれもレダンが気に入って買い求めたものばかり、しかも、もっと困ったことにシャルンも気に入ったものばかり、と言うより、買い求めたドレスの8割がた、シャルンが気に入ってしまったドレスで、まるでレダンに好みを見抜かれてしまってでもいるようだ。
しかも、揃えたドレスは全部着て見せて欲しい、それが済むまでに勝手に国外へ出て行かれては、ハイオルトまで追って行きたくなるとまで言われてしまった。
「1日数着、着替えていくとか…」
それはつまり、この部屋のドレスを今日中に全部着て、しかも毎回レダンに見てもらいに行かなくてはならないと言うことだ。
「…無理…っ」
買ってもらったドレスの1着を、ようやく身に付けて朝食に向かい、レダンの容赦ない間断ない賞賛としか言いようのない視線で眺められて、食事は碌に喉を通らなかった。
「どうしたら…嫌ってもらえるのかしら」
こんな難しい相手に今まで会ったことがなかった。
「んんん……」
眉根を寄せて悩んでいると、ルッカがやって来て来客を告げた。
「お客様?」
「ガスト・イルバルディ様です」
「まあ」
ガストといえば、レダンに常に付き従っている執務官ではなかったか。
「ひょっとしたら、ガスト様がお断りを伝えに来られたのかもしれない」
呟いてふと、胸が痛むのに気がついた。
願っていること、望んでいること、今の今までどうしてそのように仕向けられるかと悩んでいたことだ、なのに。
「姫様?」
「あ、いえ、お通しして」
「かしこまりました」
「失礼いたします、奥方様」
ルッカが引くのと入れ替わりに、ガストは穏やかな物腰で部屋に入って来た。拝跪の礼を取ろうとするのを押しとどめる。
「いいえ、あなたの主はレダン王のはず。どうぞ、そのままで」
大丈夫、覚悟はできているわ。
シャルンは胸の中で一つ頷き、ガストに向き直る。
こうしてみると、ガストもまた品のある顔立ちをしていた。レダンの容貌とは違った端正な顔立ち、静かな茶色の瞳はまっすぐにシャルンを捉えていて、今は何の感情も読み取れない。
「お退屈ではございませんか」
「いいえ、とても楽しく過ごさせて頂いています」
「…なるほど」
無造作に部屋に掛けられたドレスに視線が動く。与えられた寵愛をいいことに、好き放題に国家の金を無駄遣いする悪妃、そう思われているのかもしれない。
「お忙しそうですね」
冷ややかな声に好意は持たれていないと確信した。
レダンが動いてくれないのなら、ガストからと言うのは可能だろうか。
シャルンはできる限り名残惜しげにドレスを見やった。
「ええ、時間はいくらあっても足りません。美しいものを愛でるのは本当に嬉しいものです」
「…奥方様がご満足いただけているのなら何よりですが……ただ一つ」
「何でしょう」
さあ、何を不快だと伝えてくるだろう。
「私からお話しした方が良いかと思われることがございます」
「はい」
「主はお伝えしにくいでしょうし」
いきなり距離が近くなり無作法になった。いよいよかもしれない。
「どうぞ、何なりと、ガスト樣」
「……ガスト、で結構です」
一瞬奇妙な表情になったガストは、気を取り直したように口を開いた。
「ここで過ごされたのは、奥方様が初めてと言うわけではございません」
「はい」
「以前、お住まいになられていた方のこと、王が心より愛された方のことです」
ああそう、そうに違いない、だってそうでなければ、これほど美しい場所を激務の合間に保つ必要があるわけがない。
「ぜひ…」
シャルンは微笑んだ。
「お聞かせください、『ガスト樣』。夫のことは全て知りたいのが妻と言うものです」
『夫』のことばが僅かに震えてしまった。
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