『ブラックソード』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3

しおりを挟む
 池上は昼、近くの喫茶店で外食している。そこで、俊次は恨みを晴らすことにした。
 池上のような、自分の責任を考えずに、自分の不運を他人のせいにする奴は、これから先も多くの仲間を陥れたりするだろう。俊次が今しようとしていることは制裁、正義の鉄槌を振り下ろすことに他ならない。だから、池上をここで刺し殺しても、きっとさっきの女のように殺したことさえわからないはずだ。
 けれど、これほど便利なものを、さっきの男はなぜ手放すことに決めて、俊次に渡したのだろう。
「気をつけろ、ばか!」
 ふいに、激しい罵声が響いて、俊次は我に返った。
 駅の構内で、立ちすくんだ老婆に、がっしりした男が居丈高に怒鳴りつけている。
「とろとろと歩いてるんじゃない、乗り遅れたじゃないか!」
 老婆は青い顔で繰り返し頭を下げているが、男は許す気など毛頭ないようだ。老婆が謝れば謝るほど大声で嘲笑うように、
「年とってうろうろしてもらっちゃ困るんだよ、あんたはおれ達が面倒を見てるんだ、何にもできないくせに、大人しく家でじっとしててほしいな、これ以上手間かけさせないでくれよ」
 男の声は無遠慮で、物分かりがよさそうな口調だけに嫌みで一杯だ。憎らしそうに老婆を見やって、
「だいたい、あんたらって自分だけいい思いしてさ。わかってんの、後のことなんて考えずに、それで苦労してんのはおれ達なわけ、わかってる?」
 俊次はためらうことなく男の側へと歩み寄った。いざとなれば、ポケットの剣がある。
 周囲で見ていた人々が俊次の動きに驚いた顔をするのも、物語のヒーローになったようで気持ちがよかった。
 男がうっとうしそうに俊次を見る。
「何だ、おまえ」
「もういいだろ、謝ってるじゃないか、電車に乗れなかったぐらいで」
 老人に八つ当たりしたあげくに、俺に殺されたくはないだろう。
 そう続けかけて危うくことばを飲み込む。
「放っといてくれ、こいつはな」
 男は顎をしゃくった。
「おれの母親なんだ、それも、おれと妹を捨てて男と逃げやがった母親だ。それを、この年になって男に逃げられたんだとよ、それでもご丁寧に引き取ってる」
 男は苦々しげに言った。なおも罵倒したそうな顔で俊次を見たが、たじろぎもせずに見つめているのに瞬きし、目を逸らせ、やがてふう、と大きな溜め息をついた。
「わかってる、大人気ない。お前のおせっかいに感謝するべきなんだろうな」
 俊次は怯んだ。
 そんなつもりで近寄ったのではない、制裁を加えようとしたのだ。
 だが、男はにやっと笑った。
「お前みたいな奴がいると思わなかった。少し気が楽になった。じゃな、ほら、いくぜ、ばあさん」
 男が体を翻すと、老婆が小走りについていく。去り際にふっと俊次を振りかえり、小さく笑って頭を下げた。慌てて頭を下げ返した俊次の手の中に、粘り着くような剣の感触がまた戻ってきた。
 そうだ、池上だ。
 俊次は固く唇を引き締めると、再び足を会社に向かって速めていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

牛の首チャンネル

猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。 このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。 怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。 心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。 よろしくお願いしまーす。 それでは本編へ、どうぞー。 ※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。

孤独の再利用

七賀ごふん@小説/漫画
ホラー
孤独に苦しむ若者の為に、新たな法律が成立された。 あなたはひとりじゃない。 回り回って、必ず誰かの唯一無二となる。

アヴァランチピード 凍てつく山の白雪ムカデ

武州人也
ホラー
「絶対零度の毒牙をもつ、恐怖の人食い巨大ムカデ」 雪山の山荘で行われる「ブラック研修」。俺は日夜過酷なシゴキに耐えていた。同室の白石はそんな苦境から脱しようと、逃亡計画を持ちかけてくる。そんな中、俺は深夜の廊下で人を凍らせる純白の巨大ムカデを見てしまい…… 閉ざされた雪山で、巨大な怪物ムカデが牙を剥く! 戦慄のモンスターパニック小説。

月影の約束

藤原遊
ホラー
――出会ったのは、呪いに囚われた美しい青年。救いたいと願った先に待つのは、愛か、別離か―― 呪われた廃屋。そこは20年前、不気味な儀式が行われた末に、人々が姿を消したという場所。大学生の澪は、廃屋に隠された真実を探るため足を踏み入れる。そこで彼女が出会ったのは、儚げな美貌を持つ青年・陸。彼は、「ここから出て行け」と警告するが、澪はその悲しげな瞳に心を動かされる。 鏡の中に広がる異世界、繰り返される呪い、陸が抱える過去の傷……。澪は陸を救うため、呪いの核に立ち向かうことを決意する。しかし、呪いを解くためには大きな「代償」が必要だった。それは、澪自身の大切な記憶。 愛する人を救うために、自分との思い出を捨てる覚悟ができますか?

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

さようなら、初めまして

れい
ホラー
全ては単なる、私の、私による、私のためだけの、儀式だった。 八月の、ひどく蝉がうるさい日。 私はそっと、自分の机だったものの上に、一輪の赤い花を添えた。

呪部屋の生贄

猫屋敷 鏡風
ホラー
いじめっ子のノエルとミエカはミサリをターゲットにしていたがある日ミサリが飛び降り自殺をしてしまう。 10年後、22歳になったノエルとミエカに怪異が襲いかかる…!? 中2の時に書いた訳の分からん物語を一部加筆修正して文章化してみました。設定とか世界観が狂っていますが悪しからず。

あなたの願いを叶えましょう

栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
謎のお姉さんは、自分のことを悪魔と言った。 お姉さんは俺と契約したいと言った。悪魔との契約と言えば当然、代償は魂だ。 でもお姉さんの契約は少し違った。 何と、魂の分割払いだったのだ。 全7話。

処理中です...