乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる

アミ100

文字の大きさ
上 下
23 / 115
魔術大会

第23話 大会1日目:団体戦決勝③

しおりを挟む
 クィートは結局『叔父さんがとても元気だと確認できたからそれでいい』などと言い残して屋敷まで行かずに、忙しいバルクと共にそのまま帰って行ってしまった。明らかにヴィオにちょっかいを出していた様子だったので、後で問い詰めてやろうと思っていたが、先に察して逃げられた形だ。
 昔から悪い奴ではないが何かと間が悪く、人との距離の取り方が早急で大胆なクィートにセラフィンは久しぶりにかき回された結果となった。

 その晩のこと。セラフィンはヴィオが湯を使っているのひと時、二人の寝室として使われている眺めの良い客間のテラスで風に吹かれながら、軍の寮で起こした事件から今までの日々を思い起こしていた。

 先週軍に所属する若者が多く住まう寮で起きたオメガによるヒート未遂事件はオメガの人権にかかわる問題であると同時に軍も絡んでいるため、新聞やラジオで大きく報道されるようなことはなかった。多くの怪我人が出たがそもそもは鍛え上げられた若者たちであったため、骨にひびを入れたセラフィン意外に重篤な怪我人はいなかったということがまずは大きいだろう。
 責任が問われるべきはヴィオがオメガであると知っていて寮に招き入れ、監督責任を怠ったカイということになるが、あらかじめ従弟のヴィオの入室許可は取っていたということ、ヴィオの不意の発情で不安定になった彼のフェロモンにより偶然カイがラット(オメガフェロモンに誘発されるアルファの錯乱状態)を起こしていたと認定されたため罪に問われることはなかった。
 オメガの発情は初期には非常に不安定なもので制御しきれるものではないというのが見識者による意見だったからだ。実際には事実とは異なるが、警察官であるジルと親族の後ろ盾が多い軍にも大きな繋がりを持つモルス家の兄のバルクの二人が暗躍してくれていたことは間違いない。しかし応援を呼び軍と共に現場を収集してくれた功労者のジルとはあの日以来会えていない。なんとなくセラフィンと距離を置こうとしていると察して、あえてセラフィンも連絡を取ることを控えていた。

 そして今日、バルクはカイと面談した内容をセラフィンに知らせに来てくれたのだ。

 不問の部分も多いとはいえ、それでも大暴れして滅茶苦茶にしてしまった寮のロビーの片づけなどを含めて一週間の謹慎を余儀なくされたカイと会ったバルクは、彼がよく知る男に似た端正な面差しに苦悩に滲ませていた。

『あの子の気持ちが俺にはないのにどうしても手に入れたくて……。アルファとフェル族の本能に負けて、ヴィオを傷つけてしまったことを後悔してもしきれない。俺がこの先ずっとヴィオから拒絶されたとしてもそれは自業自得だ。今さらヴィオが誰を選ぶかに口出しなどできる立場ではないとはわかってる。だがドリの里にとってはヴィオが大切な子である事実は変わらない。ヴィオに無理強いをした俺が言えた義理ではないが、ヴィオの後悔がない様に慎重に導いてやって欲しい」

 もはや身体にはセラフィンとの格闘のダメージすらないカイだが、心はセラフィンが懸念していたとおり、愛するものを傷つけた事実と向き合い、静かに己の所業を悔いていた。それでも年長の従兄弟らしくヴィオをよろしくお願いしますと、バルクとその向こうにいるセラフィンに深々と頭を下げてきたのだそうだ。

(カイ、俺だってお前の気持ちはよくわかる。そしてお前が言うこともよくわかる。ヴィオが背負ったものはドリの里の長い歴史そのもの。山深い里で皆が守り抜いてきた伝統と文化。それをここですべて霧散させてしまってよいものなのか)

 もちろんセラフィンはヴィオが背負っているものすべて一緒に負う覚悟で彼に手を伸ばした。ヴィオはその手を取ってくれた。
 これからヴィオに起こることの全ては二人の問題だというのに、ヴィオは今だ胸の内の全てはセラフィンに明らかにしてくれていない。

(今日こそ……。ヴィオの気持ちを全て聞き出してやりたい)

 セラフィンは部屋の中を振り向いたが、ヴィオはまだ戻ってはきていないようだ。
 二人の寝室ということになっているこの明るい色調の愛らしい部屋はかつてセラフィンとソフィアリの子供部屋だった部屋ではなく、ヴィオが来るというので慌てて用意され彼が一人で使っていた客間でもない。新たにジブリールがマリアと模様替えを施した客間である、やや気恥しいほど少女趣味な愛らしい額も描かれた色鮮やかな花々の絵画も、淡いクリーム色に花々がデザインされた壁紙に大きな天蓋付きのベッドも、もはや新婚夫婦の部屋のような設えで、最初にこの部屋に入った時はあまりに綺羅綺羅しい空間に男二人で絶句してしまったものだ。

 今ヴィオは事実上セラフィンの婚約者として扱われ、今まで以上に丁重にモルス家でもてなされる。そのことは掛け値なしに嬉しいことであるので二人は母たちの心遣いをありがたく受け取ることにした。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ギルドを追放された俺、傭兵ギルドのエリートに拾われる〜元ギルドは崩壊したらしい〜

ネリムZ
ファンタジー
 唐突にギルドマスターから宣言される言葉。 「今すぐにこのギルドから去れ。俺の前に二度と顔を出さないように国も出て行け」  理解出来ない言葉だったが有無を言わせぬマスターに従った。  様々な気力を失って森の中を彷徨うと、賞金首にカツアゲされてしまった。  そこに助けようとする傭兵ギルドのA級、自称エリートのフィリア。  モヤモヤとした気持ちに駆られ、賞金首を気絶させる。  行く場所が無い事を素直に伝えるとフィリアは自分のギルドに招待してくれた。  俺は仕事が必要だったのでありがたく、その提案を受けた。  そして後に知る、元所属ギルドが⋯⋯。  新たな目標、新たな仲間と環境。  信念を持って行動する、一人の男の物語。

僕と精霊 〜魔法と科学と宝石の輝き〜

一般人
ファンタジー
 人類が魔法と科学の力を発見して数万年。それぞれの力を持つ者同士の思想の衝突で起きた長き時に渡る戦争、『発展戦争』。そんな戦争の休戦から早100年。魔法軍の国に住む高校生ジャン・バーンは精霊カーバンクルのパンプと出会いと共に両国の歪みに巻き込まれていく。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

処理中です...