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 「れんくん!だから、それはズルいって!」
 瑠奏がまた叫ぶ。

 「それは、陽葵ひまりが自分で考えることでしょ。誘導したらダメだよ。」
 「でももう、時間がない。」
 
 亀裂がバチバチ電気のようなものを放っている。

 「時間、作ってやるよ。」
 突然、何処かで聞いたことのある声が割り込んできた。

 「え。宿屋のおじさん?」
   
 えらく、若作りをした、宿屋のおじさんが、そこに居た。
 「なんかおかしいなと思ってたんだ。こいつがまた開いたんだな。」

 「どういうことですか?」
 瑠奏るかなが聞く。

 「昔な。この時空間に関する研究をしててね。お前らと同じさ。好きな女が死んだから、生きてるこっちの世界への扉をこじ開けて、こっちへ来たんだ。」
 「それがこの亀裂なのね。その女の人は?」
 「うん。姿形は同じでも、やっぱりどうしようもなく他人でさ。上手くいかなくて別れたよ。でも、戻って、好きな女が死んだ後の悲しい世界には戻りたくなかった。だから応急処置みたいに亀裂を塞いでおいたんだ。でも開いちまったんだな。まさか、もうひとりこっちへ来るとはなあ。」
 
 「俺が帰れば少しは安定するよ。でも一度崩壊しはじめたから、完全に安定させるには、お前も戻らないといけない。そして嬢ちゃんは来たらダメだ。まあ、死体をここに放り込めば或いは、とも思うが、賭けがすぎてリスキーだ。わかるよな?少なくとも、そこの2人は理解してるぽいし。」

 「「はい。」」
 れんくんと瑠奏るかなが、返事をした。

 何やられんに手渡しながらオジサンは言う。あれは玄関に置いてあった珠だ。
 「戻ったら、おそらく、この亀裂は消える。だから、十分別れの挨拶をしてから入りな。ただし、急いでな。」

 と言って、亀裂に触れたと思ったら、飲み込まれるようにおじさんは消えた。

 「何なの。いきなり出てきて謎だけ遺して。」
 瑠奏るかながブツクサ言う。
 「僕、あっちで、あの人と話す仲だから、瑠奏るかなちゃんの文句は伝えておくよ。」

 「そうして。」
 それから、れんくんは私を見た。
 
 「どうしようもなく他人、か。そんな風には思えなかったんだけどな。」
 「行っちゃうんだね。」
 「うん。ずっと側にいたかったけど。僕のこと好きな気持ち、忘れていいからね。君のことを好きなヤツが居たことは覚えていて。」
 「私だって好きだよ。忘れたくない。」
 「忘れて、悔しいけど、いい奴を好きになって、幸せに生きて欲しい。」
 
 「あら。忘れなくても良いんじゃない?」
 瑠奏るかなが言う。

 「だって、両想いなんでしょ。そっちにれんくんが、こっちに陽葵ひまりは確かに存在してるもの。お互い好きなんでしょ。もう2度と会えくても好きなままで良いんじゃない?新しい好きな人ができても、心の部屋をひとつだけ、お互いのために開けておけば良いんだよ。何処かで読んだけど、愛って100あるものを人数分に分けるんじゃなくて、増えていくものらしいよ。この人に100、あの人にも100って。だから、100好きなままで他の人を100好きになっても良いでしょ。行動は優先順位大事だけど。気持ちは良いんじゃないの?」

 「すっごい。やっぱり瑠奏るかなって頭良い。私、瑠奏るかなと結婚する。れんくんも、そっちの瑠奏るかなを大切にしてね。」
 
 私の言葉を聞いて、れんくんは
 「うん。わかった。」 
 と、言ってから、瑠奏るかなに向かって、
 「瑠奏ちゃんありがとう。僕、陽葵ひまりちゃんを一生忘れないでいられるよ。少ししか話せなかったけど、君のことも忘れない。こっちの瑠奏るかなに、君のことも話すよ。」

 「私も会えて良かったよ。れんくん。あなたは私の好きなれんとはずいぶん違う人だったけど。私のれんくんはなんて言わなかったもん。そっちの私もれんくんのこと好きなんでしょ。お手柔らかにね。」

 あ、本当だ。仲違いしていた時間が長すぎて、そんなことすら気付けなかった。確かに、最後にれんと話した時、あの時れんは、自分のことをって言ってた。それに、もっとぶっきらぼうな話し方だったような気もする。あのオジサンの言うとおり、れんれんくんは、どうしようもなく他人だ。多分、私が好きになったのは——。

 亀裂はオジサンが入ってから、少し静かになったみたいだったのに、またパチパチ音をたてはじめた。

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