6 / 7
6 丘から見える景色
しおりを挟む次の日も、怒涛の善意の手助けをこなした後、元気なラナお嬢様に連れられて、丘に登った。
実際のところは、元気なはずがない。
坂道を登るのは簡単ではない。ただ歩くだけでも体力を消耗するのに、坂道というのは登るのも降りるのも疲れるものだ。それを1日の仕事の後で登るのだ。体力が多いようには見えないこのお嬢様は、気力だけで動いているのだ。
事実、一言も話さずに黙々と登っている。現実主義のセインは、これは、帰りが大変だぞ。と内心思いながらも、お嬢様についていった。
いくらか登って、少し開けた場所に着くと、その辺りに転がっている大きめの石に腰をかけて、お嬢様は言った。
「見てくださいな。今の時間がいちばん実感するんです。」
一体何が。と視線の先を辿るも、そこに見えるのは小さく見える家々が集まった町だけだ。夕刻だから所どころ灯りが灯っている。飯炊きや風呂焚きをしているのか、煙があがっている家もチラホラ確認できる。
「人が、生きています。たくさん居るんです。皆、生きるために営んでいます。ここから見ると、たくさんの人が生きているのが良くわかるのです。」
……それはそうだろう。それがいったい何なのだ。
「この人達、全員が何を考えているのかばわかりません。ひとりひとり色んなことを考えているでしょうから。幸せだと感じることも、それぞれ違うでしょう。でも、何故か、痛みだけは、皆同じように感じるのです。」
「本当だ。確かにそうですね。考えてみれば不思議なことですね。」
わかっていたようで、わかっていなかったかもしれない。言葉にされてはじめて、当たり前のそのことを知ったような気持ちになった。
「そうでしょう?喜びは思いを共にして、わざわざ分かち合わなければわからないのに、痛みだけは、知らない人のことでもわかるんです。」
本当だ。肌触りの好き嫌いはあるのに、痛みは、皆同じ痛みを感じる。不思議なことだ。
「今、この国の現状を思えば、いろいろ準備をするべきなのはわかっています。どうするのか。それは為政者が、この場所に限定すれば、父が近いうちに決めるでしょう。民はその決定に従うだけしかできません。その決定を待っています。とても不安でしょう。私も不安です。こうしている間にも土地は腐っていきます。いつ自分が病に罹るかもしれません。慣れ親しんだここを離れなければならないかもしれない。待っている間、民はただ痛むのです。」
「痛みを感じることは辛いことです。人が傷んでいるのを思うと、その痛みを想像してしまう私は息が止まりそうになります。悲しく苦しくなるのです。お嬢様の道楽だとお思いでしょう?その通りです。余裕があるから人の痛みを気にすることができます。ですが、気になるということは、とても辛いことなのです。私の心は痛んでしまうのです。少しでも、皆の痛みを和らげる手助けができれば、私は私自身の痛みを和らげることができるのです。」
「なるほど。自分のために他人を助けていると。」
「そうですわ。痛みを思い嘆き悲しんでいるだけでは、私の痛みは消えません。私は出来ることを精一杯やっているという言い訳を自分にするために動くのですわ。動いている間は考えなくて済みますし。だから褒めていただけるようなことではないのです。」
なるほど。心優しいとかを演じているのではなく、偽善であると。そしてそれを自ら認めて開き直っている。
——潔い。
「好きです。」
思わずそう言っていた。
「あなたの側になら、定住したいと思う。」
この人の痛みを和らげる手伝いをしたいと、そう思った。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説



愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる