風の吹く街

彩柚月

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6 丘から見える景色

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 次の日も、怒涛の善意の手助けをこなした後、元気なラナお嬢様に連れられて、丘に登った。
 
 実際のところは、元気なはずがない。

 坂道を登るのは簡単ではない。ただ歩くだけでも体力を消耗するのに、坂道というのは登るのも降りるのも疲れるものだ。それを1日の仕事の後で登るのだ。体力が多いようには見えないこのお嬢様は、気力だけで動いているのだ。

 事実、一言も話さずに黙々と登っている。現実主義のセインは、これは、帰りが大変だぞ。と内心思いながらも、お嬢様についていった。

 いくらか登って、少し開けた場所に着くと、その辺りに転がっている大きめの石に腰をかけて、お嬢様は言った。

 「見てくださいな。今の時間がいちばん実感するんです。」
 
 一体何が。と視線の先を辿るも、そこに見えるのは小さく見える家々が集まった町だけだ。夕刻だから所どころ灯りが灯っている。飯炊きや風呂焚きをしているのか、煙があがっている家もチラホラ確認できる。

 「人が、生きています。たくさん居るんです。皆、生きるために営んでいます。ここから見ると、たくさんの人が生きているのが良くわかるのです。」

 ……それはそうだろう。それがいったい何なのだ。

 「この人達、全員が何を考えているのかばわかりません。ひとりひとり色んなことを考えているでしょうから。幸せだと感じることも、それぞれ違うでしょう。でも、何故か、だけは、皆同じように感じるのです。」

 「本当だ。確かにそうですね。考えてみれば不思議なことですね。」

 わかっていたようで、わかっていなかったかもしれない。言葉にされてはじめて、当たり前のそのことを知ったような気持ちになった。

 「そうでしょう?喜びは思いを共にして、わざわざ分かち合わなければわからないのに、痛みだけは、知らない人のことでもわかるんです。」

 本当だ。肌触りの好き嫌いはあるのに、痛みは、皆同じ痛みを感じる。不思議なことだ。

 「今、この国の現状を思えば、いろいろ準備をするべきなのはわかっています。どうするのか。それは為政者が、この場所に限定すれば、父が近いうちに決めるでしょう。民はその決定に従うだけしかできません。その決定を待っています。とても不安でしょう。私も不安です。こうしている間にも土地は腐っていきます。いつ自分が病に罹るかもしれません。慣れ親しんだここを離れなければならないかもしれない。待っている間、民はただ痛むのです。」

 「痛みを感じることは辛いことです。人が傷んでいるのを思うと、その痛みを想像してしまう私は息が止まりそうになります。悲しく苦しくなるのです。お嬢様の道楽だとお思いでしょう?その通りです。余裕があるから人の痛みを気にすることができます。ですが、気になるということは、とても辛いことなのです。私の心は痛んでしまうのです。少しでも、皆の痛みを和らげる手助けができれば、私は私自身の痛みを和らげることができるのです。」

 「なるほど。自分のために他人を助けていると。」
 「そうですわ。痛みを思い嘆き悲しんでいるだけでは、私の痛みは消えません。私は出来ることを精一杯やっているという言い訳を自分にするために動くのですわ。動いている間は考えなくて済みますし。だから褒めていただけるようなことではないのです。」

 なるほど。心優しいとかを演じているのではなく、偽善であると。そしてそれを自ら認めて開き直っている。

 ——潔い。

 「好きです。」
 思わずそう言っていた。
 「あなたの側になら、定住したいと思う。」
 この人の痛みを和らげる手伝いをしたいと、そう思った。
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