風の吹く街

彩柚月

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4 領主の娘

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 町は相変わらず閑散としており、所々に人が蹲っている。教えられた診療所は順番待ちの人で溢れていた。

 手伝おうかとも思ったが、セインにはそこまでの情熱が足りなかった。ラナお嬢様の行方を追う方に天秤が傾いている。

 「ああ、ラナ様なら、患者のひとりを送って行きました。今頃、家事でも手伝っているんじゃないでしょうか。」

 家事?領主の娘ということは、家族だろう?家事ができるのか?

 患者の家を聞いて、尋ねることにした。

 「ああ、ラナ様なら、——の家に手伝いに行きました。」
 「ここで家事を手伝っていると聞いたのだが。」
 「ええ。買い物をするのが辛いと漏らしたら、代わりに行ってくださったんです。それから掃除がほったらかしだと言う——の家へ行くと。」

 しょうがない。——さんのお宅へ行く。
 「ああ、ラナさんなら、ここを掃除してくれた後、——のお家へ洗い物が溜まっているはずだと行きました。」
 
 またか。どれだけ動き回っているんだ。あの娘は。——さんのお宅へ行って、
 「次は何処へ行ったんです?」
 と聞くと、
 「——さんのとこだね。屋根が落ちたんだそうだよ。」

 町を手伝うって、もっとこう……、見舞うとか、視察するとか、そういうことかと思っていた。だから、娘に何ができるんだと思ったのだが、意外にも本当に実働していることに、些か驚いていた。ここまでくると興味もひとしおで、最後まで追いかける気になった。

 ——さんのお宅に着いた時、その驚きは最高潮に達した。

 「ああ、今、屋根に登ってクギ打ってくれているよ。」
 「はぁ!?」

 外に出ると確かに梯子が立てかけてある。登ってみると、ラナが居た。髪を無造作に頭のてっぺんでまとめて、スカートを捲し上げ、横で縛っているようだ。膝をついて板をかけてクギを打っていた。

 「ラナお嬢様!?」
 「ふぁい?あ、ひょっとおはひくだはいね。」
 (はい?あ、ちょっとお待ちくださいね。)
 振り向いたラナの口にはクギが加えられている。そして、何事もなかったように作業に戻る。

 「ちょ、ちょっと待ってください。道具を渡してください。良く見たら裸足じゃありませんか!やめて、お願い。僕がやりますから!」

 どうにか、道具を譲ってもらった。

 「2人でここに居ても無駄ですから、私は下でお洗濯してきますね。」
 と言って、ラナお嬢様はさっさと降りようとする。
 
 仕方ない。やるか。と作業をしながら、
 「どうして僕がこんなことを……。」
 と、呟くと、
 「あら、頼んでおりませんわ?」
 と、
 「はい。そうですね。僕がお願いしてやらせて頂いております。」
 「ふふ。助かりますわ。薬師様、屋根、よろしくお願いしますね。」
 と行ってしまった。

 「何なんだ、あのお嬢様は。」
 
 それほど丈夫には見えない。どちらかといえば弱い方だろうと思う。体力も力も弱そうだ。一体どうして、こんなお嬢様らしからぬことをするのか。

 ようやく屋根の穴を塞いで降りてみると、ラナは洗濯物を干しているようなので、仕方なく手伝った。

 終わったら、お茶も貰わずに帰途についた。今日、このまま旅立つつもりだったのだが、既に日が傾いている。仕方がないので宿を探さなくてはならないが、お嬢様を送らずに行くわけにもいかない。屋敷の前に到着し、じゃあこれで、と別れたはずだが、何故か後から追いかけてきた。

 「どうされましたか?」
 「薬師様は、このまま旅立つ予定だったと聞きました。でももう夜になります。宿は取られているのですか?」
 「いいえ。だから今から急いで探さないと。」
 「それなら、是非うちにいらしてくださいな。今日お手伝い頂きましたし、寝る場所なら提供できますから。お食事は……、出来合いのものを買って参ります!」

 「あ……そうですか。なら疲れているし、お世話になりましょう。」
 
 その日の夕食は、全て買ってきたパンとスープとちょっとしたオードブルで済ませて、お湯を借りてすぐに寝てしまった。

 
 
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