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1 旅の薬師
しおりを挟む「ひどいなこれは。」
旅の薬師を名乗るセインが、その町にたどり着いて初めての感想が、それだった。
やや強い風の吹く街で、目に見えるほどの埃が舞っている。これは塵だけでなく、砂埃も混じっているだろう。家は壊れかけ、ペンキが剥がれ落ちている。時々舗装された道の石も、むしろない方がマシなのではないかと思うほどに、歪み、ガタガタしていた。
とはいえ、その程度なら、ただ手入れが行き届いていないだけの町であり、よくある光景でもある。それだけなら、「ひどい」という感想は出てこない。
問題は瘴気の方だった。
風が吹くので、吹き飛ばしても良いものだが、何故か、とんでもない濃度で溜まっている。
「これは、病人の数も多いだろう。」
その予想通り、入り口から町中の奥に入れば入るほど、病人が溢れているようだ。活気のない町。そこかしこに、人が座り込んでいる。中には倒れている人もいる。
気の毒なのは、死んではいないことだ。倒れている人のほとんどが、かろうじて息がある。苦しみながら生きているのだ。
地形が悪いのだな。と、セインは思った。風は吹く。それは良い。だが、その風がここで溜まり淀むのだ。つまり吹き溜まりというやつだ。
良いものも悪いものも、風で流されてきて、全てがここに沈殿する。
「近いうちに、この町はなくなるかもしれないな。」
それにしても。一応、ここまで町が出来上がっているということは、昔からこうだったわけではないだろう。吹き溜まりとなる、何か原因があるはずだ。
もしもそれが、どうにかなるものなら、助言くらいはできるのではないかと、原因を探ることにした。
なんとか、街の外れの、比較的瘴気の薄い場所、おそらくは風上なのだろう場所にある宿を取ることができたので、その日から、可能な限り町を歩き、見て回った。
何処もかしこも、ひどい有様だ。
何処でも、子供が集まって遊んでいるものだが、そんな光景は見ることがない。疲れた様子で歩く大人達に混じって、荷馬車を引く馬達も元気がないようだ。
時折、どこからか、子供の泣く声がするが、大人の怒鳴り声は聞こえない。大声を出す元気もないのだろう。
「これは、無駄かもしれないが、退去勧告をした方が良いかもしれない。」
原因がわからないまま数日を過ごし、そう考えたのだった。
宿の奥さんに、この町の有力者のことを聞くことにした。
「この町の有力者が何処にいるのか教えてもらえないか?」
「有力者っていうと、町長さんかい?それとも領主様かい?」
「ああ、なるほど。そうだな……。」
そういえば、忘れていたわけではないが、ここは国の一部だ。ならいっそ、王に談判した方が早いのではないか?そうすれば他の町のことも見てから判断できる。この状況がこの街だけで済んでいるのか、他の町にも広がっているのか、それを知ることには意味があるだろう。どうするか。
しかし、やはり、順番を間違えてはいけないな。まず最小単位の長に話を聞いてから、上に話を持っていくのが筋だろう。時間がかかるので、その間に苦しむ人も亡くなる人も多いだろうが、全体のことを考えれば、そうするべきなのだ。と結論づけて、
「町長を頼む。いや、もしかして、地区長とか班長とかも居るなら、一番下の人を頼む。」
と、言った。
「それなら、町長がそこに居るよ。」
くいっと顎を動かして、
「あの人がここいらの町長だよ。」
と、言う。
見ると、くたびれた感じのやや年配の男性が、宿の食堂の隅で一杯やっているところだった。早速、セインはその人の所へ行き、
「こんにちわ。あなたが地区長だと伺ったのですが。少しお話をさせてもらえませんか。」
と、頼むと、相手は、ジロッとセインを睨んでから、
「どうぞ。こんなところですがお座りください。」
と言う。視線がきついだけで、悪い人ではなさそうだ。と、セインは思った。
「何の用ですか?あなたはこの町の人ではないように見えますが。」
「ええ、通りすがりの旅人です。どうしてわかりましたか?」
「服装もそうだが、顔色が良いのでね。ここらの者は、もう、全員が何かしらの病にかかっているから。」
なるほど、と思った。
「そのことです。この町でいったい何が起こっているのですか?」
と聞くと、
「さあね。数年前に突然、風が吹くようになったと思ったら、病気が流行り始めたんだ。移住しようにも、何処へ行ったら良いのかわからなくてね。」
「移住の意思があるんですね?」
「何度も領主に訴えたが、どうもはっきりした返事がなくてな。」
「ふむ。町長に紹介はお願いできますか?あ、それから、この町の人達の症状を教えてください。」
「何故だね?」
「原因があるなら取り除かなくては。力になれるなら是非力にならせていただきたい。症状を聞いたのは、もしかして私の持っている薬に意味があるなら、話してくれたお礼にお渡ししようと思ったからです。」
「あんた、良い人だな。止めはしないが、早いところ次の場所へ旅立った方が良いよ。」
と、言いながらも、領主への紹介の手紙を書いてくれた。
気怠さがひどいと言うので、気休めかもしれないが、と、怠さに効く薬を多めに彼に渡した。
これで少しは元気になって、早く移住の行動を取ってくれれば良いと思った。
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