皇女は隣国へ出張中

彩柚月

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雰囲気マジック

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座って泣いている私の横で、慰めるでもなく、触れるでもなく。少しの隙間を空けて、ただじっと待っていてくれる。この人はずっとそうだった。私を急がせずに、いつも待っていてくれる。

ひとしきり泣くと落ち着いてきた。

「落ち着いた?」

少し明るいトーンの、でも静かで穏やかな声でそう言ってくれるディック様。えぐえぐと泣き終わりかけの私は、恥ずかしくて彼の方を向けない。

「この国は噴水の水すらも飲めるほどなんだってね。」

パシャっと音がして少し後に、濡らしたハンカチを差し出された。さっきの音は噴水でハンカチを絞ったのね。

「ありがとうございます。」

受け取ったハンカチで目元を冷やす。

「それで、どうしたの?」

これは夜の雰囲気と噴水マジックに飲まれている。ああ、私、もう、全部言ってしまいたい。理性はある。言ってはいけない。事が成ってその時が訪れるまでは絶対に口にしてはいけない。でも、今を逃したら、もう2度とこんな機会はないかもしれない。知らなかった。私はもっと理知的だと思っていた。

私の理性に、どうか全力で仕事をして!と感情や意思に向かって戦いを挑んでみるものの、こうやって流されて男女の仲になってしまう人の気持ちが少しだけ、いいえ、大いにわかってしまった。

自分がこんな雰囲気で流される程度の、はしたない人間であったことに少なからずショックを受けた。

「言いにくい?それとも言えない?無理には聞かないけれど。」

ああ、ディック様が引き始めた。言う機会を失ってしまう。どうする。いえ。良いのよそれで。


「可愛い妹だと思っているリズが悲しんでたら、私も辛く…「妹じゃありません!」…え?」

あ、ダメだ。崩壊した。
理性は負けた。恋って怖い。

「わたし、わたしはっ!一年間もずっとひとりぼっちだったのです!みんな金金金、金よこせって!それは、他の優秀な人達に比べたら大して役に立ててないかもしれないけどっ!でも、でもっ!王子はっ私はお金のためにここに居るんだから愛人のために金出せって。。。ううん。そんなことどうでもいい。こんなに頑張っても、わたしは、もうすぐ帰らなきゃいけないかもしれなくて!(ヒック)それも、ディック様の婚約を見届けて帰るんです!会えて嬉しいのに、おはな、お花もくれて、いつもみたいに優しくて、わたし、ディック様と結婚できるかもしれないと思ったら嬉しい。嬉しいけど、(ヒック)期待したら、ダメだった時に、きっとすごく悲しくなるから、(ヒック)でも、もう、今の時点ですごく悲しくて、わたし…好き(ヒック)だったのに!でも、絶対言っちゃいけないってわかってたからっ!(ヒック)わかってたけど、もしかしたらって希望を持っちゃって、持ってしまったらいけないのに、消えなくて、(ヒック)もう、ああ、もう、わからない。わからないけど、悲しいんです(ヒック)」

また泣いてしまった。ボロボロ涙が溢れてくる。こんなに泣いたら干からびるんじゃないかしら。どうしてこんなに悲しいのかしら。

ああ、恋って恐ろしい。
夜も噴水も恐ろしい。

いいえ。雰囲気に流されて感情に流される選択をしたのは私。それでも雰囲気のせいにしたかった。だって、とても恥ずかしいから。これ、後で絶対後悔するヤツだわ。

感情的に捲し立てるわたしの頭は割と冷静に、自分が醜態を晒していることを理解していた。



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