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50 シルフィでは7( 2 )
しおりを挟む王は、もうずいぶん前に受けた王族教育のことを思い出していた。
アシュリー家の初代との盟約により、風の通り道を作る工事が何代にも渡って行われていた。できるだけ長くこの地に留まってもらうために爵位を授けたと習った。だが、もう何代も前のカビの生えた盟約ではないか。
「そんなことは知らん……。」
その工事にかかる経費はあまりにも膨大だった。確かに工事の結果、出来上がった道は国の交通網を便利にしたが、それ以上の工事、風が吹き抜ける出口まで、工事を続ける意味が理解できない王は、工事の規模を縮小した。そして今では道を整備するくらいの予算しかつけていない。長官をはじめ、反対もあったが、いずれ工事を再開すると口約束だけして、そのつもりはない。
例えアシュリーとの盟約があったとしても、アシュリーはもはや何代も続くこの国の貴族家ではないか。この国の重鎮と言ってもいい。この国の貴族ならば国を助けて当然ではないか。
そうだ、契約が切れたと言うなら、結び直せば良い。
「メラニアはこの国の貴族だ。この国を助けるのは当然だ。呼び戻して一度新たに契約を結べば良いのではないか?」
「それは無理でしょうね。」
今度はトマス神官が、間髪入れずに答えた。
「聖女様はシルフィ国の籍はもう要らないとはっきり仰られた。戻りたくない、爵位についても好きにしてくれと、言っていましたから。」
「そうですか。では爵位については然るべく致しましょう。書類は神聖国宛てで良いのですな?」
「はい。良いと思います。」
あまりにも他人事のように話すトマス神官と長官に苛立ち、
「それを説得しに行ったのではなかったのか!?」
と、怒鳴るも、返ってきたのは、
「どうして、金の流れのことを黙っていたのです?まさか聖女の金を使い込んでいるなんて。それを知っていれば他にも方法はあったかもしれないのに。」
と、冷たい視線と言葉だった。
「……国庫のことは神官には関係ないだろう。」
「確かに。ですが聖人に関わることは共有していただきたかったですね。とにかく聖人はもう戻らない。」
「戻らなければこの国はどうなる!」
「その対策を今から考えるのでしょう?」
そこへ補佐官が戻ってきた。
「あの……。」
3人が補佐官に注目すると
「アシュリー侯爵代理がおいでになりました。」
と告げられた。
「ここへ呼べ。」
侯爵代理が入ってきた。
侯爵代理は3人が揃っているのを見ると恐縮したようで、
「あのう……これはいったい……?」
と、焦りを見せた。
王は侯爵代理に向かって
「枝はどうなっている。」
と尋ねた。
侯爵代理は、発言の理由を提供されたことで、少し落ち着いたのか、
「はい。メラニアが準備していた枝は全て集めてなくなってしまったので、木の枝を切っておりますが、その……。」
言葉を発するのを躊躇するその侯爵代理の素振りに、多少の苛つきを見せながら王は先を促そうとするが、トマス神官が横槍を入れてきた。
「ちょっとお待ちください。聖樹を切ったのですか?」
このやり取りは、それを決定した時に、長官とも同じことを言われた。王は、またかと、うんざりしながら、
「他に方法がないのだから仕方あるまい。この危機に手をこまねいてなどいられないのだから、やれることは何でも試してみなくては。」
「しかし、それは、」
「しつこい。黙れ。」
ピシャリと発言を制止して、改めて侯爵代理に向かって先を促す。
「侯爵代理。さっさと続きを言うように。」
侯爵代理はもじもじと言いにくそうにしながら、ボソボソと発言した。
「はい。その……。木が、枯れはじめています。」
「は?」
目の端で、長官と神官が溜息をつくのが見えた。
「どういうことか説明せよ。」
「申し訳ありません。その、説明と言われましても、きちんと木の扱いに長けたものの助言を受けて、剪定しても大丈夫な部分を刈り込んだだけなのです。これ以上のことはわかりません。申し訳ありません。」
額に薄く汗を滲ませてひたすら謝る侯爵代理に、王は苛立ちを感じて、怒鳴りつける。
「何をしておるのだ!聖樹を守るのはアシュリーの役目であろう!」
「すみません。申し訳ありません。ですが、木を切れと仰ったのは陛下ではありませんか……」
言い訳をする侯爵代理に、さらに怒りがこみ上げる。立ち上がって上から大声で怒りをぶつけた。
「私のせいだと言いたいのか!」
「すみません。どうかお許しを。」
そう言いながら頭を床に擦り付けんばかりに平伏している侯爵代理の頭を踏みつけてやろうと一歩を出そうとしたところで、長官が口を挟んできた。
「まあ、そうなるでしょうね。」
続けて神官も同調する。
「聖樹は聖人にしか手入れできません。その木を傷つけたらどうなるかなど、明白でしょう。」
2人は、何故そんなことを知らないのかと、呆れたように王を見ている。その視線を感じて焦りか羞恥か怒りか、何なのかわからない感情が渦巻いて、王座に再び腰を降ろした。
つまり、聖女が務めを放り出して逃げたことがこの国を苦しんでいる原因なのだと、考えが帰結した。
「つまり、やはりメラニアが居なくなったことが全ての原因なのだな。」
「追い出した、の間違いではありませんか?これは我々全員で反省しなくてはならないことです。」
そう神官が言ったが、王には届かなかった。
「アシュリー侯爵代理。即刻聖女メラニアを連れ戻せ。」
「話を聞いておられましたか?聖女はもう戻りません。戻ってきてくれたとしても、既に盟約は切れております。元には戻りません。」
「金のことはともかく、この疫病は消えるのであろう!?それに、とにかく連れ戻せ。代理なら家族なのだからメラニアも話を聞くだろう。ああそうだ。セオドアも連れて行け。婚約を結び直させるのだ。そうすればメラニアが受け取っている金だけでも国庫に入るのだろう。何としても連れ戻せ!」
神官と長官は、2人して、
——もうこの国はダメだ。
と、思った。
そして、少しでも多く、民達に事実を伝えて、移住させることを心に決めた。
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エイダン
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〈23話・感想〉