聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月

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 あの後、おじいちゃんはベルに私を任せると部屋を出て行ったようだ。しばらくしてから目隠しを外し、部屋まで送ってもらう。

 ——家族が欲しい。

 あまりにも小さな、聖女らしからぬ夢だろうか。人を助ける仕事をしたいとか、世界を浄化して周りたいとか、そういうのが相応しかったのかもしれない。でも、そんな壮大な話はピンとこない。私は、最後の方で何度も見た、ああいう家族の一員になりたいのだ。

 部屋でベルがお茶を淹れてくれて、ほっと一息つく。

 「聖女様は家族が欲しいんだね。」
 「え、そうやって言われると、何か恥ずかしいわ。」
 「いやいや。何も恥ずかしいことじゃないよ。家族を作るのは難しいことだし。」
 「そうなの?」
 
 「だって。聖女様の言う家族って、多分、信頼しあえて穏やかで幸せで、そういうのでしょ?それはとんでもなく難しいよ。」
 「私の両親はそんな感じだったように思うのだけど……。」
 思い返しても、お父様とお母様はお互いを大事にしていたように思う。

 「僕達は王侯貴族ってやつでさ。家をというか領地を、王家は国を守るために婚姻をするのであって、そのための相手は自分の気持ちては選べないでしょ。後継を作るのも大事だ。それが義務だから。良く知らない相手と、やることをやってそれぞれ仕事をするために婚姻するんだ。愛が芽生える場合もあるさ。でも逆に言えば、愛がなくてもやっていけるんだよ。相手の尊重さえできれば、どんなにお互いのことが嫌いでも、必要な時に必要なだけ会えば良いわけだから。」

 「なんか怖いわね。でも、上手くいってる人達だっているでしょう?」
 「もちろん。これから長い人生を共にするんだからね。どうせなら愛していきたいと、ほとんどの人がそうやって努力していると思うよ。でもダメな時はダメなんだ。それが人だからね。そしてダメな場合の方が圧倒的に多い。義務だから子供は作るけど、相手を異性としてどころか人としても愛せないなんてザラにある話だよ。一緒に暮らしているから家族、て言って良いなら家族だね。姓も同じになるんだし。」

 一緒に暮らしているなら、姓も同じだから家族……なら、私と叔父様達は家族と言えるのかしら。……嫌だわ。書類上はそうなのかもしれなくても、あの人達を家族とは思えない。
 「そんなのは嫌だなあ……。」

 「でも、聖女様だって、王太子と婚約してたでしょ。家族になれる気はしてたの?」
 「あ、そういえばそうだわ。本当ね。難しいのね家族って。」

 「そうだね。恋人から夫婦になることの多い平民でも、上手くいかないこともあるんだよ。」
 「恋人……。」
 
 王太子セオドアとリリィは恋人だったのだろうか。愛し合っていた?だから一緒に居ることを望んだのかしら。家族になりたいと思ったんだわ……ん?

 「え?恋人でも上手くいかなくなるの?」
 「そりゃあね。恋と愛っていうのは微妙に違うから。恋してる間は相手のことしか見えなくなるけど、愛になると相手の幸せを願ったりする、のかな?」
 
 「え。どう違うのかわからないわ。」
 「そうだなあ。例えはたくさんあるけど、理解できる例えがあるかな?一時も離れたくなくて、相手を貪りたいのが恋で、お互いのために離れることもできるのが愛……これじゃわからないな。そうだ。相手に対して気に入らないことがあるとするでしょ。」

 「うん。」
 「それ嫌いだから自分のために直してよ!やめてよ!っていうのが恋。言うこと聞いてくれなかったり、自分を最優先してしてくれないと不安になっちゃったりして、好きだったはずなのに憎しみが伴うことがあるね。対して、愛は、そういう部分も含めて、それがこの人だと認めて、でも、相手のために注意して指摘したりする。で、そんなことでは嫌いなったり憎しみが湧いたりはしない。」

 「うーん……?」
 「まだ違う気がするな。まあ要するにお互いを信じ合えるのが愛。かな。」

 「恋は信じ合えないの?」
 「信じ合えないというか、信じられないというか。お互いが燃え上がってる間は良いんだけど、炎が小さくなってくる時が要注意で、お互いの炎の大きさに差があると、その差の分だけ不安が生まれて衝突しちゃう。」

 「じゃあ、恋から愛にはなれないの?」
 「そんなことはないよ。燃え上がった炎を一緒に良い感じに抑えて、暖炉に焚べれば、部屋を暖めてくれる消えない火になる。2人でそれができれば、愛されている自信があるから、不安にもならない。」

 「お互いが愛してないと成立しないのね。」
 「いや。そうでもないよ。愛してるから、愛されなくても良いって場合もあって……、良い名言があった。恋は奪うもの愛は与えるもの。って言うんだ。相手に愛を与えて、その結果自分が愛されなくても、相手が幸せなら良いみたいな。親が子に与える愛がこれに近いかな。」

 「難しいのねぇ。」
 「まあ、考えてどうにかなる部分は少ない感情のひとつだからね。」

 「恋、してみたいわ。」
 「え。」
 「恋をするにはどうしたら良いかしら。」
 
 「え、いや……。」
 「なあに?」

 「恋は……。止めはしないけど、しようと思ってすることじゃないよ?身を滅ぼす危険もあるから、あんまりお勧めできないし。」
 「身を滅ぼすって?」

 「恋にって言うでしょ。するって決めてするんじゃなくて、いきなり落ちちゃうんだ。この言葉は言い得て妙だと僕は思うんだよね。」
 「そうなの?」
 「うん。落ちるって言葉はあんまり良い意味じゃないよね。崖から落ちる採用に落ちる、とか。なのに、恋に使われてる。恋っていう井戸があって、そこに落ちたとしたら、井戸の底から見えるのは、見上げた狭い範囲の空だけだ。そこに相手の姿があると考えれば、そりゃあもう……恐ろしいよね。相手のことしか見えないんだから。」

 メラニアは想像してみた。暗い井戸の底から見上げる。唯一明るさを持つ物。それは、どんなに恋しく思うことだろう。先ほどまで真っ暗な中に居たから、よくわかる。あの時に、ほんの一筋、光を見たなら、がむしゃらにそこに向かって走ったと思う。

 「見えるその相手に向かって、何としても近づこうと登ろうとするでしょ。自分の手足が多少傷つこうとも気にしないで、時には壁を壊して足掛けを作るかもしれない。ただそこだけを見て一心不乱に登ろうとする。そういうのが恋だと思ってるんだ。」
 「それは怖いわね……。」
 
 「登れたところで、見えていたものは、ただの絵画かもしれない。登り切れるとも限らない。気づいた時には、壁を壊しまくって環境は最悪だし、自分の体もボロボロだね。周りが見えなくなるってそういうことだと僕は思う。」

 「ベルは恋に否定的なのね。」
 「うーん。ちょっと違うかな。否定はしてないよ。僕は恋したことがあるからね。それに否定したところで止められるものでもないよ。なんたって、いきなり落ちちゃうんだから。準備も何もしていないのに突然。」
 「そうなの!?そんなに悪くいうからてっきり。」
 「うん。その時に学んだっていうのもあるかな。すごく苦しいんだ。募るっていうのかな。」
 
 「本の中では、とても素敵なことのように書かれているのに。」
 「心に彩を与えるって意味ではそうだろうね。僕は……あんな苦しい思いは、もうしなくない。穏やかな愛が欲しいと思っているよ。」

 「そう……なんだ。」
 「あ、もちろん、聖女様が恋をすることに反対はしないよ。相手のことを考えて幸せな気分になれるのも本当だし。ただ、しようと思ってできることではないし、恋のために突進してはいけないことは知っていて欲しいかな。突進すると周りの全てを薙ぎ倒してしまうからね。薙ぎ倒された者がどれほど傷付いたか、振り返れないほど、前しか見えないのは危険だって話ね。」

 「う……ん。心に留めておくわね。」
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