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しおりを挟む苗が育ってきた。
もうすぐ外に出して植えられる。
それはつまり、もうすぐ神聖国を出て良いということだ。思い出日記もほとんど終わりに近い。
「やりたいことは見つかったかね?」
おじいちゃんは苗を見て、そう聞いた。あまり何度も聞かれると、出て行って欲しいのかと勘繰ってしまうが、思い切って、今やりたいことを伝える。
「今は、思い出日記を作っているんです。これを完成させたいと思います。だからまだ神聖国に居たいんです。」
「ほう?思い出日記とな。」
「はい。日々の日記とは別に、両親が生きていた頃とか、幸せな思い出だけの備忘録みたいなやつです。」
おじいちゃんは嬉しそうに、うむと頷いてこう言った。
「良いことじゃの。もちろん、やりたいことがあるなら、いつまでも居て構わんよ。ただ、なんとなくここに居るのはダメじゃ。わかるかの?」
「はい。」
「では、高等魔法も教える時間があるかの。」
「是非教えてください。あ、それから。」
「胎内巡りってどんなものですか。」
おじいちゃんはびっくりしたような顔をして私を見た。
「どこで知ったのじゃ?」
「あ、やっぱりいけないことでしたか。じゃあ良いです。ごめんなさい。」
「いやいや。良いんじゃ。情報を知る術を身につけたことに驚いたんじゃ。それも良いことじゃの。」
「そうさな……。やることは、暗い通路に入って、ただまっすぐ歩くだけじゃ。」
と、胎内巡りの説明をしてくれる。
その名の通り、胎内に見立てた道を通って生まれる感覚を味わう。
目を開けていても閉じている時よりも暗い道をただ、まっすぐ歩く。そのうち浮遊感を覚えたら、逆らわずに身を預け、それぞれに必要な時間が経過すると、自然に足が地につくので、また歩けば出口に着く。
こんな感じらしい。
「幾つもの選択肢などに迷った時などに使うのが主な使い道じゃ。暗闇で何の刺激もないからこそ、自分が本当は何を求めているのかがわかる。反対に自分の意思のない者が入ると、長くかかりすぎて迎えを出さなければならない時もあるの。」
おじいちゃんは、私を見て、
「自分の意思が生まれたんじゃの。」
と言った。
「私……意思、なかったんでしょうか。」
これはベルに言われた時にも疑問に思ったことだった。今までだって、楽しいことも嬉しいことも嫌なこともあったし、種を渡したくないと頑張ったのは、私の意思ではなかったのだろうか。そのことをおじいちゃんに話すと、
「うむ。それらは意思ではなく意識だの。意識があるから嬉しい楽しい悲しいという感情が生まれる。それをそのまま表現することは生き物全てに備わっている基本的な性能じゃの。その上に意思が乗る。」
「じゃあ、感情をコントロールできるようになったか?てことなのですか?」
「うむ。それも大事なことではあるがの。感情というのは、自分でどうにかできるもんではなかろう?嬉しい楽しい悲しいというのは湧き上がってくるもんじゃ。これを知らない者は不幸ではあるが、知っている者は自分でどうにかできるものではない。じゃが、それによる表情や態度はコントロールできる。そこに意思があるんじゃな。」
「……?じゃあ、嬉しい時に悲しい顔したりできるようになることが、意思を持つと言うこと?」
「うむ。ラニアは頭が良いの。確かにそれも意思じゃな。意思で感情をねじ伏せるとか言うじゃろ?」
「王太子妃教育で、どんなことがあってもいつも微笑んでいなくてはならないって習ったわ。でもできなくて。それなら、いつも表情を変えずに澄まして居なさいって。」
「それは意思で表現を選択しろと言うことじゃな。」
「それならできるわ。」
「うむ。じゃが、その前はどうじゃ?」
「その前?」
「こうなれば嬉しい、悲しい。という前提はあるかの?そこにも意思が反映されるの。」
「そんなの、考えたことがないわ。」
「ここまで話ておいてなんじゃが、私が問うておる意思とは、それらとはかなり違うことでの。それらは、与えられたことでも偶然立ち会ったことでも湧き上がる感情を意思でどう表現するか、ということじゃろ?」
「言われたから、そういう流れだからそれに従うのは意思がない。自分はどうしたいか、どう在りたいか。どうなれば自分が嬉しいか。その明確な場面が見えるかの?それが意思じゃの。意思がはっきりしておれば、そうなるための道筋を作ろうと自分で考える。これも意思じゃの。その過程や結果に、感情が動くのじゃ。そして、意思はの。ひとつでなくても良いんじゃ。」
「そうなの?」
「うむ。世の中は矛盾だらけでな。意思がないとあっちもこっちも全てが正しいような、間違っているような気がしてくる。だから、自分は、どうなることが良いのかを、はっきりと自覚しておかないと、妙なことに巻き込まれたりする。」
「それ、ベルにも同じようなことを言われたわ。」
「うむ。あの者はなかなか、人という者を理解しておるでな。別に大きな目標でなくとも良い。食べることを楽しみたい。とか、髪を伸ばしたいとか、そんなことでも良いんじゃ。思い出日記を作りたい。大いに結構じゃ。じゃが、残念なことにそれには終わりがあるんじゃないかの?それが終わったら次は何をしたいか、次のことも考えなくてはの。」
「胎内巡り、やってみるかの?」
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