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しおりを挟む「そうですか。祖国の神官さまが会いに来られていると。」
「そうなの。連れ戻しに来たのかなって。」
「聖女様は貴重な人材ですからね。」
ベルとお茶をするようになって3日目。
エイダンの時とは違って、ずいぶん気安く話せるようになっていた。
「貴重……かあ。そうなんだなって、最近わかるようになったけど、でも私、牢に入れられたのよ。そして死んだら聖人の種を残すから死んでも良いって言われたの。」
「は?そんなことを言われたのですか?なんてヤツだ。」
「ううん。これを言ったのは伯父なんだけどね。でも、もうあの国全部が怖くなっちゃって。」
「ああ……それはそうでしょう。譲れるような相手は、祖国には居なかったのですか?」
「うん。秘密だから言えないけど、種を譲れる相手はね、わかるんだ。」
「言っちゃってるじゃないですか。」
「秘密の部分は隠してるから良いの。」
「そっかあ。聖人様だけの秘密があるんですね。それ、隠し続けるのって辛くないですか?」
「うーん。今までは、お喋りする相手もいなかったから何とも思わなかったけど、シルフィの王城に呼び出された時に、主に神官に秘密を話せって言われて。言ったら私は聖女じゃなくなる……っていうか、種が力を失ってしまうから、話せないことで叱られて辛かった。かな。」
「秘密を守るということが辛いことはよくわかります。それを吐かせるために発展した悍ましい罰もありますし。」
「あ、拷問とかそういうことか。秘密を言わない限り延々と苦しむ……?」
怖すぎて自分で自分を抱きしめた。
「すみません。女性に聞かせる話ではありませんでした。それより、話す相手が居なかったって言うのは?」
「ああ、私は……」
祖国で、幼い頃に両親が亡くなり、伯父夫婦が後見になってくれたけれど、学校にも行かせてもらえず、時々会う婚約者の王太子と、王太子妃教育のための教師以外とは、ほとんど誰とも会うことはなく、ただひとりで息をしているだけの毎日だったことを話した。
「誰とも会わない?王太子の婚約者なのに?」
「うん。その間に従兄弟のリリィ、あ、伯父夫婦の娘で、一緒に屋敷に住み着いてたんだけどね。その子と王太子が仲良くなっちゃって。私は婚約解消で、聖女の力を渡せって迫られたの。」
「それは、人間不信にもなりますね……。そんなことをする人達を助けたいなどと思うはずがない。外に出るのも怖いに決まっています。人間を代表して謝ります。聖女様を傷つけてごめんなさい。」
「ベルが謝ることじゃないよ。」
「いいえ。聖女様は、傷ついておられます。それほどの経験をして、簡単に心を開いて欲しいと思う方が間違いでした。」
「そんなこと思っていたの?」
「そりゃあ、仲良くなりたいですからね。でも、そうですね。それなら、その神官様にも会いたくはないでしょうね。」
「うん。でも、おじいちゃ……大神官は、会って、自分の気持ちを伝えた方が後悔が少なくなるって言うの。」
「はい。僕もそう思います。」
「そういうものなの?」
「どう言えばいいかな。」
ベルは少し考えてから、
「例えば僕が今、聖女様のお菓子を食べちゃうとします。」
そう言って、さっきティースタンドから取った私の前にある皿にある、チョコクリームを挟んだお菓子をひょいとトングで摘み上げた。
「あっ!それ好きなヤツなのに!」
「そう。それです。取られたことに対して、モヤモヤしてるよりも、なんで盗るんだ!楽しみにしてたのにバカヤロウ!って言った方がスッキリするでしょう?」
「うーん。そうかも。でも、お菓子を取られたくらいじゃ、そんないつまでも覚えてないよ?」
「じゃあこれが、2度と食べられないかもしれない、史上最高に美味だと噂の希少なお菓子だったら?」
2度と食べられない史上最高のお菓子を盗られる……?
「そんな不届者、許さないわ。」
「でも、聖女さまは食べることができずに盗られちゃいました。」
「えぇー……」
「後で、文句の一つでも言っておけば良かったって思いませんか?」
「思う。」
「そういうことですよ。これはお菓子のことだから、その程度で済みますが、もっと大事な事柄なら、裁きを与えたいと思うでしょう?そして、そうやって区切りをつけることで、被害にあった側は心が救われるのです。」
お菓子を私のお皿に返してからこう言った。
「だから、怖いと思っていることをを伝えて、相手に自覚させることが、聖女様のお心を守ることに繋がると思います。」
「……なるほど。でも、怖い。」
「そうでしょうね。でも大神官様も一緒にいてくださるのでしょう?良ければ僕も一緒に居ますよ。場合によっては発言もしましょう。そしてその場に限っては、何があっても聖女様の味方となります。」
「え、良いのかな。」
「別に構わないでしょう。事前の許可は必要かもしれませんが。」
「そっか。じゃあ、会ってみようかな。」
「どんなことを言ってやるか、予習しなくちゃですね。」
「予習?」
「そうです。前もって考えておかないと、本番で上手く言えないかもしれません。そうした悔いが残ります。後で後悔しないように、思う存分、恨みつらみを全てぶつけてやるのです。こんなに辛かったんだぞ!って。そのための予行演習です。」
「ベルの、そういうとこ好きだわ。」
「光栄ですね。」
いたずらっ子のようなベルの笑顔に、私も同じように笑顔を作って見せた。
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