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しおりを挟む部屋に戻って、ベッドに潜り込むが、シルフィの神官が来たことが衝撃すぎて眠れない。
——どうして、ここにいることがバレたんだろう。私を連れ戻しに来たの?
あの時、牢で冷たく見下した神官の顔を思い出して身震いした。大丈夫。おじいちゃんは私が会わないと決めたら追い返してくれると言った。
会いたくない。シルフィの誰にも会いたくない。怖い。死んでも良いと言った伯父の顔も連想してしまう。嫌だ。モヤモヤする。
そんなことがグルグル浮かんでは消えて、朝が白んだ頃、ようやくウトウトした。
次の日も眠気と闘いながら、いつも通り大樹の元へ通い、午後のお茶の時間、何故かベルガモトが持ってきた。
「何故王子が持ってくるの?」
「是非、ご一緒したいと思いまして。」
「ふぅん……。」
手際よくテーブルの上にティーセットを並べるベルガモトを眺めながら、イグニスの王子はこんなこともするんだなぁと、ぼんやり思った。シルフィの王太子はこういうことは全くしなかった気がする。とは言っても、会った回数が少ないので、メラニアと会っていない時、例えばリリィにはお茶を淹れてあげたりもしたんだろうか。
そんなことを思っていると、準備が整ったようで、テーブルにどうぞ、と声をかけられる。座る時に椅子も引いてくれる。
そういえば、エイダン……王子も引いてくれてたなと思いながらテーブルに着く。
「さあどうぞ。」
そう言われてティーカップを持ち上げてひとくち。
「あ、美味しい。」
「良かった。これ、僕の花なんです。」
「僕?の花?」
「あ、すみません。大神官様の前では、自称は私でしたが、普段は僕なのでつい……。」
「あ、それは構いません。公私では違いますよね。」
可愛く照れて謝るベルガモトについこちらも、釣られて大丈夫だよ!という態度を取ってしまう。ベルガモトは笑って
「ありがとう。僕の名前、ベルガモトって発音されるけど、綴りはベルガモットって書くんです。そしてこれはベルガモットで香り漬けしたお茶。」
「ああ、なるほど。いい香り。」
「心が安らぐでしょう。安らぎって花言葉の白いベルガモットが僕の名前の由来なんです。」
「へえ……。」
名前に由来、そういえば、リリィは百合のように美しく、とかだったような。私の名前の由来って何だろう。もう聞けないことが、ものすごく悲しかった。
「ああ、いけない。どうぞ。」
と、差し出されたハンカチで、自分が涙を流しているのだと気づいた。
「何か、お気に触ることをしてしまいましたか?」
と聞くベルガモトに、
「ううん。何でかな。自分でもわからないや。」
と、答えた。
何だろう。この人、エイダンとは違って、すごく落ち着く雰囲気を持っている、気がする。
「王子は、私を恨んでいるの?」
どうして、そんなことを聞いたのか、自分でもわからない。だが、口に出してしまったのだから、もう引っ込みはつかない。それを聞いて驚いた様子でベルガモトは反応する。
「どうしてそう思われるのですか?」
「私が、エイダン……王子を、追い出しちゃったみたいだから……。」
これを気にしているなんて、自分でも知らなかった。私はエイダンが嫌いだったのだから、別に構わないはずなのに。でも、彼は彼なりの正義があると知って、罪悪感を持っているのか。そんなこと思ったところで意味はない。もっと早く彼の矜持を理解して、そして、私から離せば、追い出されることはなかった。つまり、私のせいだ。なのに罪悪感を持つなんて、自分勝手この上ない。
「ああ。そんなことですか。」
「そんなこと!?」
こんなに悩んだのに一蹴されて、何かがスコーンと足元から抜けた気がした。
「兄は兄の正義を持って、聖女様に説教をしたつもりなのでしょうが、そもそも説教なんて。他人を自分と同じ考えにするなんて無理な話です。それをこの神聖国で行ったのですから、追い出されても仕方ないのですよ。」
「そのおかげで、第二王子が来ることになってしまって迷惑しているんじゃ?」
「そう。そうなんですよ。わかります?」
「え、本当に迷惑なんだ。」
やっぱり責められたのかと思って、泣きそうな気持ちになったが、ベルガモトは続けてこう言った。
「はい。僕は僕の思う勉強をしていたんです。なのに、自分が追い出されたから、それでもこの研究は誰かがするべきだから、第二王子のお前が行くべきだ!って。そう言うんですよ。べきべき煩いって。」
面食らってしまう。そしてじわじわとその光景が思い起こされてきた。
「ぷっあはは!わかる。エイダンってそういうとこあった。」
「そうでしょう。聖女様にもそう言ったんじゃないですか?べきべきするべきって。そりゃ怒って当然です。」
「言ってた!聖女ならこうするべきって。そっかぁーエイダンって家でもそんななのね。」
想像して笑ってしまってから、エイダンを呼び捨ててしまったことに気付いて、
「あ、ごめんなさい。エイダン……王子が王子だって、ずっと知らなくて。」
と言うと、ベルガモトは
「私のことも、名前で呼んでくださって結構ですよ。」
とにこやかに言う。
「王子様を呼び捨てなんてできません。」
「そうですか?でも兄のことは呼び捨ててますよね?」
「いや、だから、知らなかったから呼んでて、あ、でも、面と向かった時は様を付けてたような気も……ごめんなさい。」
「良いですよ。許します。その代わりに僕のことはベルと呼んでくださいね。」
「それ、交換条件になってるんですか?」
「聖女様と僕がそう思えば、立派な交換条件です。」
お茶の時間、たった半刻の時間なのに、私達はずいぶん仲良くなったと感じた。
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