聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月

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 「初代は、私がシルフィを放棄したことを、許してくれる。」
 心が軽くなった気がする。
 あえて考えないようにしてきたが、私がシルフィから出るということは、シルフィの護りが消えることだと理解していた。私はのだ。

 懐かしい、幸せだった頃の大切な家があるからしがみついていたが、家はただの家だ。大切なものは私の胸の中にある。覚えていれば良い。父と母と祖母と、あの家で幸せな時間があったことを全て。

 日記を書こう。そう思った。そして、できるだけ、覚えていることを書き留めておこう。いつでもすぐに読み返して思い出せるように。

 やりたいこと。これにしよう。そして満足したら、私は私の居場所を探しに行く。

 イグニス……は、行きたくない。けれど、行かないとは決めない。いつか行きたくなったらフラッと立ち寄ることもあるかもしれないもの。今行かないと決めてしまえば、それが楔となって、行くことに躊躇してしまうだろう。

 エイダンは嫌い。でもイグニスの全ての人がエイダンではない。私が好きだと思える人もいるかもしれない。

 浄化の力を使うかどうかは、その時の気分で良いわ。それが使命だからとか儀式がとか、気にしなくて良い。

 役目は、
 「私が清浄に保ちたい場所を見つけること。」
 エイダンのように押し付けてくる人が居たら、その時は、分かり合えない相手だと思ってそっと離れれば良い。

 「私が私を好きで居られる場所」
 それを探す。
 それがきっと役目なんだわ。

 私は、大樹の空間から外に出て、自分に与えられた部屋に戻ることにした。

 おじいちゃんに、こう思うということを話したら、おじいちゃんは、目を細めて、
 「そうか。ならそうすれば良い。」
 と言った。

 やることが見えた今、なんだかやる気が満ちている。大したことはしていないけれど、生きている感じがする。

 楽しそうに過ごす私に、おじいちゃんは安心したと言い、人を紹介したいと言う。

 おじいちゃん専用の応接室に入ると、座っていた青年が立ち上がり、メラニアに挨拶をした。

 「イグニスの第二王子、ベルガモトと申します。」
 「え……イグニスの……」

 大神官は、フォフォと笑ってから
 「素直な反応ができるようになったの。じゃが、そう警戒するでない。まずは理解する努力をするのではなかったか?」
 「……はい。そうでした。」

 「あ!いや!そんな無理に合わせていただかなくとも大丈夫です!」
 メラニアとおじいちゃんの会話を聞いて、ベルガモト王子は、恐縮したように慌てて言った。

 「私のことを好まぬと言うなら、以降近づかないよう、こちらが配慮致します。私は、聖女様に紹介頂けただけで十分幸せですから。これで最後になってしまうのは非常に残念ですが、ご挨拶できて本当に嬉しいです。」

 「ぐっ……。」
 この素直な感じ、自分の言った先ほどの態度に罪悪感を持ってしまう。おじいちゃんをチラッと見ると、目配せをしている。

 ふぅと、小さくため息をついてから、
 「いえ……。私の方こそ、失礼な態度を取りました。申し訳ありません。ここにいる間、よろしくお願いします。」
 「とんでもない!謝るのはこちらの方です。まず謝罪をするべきでした。兄が失礼なことをしてしまったようで申し訳ありません。その弟と話したくないのは当然ですから、そのように萎縮なさらないでください。」

 「お互いに謝ったのだから、もう良いの。お互い年齢も近いようじゃ。仲良くできるならその方が良い。」

 「そうなのですか?私は17歳。今年で18歳になります。聖女様のお歳をお聞きしても構いませんか?」
 「15歳です。」
 「わぁ!私、妹が欲しかったんです。あ……すみません。また失礼なことを。」

 照れて申し訳なさそうにするこの青年に釣られて、思わずクスッと笑ってしまう。

 「さて。ベルガモト。信徒の誓いを済ませて、部屋にもどることじゃ。」
 「はい。大神官様。明日からご指導よろしくお願いします。」
 「うむ。」
 
 そう言って、ベルガモトは部屋を出て行った。
 「なかなか素直な青年じゃろ?」
 「はい。あ、いえ。年上の方ですので、何とも。」
 「そうじゃの。ふぉふぉ。あやつはエイダンと違って、他人に正義を求めぬから、ラニアも話しやすいじゃろう。まあ、嫌になったら言いなさい。国に帰る羽目になる前に引き離すからの。」

 チクッと嫌味を言われた気がする。事実、嫌味なのだろう。私には、自身が行使しなくとも、周囲がそれほど気を使うだけの無言の権力があることを自覚しろと言われているのかもしれない。

 「はい。肝に銘じます。」
 「うむ。それでしゃな。次の要件じゃが。」
 「まだあるんですか。」
 「あるんじゃ。シルフィの神官が、ラニアに会いたいと来ておる。どうする?」

 さっきまで、少し和んでいたのに、冷水を被せられた気持ちになった。

  「会いたく……ない、です。」
 「そうじゃろうの。」

 おじいちゃんは、今更、ソファに座るように勧めて、その正面に座った。
 「追い返すのは簡単じゃが。会って言いたいことを言っても良いんじゃよ?」
 「言いたいこと……。」
 「忘れたいからと遠ざけるのは、ただ後方に押し遣るだけなんじゃ。思い出したくないと押し込めれば押し込めるほど、その記憶は後ろからついてくる。後々になって、あの時にこうすれば良かった、と後悔する原因にもなる。だから、帰りたくないなら、面と向かって、そのことを言う方が良いんじゃ。」

 おじいちゃんは、私の手を握って真っ直ぐ私の目を見て、

 「どちらでも良い。しばらくは時間稼ぎはできる。シルフィの神官が諦めるまでじゃがな。よく考えて、会うか会わないかを決めると良い。ここにいる間は、2人きりで外部の人間に会わせることはない。ラニアの側には、私達がついておるからの。」
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