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しおりを挟む大神官は、人の良い老人に見えるが、何処か崇高な雰囲気を漂わせる。
大神官専用の応接室で
「さて。あらましを聞こうかの。」
そう言って、エイダンに大神官の正面に座るように勧めた。
「聖女は義務を果たしていないと指摘されたことに憤って逃げたのです。」
正直に本当のことを話した。
「ほう。聖女の義務とはなんじゃ?」
「その力を持って世界を浄化し、人々を助けることです。」
「……まあ、間違ってはおらん。」
「そうでしょう。その責務から逃げる彼女は聖女の器ではありません。力を他の、もっと高潔な人物に移すことはできないのですか?」
「器、とな?」
「はい。彼女は、素晴らしい力を持っているのに、その力を有効に使う意思がありません。学ぶ姿勢もありません。侯爵という恵まれた身分に生まれながら、物事を知らなさすぎます。聖女という立場にあぐらをかいているのではないでしょうか?言うに事欠いて、イグニスには絶対行かないと言ったのです。助けを求める人がたくさんいる場所へ、気に入らないから行かないと。許されるべきではありません。」
「それを、彼女に言ったのかね?我儘は許されないと?」
「もちろんです。」
「……なるほどの。」
大神官は、ソファの背もたれに体を深く預け、何かを考え込むような素振りを見せた。最近わかってきたが、この大神官がこうする時は、その後で、何かを教えてくれようとする時だ。
大神官はエイダンを見て、こう言った。
「汝には何も言うことはない。ただ、今後、全ての聖人に近づくことの許可を取り下げる。」
「え?どういうことですか?」
「汝は、学ぶ意思がないようじゃからの。1年もここに居て、聖人に義務や務めを強要するなど。これ以上、聖人の精神を乱されては困る。それこそ世界が荒廃してしまう。だから、早々に神聖国から去るが良い。」
「学ぶ意思はあります!私は国の民の為に最善を尽くそうと……」
「それが、聖人を犠牲にすることなのかね?」
「犠牲なんて、そんな、私はただ、恵まれた力を持っているなら使うべきだと、」
「使いたくなくても使わせるのかね?」
「なら譲れば良いではありませんか?彼女に、聖女の資格はありません。あのような怠惰な女性が持っていて良い力ではありません!」
「何をもって怠惰というのか。譲れば力が消えてしまうとわかっていても譲れと言うのかね?」
「え……?」
「ラニア……聖女メラニアの持っている力は、今のところ、継げる相手が居らん。誰かに渡せば、遅かれ早かれ消えてしまう。非常に壊れやすい力じゃからの。それを壊さずに守ることができている。それだけでもう、聖女の資格としては十分じゃ。彼女が真に心安らげる場所が見つかったなら、そこを存分に浄化してくれるだろう。残念ながら、イグニスはその候補から外れたようじゃが。」
「私の……せいだと言うのですか?」
「そうじゃろ?汝が聖女メラニアを追い詰めたのだから。そのせいでイグニスが困難に直面したとしても、それは聖女のせいではない。汝が選択したのだ。」
エイダンはまだ、自分が正しいことを言ったはずで、それを理解しない聖女が身勝手なのだと思っていた。何を間違えた?わからない。特別な存在であるなら、弱き者を助けて当然ではないのか?少なくとも自分はそう思って努力している。
「聖人には、その力を使うことを強要してはならぬ。聖人の意思が浄化に繋がるからだ。聖女に——べき。という言葉を使う者を側には置けぬ。聖女メラニアが消えたのなら、それが聖女の意思。メラニアにとって浄化に値しなかったのだと諦めるべきなのだ。」
「そんな……それじゃあイグニスはどうなるのですか?」
「どうもならん。今まで通りじゃな。」
「皆が苦しんでいるのですよ!」
「それを、助ける理由が聖女にあるのかね?」
「助ける力があるのに助けないのは怠慢では?」
「聖女のことは誰が助けるのだ?」
「それは、私が妻にしても良いと思っていました。私の庇護下に入り、その力を遺憾なく発揮してもらえればと。」
「妻になりたいと、聖女が望んだのかね?」
「いや、それは……でも……」
「汝の姿勢は、為政者としては正しいのであろうの。だが、それに聖女を当てはめてはならぬ。浄化に使命感を求めてはならぬのだ。心の疲弊すれば、それに比例して力は弱まる。大事なのは、聖女がそこを護りたいと思う気持ちであって、護らねばならないという責任ではない。」
「汝は、1年もここに居て、何も理解しておらぬようじゃ。もうここに居ても無駄であろう。帰国するが良い。」
「そんな……。私には使命があるのに。……そうだ、供出を増やすよう、父上に交渉します。聖女にも謝ります。だから!」
「聖女がそれを望むと思うのかね?それに供出など……神聖国は、特に必要としておらん。そちらが聖人の派遣を希望する故、その代金として受け取っておるだけじゃ。タダで行ってくれと聖人達に命じるわけにいかぬのでな。」
「しかし、そうだな。イグニスのことは、私も気にはなっておる。汝の代わりに、第二王子を寄越すことは認めよう。」
エイダンの帰国はもう覆せないようだった。
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